言霊主義者というのは、少しだけ「幼児的万能感」が普通の人よりも強い……「普通の人」なのだ。
「普通の人」の「ヘビメタ騒音に関する理解レベル」というのは、「言霊主義者」の「ヘビメタ騒音に関する理解レベル」とおなじだ。
時間的に積み重なっていくんだよ。きちがい兄貴のヘビメタがはじまった日から、ずっとずっと、きちがい兄貴のヘビメタが鳴っている日が、つみかさなっていく。
そうなると、一日目とは、ちがう症状が出てくるのである。けど、そんなのは、ほかの人にまったくわからない。どうしてかというと、ほかの人は経験していないからだ。
ほかの人は、「自分だって苦労した」ということを言う。
「ほかの人は、「自分だって騒音ぐらいある」ということを言う。
けど、ほかの人は、きちがい兄貴のような家族と一緒に住んで「いる」わけではない。ほかの人は、きちがい兄貴のような家族と一緒に住んで「いた」わけでもない。
きちがい兄貴は、きちがいなんだよ。親父と同じタイプのきちがいなんだよ。ぜんぜん、わかっていないんだよ。
常識的な人の判断というのがまったくないわけ。
自分がやりたかったら、自分の感覚を無意識的に書き換えてしまうようなやつなんだよ。こんなのは、普通の人にはできない。
だから、やり方が普通の人のやり方ではないということになる。やり方が尋常じゃないのである。きちがい兄貴のやり方が、きちがい親父のやり方とまったく同じなのである。どれだけなにを言っても、伝わらない。
やっていなつもりで、100%頑固にやりきる。100%頑固にやりきるけど、まったくやっていないつもりで暮らしているのだ。こんなのはない。普通の人にはこんなことはできない。どうしたって、普通の人は「やっている」「頑固にやりきった」と言うとがわかる。どれだけうそをついたって、どれだけ芝居をしたって、わかる。わかるんだよ。
けど、その普通の人が、どうしたって、わかってしまう部分が、きちがい兄貴はわからない。ちなみに言っておくと、親父にもわからない。俺の言っていることがおかしいから、俺が嘘をついていると思う人は、きちがい兄貴のやり方や、きちがい親父のやり方がわかっていない人なのだ。
「そんな音で鳴っていたら、家族が、絶対に動く」と言った人がいたのだけど、そうじゃないんだよ。その人は、きちがい兄貴のことも、きちがい親父のこともわかっていない。
おかあさんの、言うことは、兄貴は、きちがい親父のように無視して、きかなかった。
きかなかったということが、わかっていないという状態がずっと続く。おかあさんはおかあさんで、「そと」に「うち」の問題を出したくないタイプの人で、「うち」の問題を「そと」の人に、隠してしまうようなところがあった。いづれにせよ、おかあさんは、こまっていただけだった。
きちがい親父になにか、おかあさんが言って、それがきちがい親父に伝わるかと言うと、伝わらないのである。それとおなじで、きちがい兄貴に、なにか、おかあさんが言ったとしても、それが、きちがい兄貴に伝わらないのである。
このつたわらなさ」というのが、きちがい的なのだ。この「うち」のなかだけで発揮される、きちがい的な感覚というのは、よその人にはわからない。