2026年6月28日日曜日

●言霊主義者は「言霊理論は正しい」と思ったままなのだ■言霊※2026/06/28 21:04

「明日は、雨が降る」と言って、次の日に雨が降ったとしよう。

その場合、言霊主義者は「言霊(理論)は正しい」「言ったことが、現実化する」と思うわけだ。けど、「明日は、雨が降る」と言って、次の日は、晴れたとしよう。

ようするに、雨が降らなかったとしよう。その場合は、「言霊(理論)は間違っている。言ったことは、現実化しない」と思うかというと、たいていの場合、思わない。

「たいていの場合」と書いたけど、「言霊(理論)は間違っている。言ったことは、現実化しない」と思った時点で、言霊主義者ではなくなるので、言霊主義者はほぼ一〇〇%の人が、「言霊(理論)は間違っている。言ったことは、現実化しない」と思わないのである。

かたよりがある。

ちなみに、どちらの一般化も間違っている。

実際には、「明日は雨が降る」と言ったあとに、雨が降ることもあるし、雨が降らないこともあるということになる。

言ったあと、かならず、言った内容を否定することが起こるわけではない。

言ったから、そうなるという考え方が間違っている。言ったあと、言霊の力とは関係なく、言った通りになる場合があるし、言った通りにならない場合もあるということだ。

言霊は、関係がないのである。

だから、「言霊(理論)は間違っている」ということだけは、正しいということになる。「言ったことは、現実化しない」という文の意味内容は間違っている。

言ったあと、言霊の力とは関係なく、現実化?することはある。まあ、現実化といういいかたが、いやらしいけどね。それだといかにも、言霊の力で「現実化した」というニュアンスが出てしまう。

ただ単に「言った通りになる」「言った通りにならない」ということなのに、『現実化』などという表現を使うことで、いかにも、真理のような感じをつくりだしている。

言霊は一切合切関係がないので「言霊(理論)」が「言霊の力によって、言えば言ったことが現実化する」ということなのであれば、「言霊(理論)は間違っている」と言い切ることができる。

ただ、言霊主義者は、「言霊理論」ではなくて「言霊は正しい」とか「言霊は間違っていない」という表現を使うから、ほんとうは、なにを言いたいのかわからないところがある。

さらに、「言霊は絶対だ」という表現は、言っている本人も、なにを言っているのか、わかっていないと思う。問題なのは、上記の例だと、言霊主義者が、「雨が降らなかった場合」のことを、無視してしまうことだ。

言った通りにならなかった場合は、「言霊の力によって、言えば言ったことが現実化する」という理論は間違っていたのだということを、認めないのだ。

かわりに、無視して、考えないことにしてしまう。

しかも、それについて、まったく問題がないと思っているのである。あるいは、それについて、問題があるとは、まったく思っていないのである。

ようするに、上記の例だと「雨が降らなかった場合」も、言霊主義者は「言霊理論は正しい」と思ったままなのだ。こんなのは、おかしい。

けど、そうなのである。

現実は、そうなのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

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認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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