まだ、思い付きの段階だけど……切迫度と現実感度が問題なのだと思う。
あまりにも、切迫度がありすぎると、逆に、言霊主義者は言霊思考になってしまうのである。命にかかわるような病気になったとする。
その場合は、切迫度が高すぎるので、「なおると言えばなおる」といったタイプの言霊にすがりつきたくなるのだ。
くるしい時の神頼みというのがあるけど、そういう気持ちになったときは、言霊でどうにかしたくなる。
だから、言霊に対する信頼度もあがるのである。もちろん、それは、望みとして、あがるのである。
自分のことに関しては、現実感度が高いので、自分のことに関しては、現実的な解決法が採択されるのである。
この場合、言霊的な解決方法は、浮かんでこない。
言霊主義者なのに、言霊的な解決方法は、考えすらしないのだ。
かわりに、具体的で現実的な解決方法をためすのである。どこかに行きたい場所がある場合は、「近くの駅まで、徒歩で行って、駅から、なになに線の電車に乗って、なんとか駅で降りよう」というように、考えるのである。
「目的地まで、瞬間移動で移動しよう」とは思わないのである。
これは、どれだけ「瞬間移動することができる」と言っても、瞬間移動ができないということを、言霊主義者が、じつは認識しているので、無理なことはしないで、普通に、駅まで行くというような現実的な選択をするのである。
なになに線で、事故が起こって、電車が動かなくなったとする。そして、徒歩で移動しなければならなくなったとする。
その場合は、言霊主義者も普通に、徒歩で移動するのである。
「三秒以内に、なになに線の電車が動くようになる」と言えば、動くようになるので、熱心に、何回も、「三秒以内に、なになに線の電車が動くようになる」とは言わない。
こういう現実的なことに関しては、たいていの言霊主義者は、現実的な選択をするのである。
自分の身体に関することなど、切迫度と現実感度が、高すぎる場合は、言霊思考になる。切迫度と現実感度が中程度のことに関しては、言霊主義者も現実的な対処をするのである。最初から、言霊主義的な対処が思い浮かばないのである。
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切迫度と現実感度が、低すぎる場合も言霊思考になる。切迫度と現実感度が、中程度である場合は、言霊思考にならないのである。
ようするに、日常生活のいろいろなことに関しては、言霊思考にならないのである。わずかな例外を除けば、日常生活のいろいろなことに関しては……言霊主義者といえども……言霊思考なんて完全に無視して解決策を探して行動するのである。
わずかな例外というのは、ほんとうに、狂っている場合や、現実的な解決法が、ぜんぜん見つからない場合だ。
ようするに、普通の状態で普通のことに対処している場合は、まったく、言霊思考にならない。
しかし、言霊主義者・本人は、自分が言霊的な考え方を無視しているという認識をもてないのである。言霊を無視しているつもりは、まったくない。
言霊自体に、注意が向かないので……無視しているということにも、気がつかないのである。