2026年9月23日水曜日

●兄貴は気がついていないけど、ものすごい、トラブル発生装置なのだ■騒音※2026/09/23 4:08

 楽な世界に行きたい。楽しい世界に行きたい。設定をかえてやりなおしたい。タイムリープしたい。どうしようかな。楽な世界に行きたい。楽な世界に行きたい。満たされた、楽な世界に行きたい。

ほんとう、このさきの、しあわせな暮らしってなんなんだろうな。長期騒音にやられた。いままで、生きてきたけど、失ったものが多すぎる。失いすぎた。そして、積もりすぎた。積もりすぎたのだ。ずっとずっと、積もった。どれだけ多くの「不快」「憤り」「トラブル」が積もったかわからない。みんな、無視するけど、きちがいヘビメタが、学校から帰ったときから、鳴っている。学校から帰ってくるまえに、鳴っている。あのドアに近づくとき、ぼくがどういう気持ちになるか、わかっている人なんていない。ひとりもいない。あのドアを開けたとき、きちがいヘビメタ騒音が雪崩のように落ちてきて、怒りがわく。「やめろ」「やめろ」と叫びたくなる。きちがい兄貴の部屋に行って、「やめろ」「やめろ」と叫ぶ。けど、きちがい兄貴がやり続けてしまうのである。このときの気持ち、爆音中で感じる、憤り。

もう、トラブルの記憶ばかりだ。ヘビメタ騒音が原因で、俺の能力が落ち、トラブルがしょうじる。能力が落ちと書いたけど、いろいろな症状がどうしても出るのである。たとえば、寝不足なら、注意不足になる。宿題ができないということで生じるトラブルだってある。広い意味で言えば、言霊主義者とのトラブルだって、こういうトラブルの一部だ。Xをすればしあわせになる」と言っている人との、トラブルだって、こういうトラブルの一部だ。「そんなのは、関係がない」言った人との、トラブルだって、こういうトラブルの一部だ。

きちがい兄貴は気がついていないけど、ものすごい、トラブル発生装置なのだ。 

●死因はヘビメタ騒音■騒音※2026/09/23 2:55

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ぼくがこのさき、死んだ場合、死因はヘビメタ騒音。ほかの、どんな理由でもなく、ヘビメタ騒音が死因。

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あれを、軽い気持ちでやってわけだからな。どれだけ、やめてくれと叫んでも、ずっと鳴らしていた。それで、自分がまったく関係がないつもりだ。まったく俺の状態に影響与えていないと思っている状態だ。ほんとうに、きちがい兄貴は、きちがい親父、そっくり。そっくりなんだよ。関係がわからない。普通……「ヘビメタ騒音で勉強ができなくてこまっている」ということを、言われたら、弟は、自分が鳴らしているヘビメタ騒音で勉強ができなくて困っているんだな」と思うわけ。そのあと、しずかにするかどうかはともかく、そういうことは、日本語で言われれば認識するんだよ。ところが、何万回言われても、わからないままなのだ。一度もそんなことを言われたことがない状態で、生きている。一度もそんなことを言われたことがない状態で、思いっきり鳴らすのである。自分が鳴らしたい時間はすべて、思いっきり鳴らすのである。きちがい的にでかい音で鳴らすのである。きちがいでなければ、そんな音で鳴らそうと思わないような音で鳴らすのである。きちがいだから、「普通の音だ」と思っているのである。自分が思いっきり、でかいでかい音で鳴らしたいので、「普通の音量だ」と思ってしまうのである。きちがい親父が、ハンダゴテのことでもめていたとき「つかえるつかえる」と絶叫していたのは、これとおなじなのである。もう、書いたから、詳しくは書かないけど、おなじなのである。絶叫するかどうかのちがいがあるけど、自分の本当の欲求のために現実を書き換えてしまうのである。現実を書き換えたという認識がないのである。現実というのは、現実に関する認識だ。だから、無理やり……「このように思おう」と思って、思ってるのではないのである。もう、これ、詳しく書いたから、ここでは書かない。ともかく、ずるい仕組みがある。普通の人は「やろう」と思ってもできないことなんだよ。無意識的なレベルで、感覚器を書き換えて、やってないことにしてしまう。ほんとうは、でかい音で鳴らしているのに、でかい音で鳴らしていないことにしてしまうのである。普通は、知っている。普通は、でかい音で鳴らしたいから、でかい音で鳴らしているのは知っているけど、「普通の音で鳴らしている」と言い張って、鳴らすわけ。芝居をするわけ。ところが、芝居をしているつもりがないのである。ほんとうに、普通の音で鳴らしていると本人が信じている状態になる。ここに、ズレがある。芝居をしているつもりはない。芝居通りに行動しているのに、芝居をしているつもりがないのである。こういうところにずれがある人だから、ほかの人が、(ぼくの話を)誤解するのである。兄貴の側のずれなのに、ぼくが嘘を言っていると思ったり、ぼくが大げさなことを言っていると、普通の人が思うわけ。「そんなの、あるわけがない」と思うわけ。「そんな音で鳴らしていたら、家族がやめさせようとする」と思うわけ。全部、ちがうんだよな。

