つぎつぎに、「予想していなかった」悪いことが起こり、こんな人生になってしまった。どうしても、つらい。
「思えば、思ったことが、現実化する」「明るいことを思えば、明るいことが起こり、暗いことを思うと、暗いことが起こる」と言っている人がいるけど、これ、まちがっている。別に、個人が思ったことが、現実化するわけではないのである。もちろん、個人が自分の意思で、自分の体を動かして、現実化させることができることはある。けど、「思えば、思ったことが、現実化する」という文は一〇〇%構文の文なのである。「明るいことを思えば、明るいことが起こり、暗いことを思うと、暗いことが起こる」という文も一〇〇%構文の文なのである。いままで、さんざん書いてきたことなので、ここでは説明しない。そして、これも書いたことだけど、「思えば、思ったことが、現実化する」と普段言っている人が、「人生には『上り坂』『下り坂』、そして『まさか』の三つの坂がある」などと言ってしまうのだ。いやーー。思ったことが現実化するのだから、「まさか」と思うことは起こらないということになる。その人が「起こらない」と思っていたことが、起こったから、その人は「まさか」と思っているのである。これは、そのまま、思わなかったことが起こったということを、意味しているのである。自分で、矛盾を感じない人なんだよなぁ。矛盾を感じたほうがいいよ。
だいたい、ヘビメタ騒音のことだって、俺が「ヘビメタ騒音が鳴る」と思ったから、「ヘビメタ騒音が鳴ったんだ」ということになってしまう。これ、失礼な話なんだよ。俺が、「親父がネズミを誘い込むことをして、結果、ネズミが入ってくるようになった」と思ったから、実際に「親父がネズミを誘い込むことをした」ということになってしまう。そして、「ネズミが入ってくるようになった」と思ったから、実際に、「ネズミが入ってくるようになった」ということになってしまう。
どっちとも、そうなったあとに、言っていることなんだよ。そうなったあとに、思ったことなんだよ。人にぬれぎぬを着せる人たちばかりだ。
ヘビメタ騒音に関しては、ヘビメタ騒音が鳴ると(ぼくが)思ったから、鳴ったんだ、というとになってしまう。ぼくが、ヘビメタ騒音が鳴るという暗いことを思ったから、ヘビメタ騒音が鳴るという暗いことが起こったのだということになってしまう。
これ、どれだけ、事実とは異なるイチャモンをつけているか、わかる?
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「暗いことを思うと、暗いことが起こる」という文について考えてみよう。「暗いことを思うと、暗いことが起こる」という文が正しいとする。その場合、実際に、暗いことが起こって不幸な人は、暗いことが起こると思っていたから、暗いことが思ったのだということになってしまう。条件によって、悪いことが起こる場合がある。たとえば、父親がきちがいなら、幼児に対して、きちがい行為をする。きちがい行為をするのは、きちがい行為をしたほうが悪い。ところが、幼児が「悪いことが起こる」と思ったから、実際に、悪いことが起こったのだと解釈してしまうのである。たとえば、幼児が「お父さんは自分を虐待する」と思ったので、その幼児の父親が、幼児を虐待したということになってしまう。幼児が「お父さんが自分を虐待する」という「暗いことを考えた」ので、その「暗いことが現実化した」という話になってしまう。こんなのは、ひどい。けど、「暗いことを思うと、暗いことが起こる」と言っているやつらは、まるで気がつない。
実際に不幸な人は、いる。実際に不幸な人は、不幸な条件を抱えているのである。不幸な条件を抱えているから、頻繁に不幸なことが起こるのである。なぜ、これがわからないのか? なぜ、不幸な人のせいにしてしまうのか。「人のせいにしない」などと言っているけど、「人のせいにしない」などと言っている人が、人のせいにしている。
これだって、 「人のせいにしない」と言った人が、条件に恵まれた一般人だとする。とりあえず、Aさんだとする。そして、きちがい的な父親のもとに生まれたから、いろいろなことで不幸な思いをした人がいたとする。Bさんだする。Bさんがちょっとでも、「父親がこういうことをしてこまった」ということを言えば、AさんはBさんが「人のせいにしている」と決めつけることができるのだ。AさんはBさんを「人のせいにする人だ」と決めつけることができるのだ。
こんなの、ない。
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ちなみに、自己責任論者は、「幼児の自己責任だ」と考えるのである。どうしてかというと、その人の身に起こったことは、すべて、その人の自己責任だからだ。ようするに、虐待された幼児がいたとする。Bさんだとする。Bさんが虐待されたのは、Bさんの自己責任なのである。そして、虐待したほうの責任は、問わないのである。AさんがBさんの父親で、Bさんを、きちがい的な理由で虐待したとする。当然、Aさんの行為だから、Aさんに責任がある。そんなことも、わからないようになってしまうのだ。