「感謝すれば幸福になる」と言ったとしよう。
これは、前向きな発言だと思える。
ところが、背後には、暗い考え方がひそんでいるのである。あるいは、傲慢な決めつけがひそんでいるのである。どうしてかというと、相手が不幸なのは、感謝をしないからだという決めつけがあるからだ。
「だれかが不幸なのは、その人が感謝をしないからだ」という考え方が前提にあるのである。
だれかというのが、Aさんだとする。Aさんが不幸なのは、Aさんが感謝をしないからだという考え方があるのである。
だから、不幸なAさんが感謝をするようにすれば、幸福になるのである。……そういう考え方だ。
しかし、Aさんが不幸なのは、感謝をしないからではないのだ。
そして、「(いま)あるものに感謝をする」という考え方は、これまた、格差を是認する考え方であり、格差を強化する働きがある。
Aさんが子供で、きちがい的な父親にたたられているとしよう。
その場合、きちがい的な父親の行為によって、Aさんが、幸福ではないと感じているということになる。父親に感謝をする気持ちがないから、Aさんが不幸なわけではないのである。Aさんが不幸なのは、現実的な父親の行為が原因だ。
「Aさんが、不幸なのは……」と書いたけど、Aさんが、不愉快な気持ちになって、腹を立てていたとしても、Aさんが、不幸だと考えているかどうかはわからない。
不幸というのは「態」であり、本人の認識によるものだ。
生活全体を「不幸だ」と認識すると、不幸だということになるのである。
個々の感情は、かならずしも、「不幸な感情」ではない。
* * *
まあ、それはともかくとして、 「だれかが不幸なのは、その人が感謝をしないからだ」と語られないにしろ、「感謝すれば幸福になる」と言う人の頭のなかには、 「だれかが不幸なのは、その人が感謝をしないからだ」という考え方がある。
最初は、二値なんだよ。
「感謝する」と「感謝しない」という二値だ。
けど、相手が「自分だって感謝している」ということを言ってきた場合、その人……「感謝すれば幸福になる」と言っている人は……数量思考になり、感謝がたりないということを言い出すのである。
「相手が不幸なのは、感謝の量がたりないからだ」ということを言い出すのである。まあ、感謝の回数でもいいよ。
ともかく、ここでも、「相手は欠乏」しているのである。
感謝の量や感謝の回数がたりないから、相手が不幸なのだと言い出すわけ。
最初の二値思考の場合は、「あるかないか」だけが問題になっているのに、相手が反論をした場合は「量や回数」が問題になるのである。
もう、「量や回数」を持ち出した時点で、最初に言っていることとは、ちがう内容を言っているのである。
しかし、「感謝すれば幸福になる」と言う人にとっては、そのちがいは、たいしたちがいではないのである。
しかし、もう、ぜんぜんちがうことを言っているということは、認識するべきだ。「感謝すれば幸福になる」と言っている人は、認識するべきだ。ぜんぜん、ちがうことを言っている。
だいたい、感謝というのは、意識的に「するようにする」ものなのかという疑問がある。意識的に「するようにする」感謝の場合は、自然に湧き出る感謝とは、ちがうのではないかという疑問がある。
笑いたくないのに、笑顔をつくるときの気持ちと、なにか自然におかしなことをがあって笑っている場合の気持ちは、ちがうのではないかと思う。
意図的に、笑い顔をつくるときと、楽しいことがあって笑っているときとでは、そのとき感情がちがうのである。
意図的に、笑い顔をつくれば、ほんとうに笑えるようなことが発生するようになるという考え方があるけど、それは、妄想だ。
おなじように、ほんとうに、感謝をしたくて感謝をしているときの気持ちと、意図的に感謝をする気持ちになろうとして、感謝をしているとき?の気持ちは、ちがう。
ちがうのでちがう。
意図がかかわっているから、ちがう。
意図がかかわっていないときは、自我と結びついた確かな感覚があるのである。
そのように感じるプロセスのなかで、自然にそのように感じるのである。
「意図的に」こういう気持ちをつくろうと思って、こういう気持ちになったようにふるまっているのではないのだ。
そして、「感謝すれば幸福になる」と言う人は、相手……自分以外のだれか……の条件を、無視している。
不幸な暮らしをしているのに、意図的に感謝をすることをすすめられたときの、気分というのを無視している。その不幸感には理由があるんだぞ。
そりゃ、「感謝すれば幸福になる」と思っていて、意図的に感謝した場合も、自然に感謝の気持ちが湧き出て感謝した場合もおなじだと考えているのであれば、「感謝すれば幸福になる」と自信をもって言って、なにも感じないわけだけど、ほんとうは、かなり、相手に対して無礼なことをしている。
相手が抱えている条件を無視するという態度自体が、ほんとうは、相手に対して失礼なのだ。