 

●ヘビメタ騒音で人間関係が、ズタボロになった■騒音※2026/09/23 0:56

  腹がしくしくする。呼吸をするたびに吐き気がする。なんか、いろいろと、やりたくない。片づけは、無理か。ちょっとでも進んだほうがいいのだけど……。ものすごく、不安な気持ちになるんだよなぁ。引っ越した先でもおなじ感じがする。けど、ネズミやナメクジで不快な思いをすることはなくなるので、ちょっとは、やわらぐと思う。

ほんとう……。ヘビメタ騒音で人間関係が、ズタボロになった。これ、けっこう響ているんだよ。まあ、関係がない人には関係がないことだけどね。ぼくのなかでは、けっこうでかいことだ。そうならざるを得なかった。そうならざるを得なかった。どういう気持ちでぼくが、頑張って生きてきたか。これ、ぜんぜんわかっていない人が「ニコニコすればいい」「明るいことを考えればいい」と言うわけ。そういうことが、どれだけ、ぼくの気持ちを破壊してきたか、ぜんぜんわかっていない。 


2026年9月22日火曜日

●修学旅行の朝も、ヘビメタ騒音で、はち切れんばかりに、憂鬱だった■騒音※2026/09/22 21:30

 楽な世界に行きたい。楽な世界に行きたい。

ほんとうにこの世は、つらいだけのこの世だったな。ヘビメタ騒音ではちきれんばかりの憂鬱が発生した。ヘビメタ騒音の影響を受けた状態で、旅行に行ったって、楽しくないんだよ。死にたい気分で、旅行地をさまよっていることになってしまう。修学旅行だって、そうだったよ。修学旅行だって、ヘビメタ騒音でむちゃくちゃだった。「明日、修学旅行だからやめろ」きちがい兄貴に、直接、何回言ったかわからない。「旅行するんだからいいじゃないか」ときちがい兄貴が言った。一秒も静かにしてくれなかった。前日から、ヘビメタ騒音で、こころが破壊されている。こころが破壊され続ける、数時間だ。あるいは、十数時間だ。修学旅行の朝も、ヘビメタ騒音で、はち切れんばかりに、憂鬱だったよ。朝、鳴っていたわけではなくて……この日は朝、鳴っていたわけではなくて、前日のヘビメタ騒音で、無茶苦茶な気分なのである。前々日、しずかにしてくれたかというと、当然、しずかにしてくれなかった。破れかぶれ。発狂状態。きちがい兄貴が鳴らしているあいだ、こっちは、ずっと、この部屋で、発狂状態だ。これがどれだけつらいことかわかるか?

朝、ヘビメタが鳴っていた期間もある。

きちがい兄貴が、フォークギターぐらいの音まで音をおとそうと思えば、いつでもおとせた。きちがい兄貴が、ヘッドホンをしようと思えば、いくらでも、ヘッドホンをつけることができた。けど、一秒もそうしてくれなかった。毎日一秒もそうしてくれなかった。緊張と破滅なのである。前日の、ヘビメタ騒音数時間で、めちゃくちゃなのである。ちなみに、日曜日は、一三時間以上、鳴っている。すべての時間を使って鳴らした。このすべての時間というのは、つかんる時間すべての時間という意味だ。兄貴が寝ているあいだは、鳴らしていなかった。だから、すべての時間じゃないと思う人もいるかもしれないけど、そういうことではなくて、兄貴が(実際に)鳴らせる時間は、すべて、鳴らしていたということだ。鳴らすとなったら、兄貴が満足できるレベルの音で鳴らすのである。だから、フォークギターぐらいの音まで、音をおとしてくれることが、一日に一秒もなかった。これが、事実だ。これ、俺が嘘を言っていると思っているやつらが、割といるんだよなぁ。いやだなぁ。そんなやつら……。こいつらが、誤解をして、意地悪なことをしてくるのである。へんな解釈で、人を悪い人間だと思って、悪い人間だと思っているときに、その人たちがやるようなことを、俺に、やってくるのである。きちがい兄貴が、その人たちの常識を超える人だと、俺が嘘を言っているように思われる。こんなの、ない。

●すべての時間的な経験を飲み込むんだよ■騒音※2026/09/22 20:41

 楽しい世界に行きたい。老化しない世界に行きたい。楽な世界に行きたい。ヘビメタ騒音がなかった場合の世界に行きたい。行きたい。行きたい。ここは、つらすぎる。ここは、つらすぎる。次から次へと「くるしいこと」が発生する。

けっきょく、なにをやるときも、ヘビメタ騒音で、くるしい気持ちなのである。けっきょく、なにをやるときも、ヘビメタ騒音で、たしくないのである。けっきょく、なにをやるときも、きちがいヘビメタ騒音で、つらくてつらくてしかたがない状態なのである。もう、だませない。どれだけ、積みあがってきたか。どれだけ、たえてたえて、のりこえてきたか。

みんな、誤解をしているけどヘビメタ騒音『で』くるしいんだよ。そうならざるを得ないんだよ。どれだけ、自分を鼓舞しても、けっきょく、ヘビメタ騒音の影響のほうがでかい。どれだけ、自分を鼓舞しても、つらいだけなのである。つらさが増すのである。ピンチなのである。そういう状態になる。そういう状態になることが問題なんだよ。騒音の問題と言うと、鳴っているときだけ問題だと思うやつが大半だ。そういう人たちにとって、騒音の問題というのは、限られた問題なのだ。鳴り終わったら、ほんとうに、関係がなくなる問題なのだ。ところが、きちがい家族が、きちがい感覚で鳴らす騒音というのは、ちがうんだよ。ちがう」ということが、経験のない人たちにはわからない。ぼくが説明したって「なにを言っているんだ」と思うだけだろ。「自分だってつらいことはいくらだってあった」と思うだけだろ。けど、ちがうんだよ。生活全部を破壊する騒音なんだよ。ずっと、たたられ続けるということの意味がわかっていない人が「そんなのは関係がない」「そんなのは、影響がない」と言う。関係がある。影響がある。不可避的な影響がある。その時間と言うのがあるだろ……その時空と言うのがあるだろ。一倍速で、鳴っている時間が、ほかの時間に、(人間の体というものを通して)不可避的な影響をあたえる。実際に、身近な家族に、日常的にやられなかったから、そういうことがわかっていないだけ。生活、全部なんだよ。影響を受けるにきまっているだろ。この基本的なことを、否定しやがる。ぼくが言っていることがわからない人は、たいした騒音生活を経験していない。ぼくが言っていることがわからない人は、たいしてつらいことを経験していない。ちがうんだって、言っているだろ。全部なんだよ。時間が続いているの。陸続きで、続いているんだよ。すべての時間的な経験を飲み込むんだよ。

●同レベルの生活をずっとしたことがないから、わかっていないだけだろ■騒音※2026/09/22 19:50

 きちがいヘビメタ騒音で、すべてのことが、つらいことになってしまうのである。すべてのことが、汚染されるのである。すべてのことが、つらいことになってしまうのである。だれもわかってくれない。これ、こうなるにきまっているのである。けど、実際に、自分がこの世で一番きらいな音を、家族である兄が、ずっと、鳴らしている状態で暮らしたことがない人たちばかりなので、ぼくが言っていることがわからないのである。みんな、「自分だってつらい思いをした」ということを言う。たしかに、つらい思いをしたのだと思う。けど、そういう発言をしているとき、そういう発言ができるほどには、つらい思いを(今現在は)していないというとになるのである。ようするに、「つらい思いをした」のは、過去のことなのである。たしかに、あんまり現在の状態に影響をあたえていない過去の出来事なのである。けど、きちがい兄貴が、きちがい感覚でずっとやってしまったことから、発生したこちら側の「つらいこと」というのは、ずっと続いている。自分の体を使って生きている以上、ずっと、関係があることなのである。今現在の状態に影響をあたえていることなのである。

ともかく、無理なものは無理なんだよ。

ともかく、ずっと、陸続きなんだよ。ずっと、続いているの……。きちがいヘビメタ騒音で発生した「つらいこと」がずっと続いているんだよ。ヘビメタ騒音期間中の「つらいこと」というのは、ヘビメタ騒音で押し出されたつらいことなんだよ。生きているだけで、どれだけつらいかわかっていないなぁ。常に、ピンチなんだよ。どうしてピンチかというと、ヘビメタ騒音が鳴っているからピンチなんだよ。どうしてピンチかというと、ヘビメタ騒音が鳴っていたからピンチなんだよ。ずっと、続いているの。ずっと、続いているの……。ヘビメタ騒音は、騒音の問題だけではなくて、すべてのことがピンチになる問題なんだよ。ヘビメタ騒音で、どんなこともピンチになる。ヘビメタ騒音のことで、どんなことも、死にたくなるほどやりたくないことになる。ヘビメタ騒音のことで、どんなことも、切羽詰まったことになる。

実際にはやられていない人が、「すべては受け止め方の問題だ」と言う。いや、同レベルの生活をずっとしたことがないから、わかっていないだけだろ。 

●めちゃくちゃにでかいこと■騒音※2026/09/22 16:51

  つかれたぁ。吐き気がある。もう、一回眠りたい。睡眠トライしようかなぁ。しかし、雨と気温変動で、なんか、体調が悪い。希望がないんだよな。希望が欲しいなぁ。横になって考えることが、ヘビメタ騒音がはじまった日のことなんだよなぁ。あれから、どれだけつらい目にあったか。

みんな、実際に経験していないから、「なんだそれ」と思えることなんだよな。けど、自分が、この世で一番きらいな音が、常に爆音で鳴っている生活というものについて、考えたことがあるか。ぜんぜんちがう、騒音について考えて、「そんなの、たいしたことない」と思ってしまう。多くの人が、思ってしまう。けど、ぼくの側から見ると、きちがいヘビメタ騒音は、めちゃくちゃにでかいことなんだよ。 

実際に自分が一倍速で経験していることではないから、無視できるだけなんだよ。軽く考えることができるだけなんだよ。そして、たとえば、ヘビメタ騒音の影響を無視して言うことが、倫理や道徳に関することなのだ。こんなの、ない。言っていることがまったくわからないと思う。たとえば、「人間は働くべきだ」というのは、倫理や道徳に関することなのだ。こんなの、ない。倫理や道徳を無視して、きちがいヘビメタを、すべての時間、鳴らすやつは、なんなんだ。すべての時間というのは、「使えるすべての時間」ということだ。きちがい兄貴にとって、使えるすべての時間を鳴らすということは、俺にとって、常に鳴っているということになる。時間を決めてやるわけではないから、常に、鳴り始める可能性があるものなのだ。これ自体が、圧力だ。きちがい兄貴帰ってきたら、鳴り始めるものなのだ。どれだけ俺が「やめろ」「やめろ」と、きちがい兄貴に、直接、強く言っても、きちがい兄貴は、きちがいだから、きちがい感覚で、鳴らしてしまう。これは、倫理や道徳を無視して鳴らすということだ。倫理や道徳を無視して鳴らす人間がいるという前提がある。それで、実際にやられて、こまっている人間に、「こういう基準に合わせるべきだ」と言ってくるのである。そこには、倫理や道徳があるのである。こんなのない。むしろ、「こういう基準に合わせるべきだ」ということを言うこと自体が、非倫理的なこと、非道徳的なことなのだ。ほんとうは、そうだ。けど、こっちが、どれだけ、現実的に、被害を受けていても、「他人である人」にとっては、その被害というのは、ゼロなのだ。他人である人にとっては、被害じゃないからだ。実害を被っていないのだから、実害を被ったことによってしょうじる「影響」を、無視できる。無視してしまう。そして、「自分だって苦労した」と言えば、自分の行為を、肯定できるのである。ところが、実害を被ったことによってしょうじる「影響」を、無視して、非倫理的なことを俺に言ったという履歴は残る。非道徳的なことを俺に言ったという履歴は残る。まあ、ぼくの側に残っているだけだけどね。そりゃ、きちがい兄貴が占有して、きちがいヘビメタを鳴らしているときの時間は、ぼくが苦しんでいる時間だけど、そいつらは、まったくくるしんでいない時間だ。こいつらが「自分だって苦労をした」と言ったって、ほんとうは、ものすごくでかい影響をあたえる、きちがい家族によるきちがいヘビメタ騒音の時間を無視したことには、かわりがない。「ヘビメタ騒音の時間」によって、不可避的にしょうじる、こちら側の損害を無視したことには、かわりがない。

●ぼくの立場がどんどん悪くなる■騒音※2026/09/22 5:10

 
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世間の人たちはレジャーに出かけているのか。ヘビメタ騒音がなければ、俺も、レジャーに出かけていたかもしれない。ボロボロなんだよ。ヘビメタ騒音で、少年時代から、ボロボロだ。

中学三年生のときには、もう、こころも体もこわれていた。壊れたからだで、カラ元気を出して、高校に通っていた。けど、つらかった。高校時代も、三年間通してずっとずっとずっと、毎日毎日、きちがい蛇目騒音が鳴っていたからだ。俺の体をこわし、精神をこわしたヘビメタ騒音が鳴っていた。鳴っていたんだ。あの時も、ほかの人の理解は得られなかったよ。「そんなのは、お兄さんに言えばいい」「お兄さんと相談すればいい」「家族で相談すればいい」と言われた。家族で相談すれば、解決する問題だと(その人たちは)思っていたのだ。けど、家族が問題なんだよ。きちがい兄貴という家族が問題。きちがい親父という家族が問題。この二人が、きちがいなのだ。この二人が、「ヨソの人が考えられないこと」をやりきる。そして、この二人は、「ヨソの人が考えられないことをやりきった」のに、やりきったつもりがないのだ。この「やりきったつもりがない」というところが、きちがいたるゆえんなのだ。けど、みんな、そういう問題を軽く見る。きちがい兄貴も、よその人から見れば、普通の兄貴。きちがい親父も、よその人から見れば、普通の父親なのだ。けど、ちがうんだよ。そして、昨日も書いたけど、兄貴や、親父が、ぜんぜんそのことに気がつかない。兄貴がきちがい的な意地でやっていることは、兄貴にとって、なんでもないことなのである。やったって、やってないこと」なのである。この「やったってやってない」という感覚も、よその人には、まったくわからないだろう。だから、「やったってやってない」という感覚で、きちがい家族がやってしまうことの影響を受けてしまうということも、わからない。よその人は、経験がないからわからない。それがどれだけ腹が立つことか、ぜんぜんわからない。よその人は、経験がないから、ぜんぜんわからない。「そんなのは、言えばいい」ということなのだ。それで、かたづいたら、こまっていない。悩んでいない。普通に勉強ができる状態で、勉強している。ところが、きちがい兄貴が 「やったってやってない」という感覚で、きちがい的なことだわりで、きちがい的な音を鳴らすから、こまっている。悩んでいる。悩んでいた。ほんとうに、勉強することができなくなるからだ。大きな問題だったんだよ。きちがい兄貴にとっては、こだわりの音で鳴らすことが絶対条件だったんだよ。鳴らすなら、こだわりの音で鳴らしたかった。だから、この点で譲らないのである。ところが、ゆずらなかったつもりもないのだ。こういうところで、きちがい兄貴は、きちがい親父とそっくりなんだよ。やっていることがおなじなんだよ。こんなの、どれだけ、普通の人に言ったってわからない。普通の人は、「だからなんだ」と思う。どうしてかというと、普通の人は、きちがい家族にたたられたことがないからだ。きちがい家族が、きちがい的なこだわりで、きちがい的な感覚で、毎日鳴らす騒音でこまったことが(人生のなかで一度も)ないからだ。ないのだから、「そんなのは、なんだ」という気持ちになる。「そんなのは、なんだ」という感覚しかない。だってやられていないわけだから、そうなる。自分の身体を通して、一倍速で、経験していない。聞いた話だ。聞いた話というのは、たとえ、一三時間のことでも、一瞬のことだと思えることなんだよ。けど、実際に一三時間鳴らされれば、一三時間影響を受けるし、一三時間よりあとの時間も、影響を受ける。一三時間鳴らされ続けた影響が、体に出ているから、一三時間よりあとの時間も、影響を受ける。まあ、一三時以降と書くと、一三時間ちょうどを含んでしまうので、一三時間よりあとの時間と書いた。ともかく、一三時間やられると、一三時間目に鳴りやんでも、騒音の影響を受けた体で暮らすことになるのである。「鳴り終わったら関係がない」と言ったやつの考えている騒音は、そういう騒音じゃないのである。「鳴り終わったら関係がない」と言ったやつのことは、いまでも、ぶんなぐってやりたい気持ちになることがある。

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そりゃ、ぼくだって、ほかの人が経験したことは、ぼくが一倍速で経験したことではないので、話を聞いた聞いたとき「そうなのか」と思うことがある。けど、ぼくは、相手が経験したことが相手の(現在の状態に)影響がないという軽はずみな、発言をしない。そりゃ、相手が一倍速で経験したつらい体験は、相手の現在の状態に影響をおよぼす(こともある)と考えているので、そんな、軽はずみな発言はしない。こいつらは、軽はずみな発言をしているというつもりがない。こいつらは、俺に「鳴り終わったら関係がない」と言っているとき、「鳴り終わったら関係がない」というのは、事実だと思っている。「鳴り終わったら関係がない」という自分の考え方は正しいと(こいつらは)思っている。俺にとって、むなくそ悪いやつらになる。そりゃ、そうだろ。実際に、きちがい兄貴が、こっちの都合を無視して、きちがい的な感覚で、きちがい的な意地で、あの音を鳴らし続けているのだから……。いたのだから……。長期間にわたって毎日そういうことが繰り返されていたのだから……。影響がないわけないだろ。バカ」「関係がないわけないだろ。バカ」と思うよ。自分の実感がそうさせる。ぼくの経験の範囲で言うと、こいつらに、ぼくが「関係がある」ということを説明しても、こいつらは、認めなかったよ。自分のバカな考え方にこだわって、次々に、バカな発言をしやがったよ。こいつらときたら、言霊主義者のように、ぬけぬけなのだ。こいつらときたら、言霊主義者のように頑固なのだ。絶対に自説が正しいと思ってうたがわない。そして、はっきり言うけど、きちがいヘビメタをやられたことによって、ぼくの立場がどんどん悪くなっていくのである。こいつらが、ぼくに対して、高圧的な態度で、バカな発言をするというのも、ぼくの立場が悪くなったいうことから発生することなのだ。ぼくの経験の範囲で言うと、こいつらは、半分おこったような状態になり、次々にバカなことを言いやがる。きちがいヘビメタ騒音で、ぼくの立場がどんどん悪くなる。

●俺は、その言霊主義者に、感謝する■騒音※2026/09/22 6:30

 きちがい兄貴のやり方が本当にひどいのである。みんな、わかっていない。きちがい兄貴の騒音がはじまるまえは、きちがい兄貴の騒音のような騒音があるということが、わからなかった。俺だって、実際にやられるまでは、「自分の体がどうなるか」ということは、わからなかった。一日のなかでの影響がわからなかった。けど、実際にやられたので……「これはたまらない」「これは、ひどすぎる」「これじゃ、ぜんぜん勉強ができない」「これじゃ、宿題もできない」「これじゃあ、忘れ物をしてしまう」「これじゃあ、眠れない」ということがわかった。これ、ほんとうに、やられないとわからないと思う。俺の話を聞いて、そのその人の頭のなかで「ヘビメタ騒音」というものを考えている。ヘビメタが好きな人は、「そんなに騒音かな」と思うこともあるだろう。けど、ちがうのである。たしかに、ぼくにとって、ヘビメタという音楽は、めちゃくちゃに、きらいな音が入っている音楽だった。しかも、きらいな音が、ものすごい密度で入っているのである。一秒間のなかにものすごくきらいな音が、何個も入っているのである。その一つ一つが、俺の脳みそにダメージを与えるのである。きちがい兄貴が、横で、鳴らしていて、俺が、脳みそにダメージを受けないということはなかった。ようするに、不可避的に、ダメージが生じた。けど、やられていない人やヘビメタが好きな人は、それがわからない。「影響を受けないようにすれば、影響を受けない(ことが可能だ)」と、なんとなく、思ってしまう。ところが、それは、自分のきらいな音を、あの至近距離で、あの爆音で、ひたすら、聞かされる続けるという経験がなかった人が感じることなのだ。あんなの、無理に決まっている」……これが、実際、自分のきらいな音を、あの至近距離で、あの爆音で、ひたすら、聞かされる続けるという経験がある人が、感じることだ。まず、考えることだ。ぜんぜんちがうのである。けど、ぜんぜん、経験がない人に、「ぜんぜんちがう」ということを、どれだけ話したって、相手は、相手の感覚で話を理解するので、ぜんぜん、伝わらないままなのだ。そして、相手は、理解しないことで、なにか損があるかというと、ない。俺には、損がある。相手が理解しないことで、相手は、俺のことを自動的に下に見て、バカにするようになる。そして、相手が、言霊主義者なら「できると言えばできる」と、めちゃくちゃなことを言うようになる。それじゃあ、きちがい兄貴が鳴らしていたとき、『言い方がうまい』言霊主義者が「ヘビメタが今日中に、鳴りやむ。そして、この後一切合切ならないようになる」と言ってくれるのかというと、そうではないのだ。「そんなの、言えばいい」と言うだけだ。俺が「兄貴がヘビメタを鳴らさないようになる」と言っても、兄貴が、ヘビメタを鳴らし続けた場合、言霊主義者のなかでは、「エイリの言い方が悪いからダメなんだ」というとになるのである。だったら、その言霊主義者が「エイリの兄貴がヘビメタを鳴らさないようになる」と言えば、エイリの兄貴がヘビメタを鳴らさないようになるのかというと、ならない。きちがい兄貴が、きちがい兄貴の感覚で、きちがい兄貴の欲望に従って、きちがい的にでかい音で鳴らさないと満足できないから、きちがい的にでかい音で鳴らしている。兄貴の意思で鳴らしているのだ。だれかが、「兄貴がヘビメタを鳴らすようになる」と言ったから、言霊の力で、兄貴がヘビメタを鳴らすようになったのではないのだ。言い方がうまい言霊主義者が「エイリの兄貴がヘビメタを鳴らさないようになる」と言っても、言霊の力によって、エイリの兄貴が、ヘビメタを鳴らさないようになるということはない。もし仮に、「エイリの兄貴がヘビメタを鳴らさないようになる」と言ったあと、一週間以内に「エイリの兄貴がヘビメタを鳴らさないようになった」場合、ふたつの出来事が、一週間以内に起こったということなのである。そして、ふたつの出来事のあいだには、なんの因果関係もないのである。まあ、親切な言霊主義者が「エイリの兄貴がヘビメタを鳴らさないようになる」と言ったあと、一週間以内に、鳴りやんだら、俺は、その言霊主義者に、感謝する。最大の感謝をする。もう、感謝して感謝して、猛烈に感謝する。

2026年9月21日月曜日

●多くの人は、やはり、認めない■騒音※2026/09/21 20:54

はぁーー。正直なことを書いてしまうと、むなしい。

むなしいわぁーー。むなしいーー。

まあ、ヘビメタ騒音については、ほかの人に理解を求めたけど、ほとんどのほかの人が理解しなかった。こいつらが、みんな、非・合理的なひどいことを言うのである。

けど、それらの「非・合理的なひどいこと」は、公認された「非・合理的なひどいこと」なので、「非・合理的なひどいこと」だとは、認識されていない。

多くの人にとって、「非・合理的なひどいこと」だとは、認識されていない。

理論的に考えるということが、できない人が多いのである。理論的に間違っていることは、理論的に間違っていると認めるべきだと思う。

その考え方の根底に、妄想的な前提があるなら、妄想的な前提があるということを認めるべきだと思う。

ところが、こいつらは、そんなものは、無視する。

だから、ここら辺のことが、兄貴や親父とかぶっているように見えるのだ。

兄貴によって、ぼくは、働けない体になった。

このことは……この人たちには、経験的にわからないことだ。理論的にわからないことではなくて、経験的にわからないことだ。経験がないから、わからないのだ。

「そうなる」ということが、わからない。「そうなる」ということが、自分の経験・自分の身体を通してわかっていないのだ。

だから、経験的にわからないことは、しかたがないと思う。

けど、理論的に間違っているということがわからないというのは、やはり、こっちにとっては、ぐっとくるものがある。

兄貴と俺のあいだにあった問題の縮小版が、世間の人と俺のあいだにあるのである。親父と俺のあいだにあった問題の縮小版が、世間の人と俺のあいだにあるのである。

しかし、「常識」というところで、一八〇度反転しているんだよ。

常識的な人がわからないのは、兄貴のなかの常識なんだよ。常識的な人がわからないのは、親父のなかの常識なんだよ。

いままで、オブラートに包んだ形で、この人たちのひどさを説明してきたけど、もう、オブラートに包むのはやめようかな。まあ、オブラートなんて、今時、使っている人はいないか。「オブラートに包む」という表現が、むかしは、けっこう一般的な表現だったんだよ。

まあ、いいや。

ともかく、兄貴の常識が、世間の人にとっては、非常識で、非常識だから、「そんな人はいない」と思ってしまう人が多い。親父の常識が、世間の人にとっては、非常識で、非常識だから、「そんな人はいない」と思ってしまう世間の人たちが多い。

けど、兄貴も親父も世間的に見て、非常識な行動をしているとは、思っていないのである。

兄貴も親父も、きちがい的な意地で、その通りの行動をするけど、「非常識な行動だ」とは認識していないのである。

だから、非常識ではないと思っているという意味で、常識的だと思っているのである。

だから、ほんとうは、きちがい的な意地で、きちがい的な行動をする兄貴が問題なのだけど、きちがい兄貴は、まったく気がついていないわけ。これとおなじことが、親父にも成り立っているわけだ。

どうしても、兄貴の行動に関しては、影響を受けた。どうしてかというと、騒音というかたちをした問題だったからだ。無視できないのである。

ところが、世間のやつらが、そういうきちがい的な家族にやられたことがないので、そういうきちがい的な騒音を経験していないのである。

実際には、「騒音」というよりも、「騒音生活」だ。

あるいは、『長期の騒音生活』だ。

きちがい兄貴のやり方だと、超・超・超・超・超・超・『長期の騒音生活』になってしまうのである。不可避的にそうなってしまう。

ほかの人は、きちがい兄貴のような家族と一緒に住んでいないので、超・超・超・超・超・超・『長期の騒音生活』がどういう影響をあたえるか、経験的に、根本的に、わかっていない。

超・超・超・超・超・超・『長期の騒音生活』の騒音ではなくて、『普通の生活』における『普通の騒音』について考えてしまうのである。

だから、超・超・超・超・超・超・『長期の騒音性』が、ほんとうに、どういう意味をもつのかということは、わかっていないのである。症状があらわれていないのである。人間なら、しょうじる症状がわかっていないのである。

でっ、ヘビメタが好きな人にとっては、ヘビメタ騒音はなんてことない騒音だ。騒音だと感じないだろう。自分にとって不愉快な音が鳴っていることを、『騒音が鳴っている』と表現することになっているからだ。

自分にとって快適な音が鳴っている場合は、どれだけその音がでかくても、騒音ではないのである。

だから、ヘビメタが好きな人が、「そんなのは関係がない」「俺は影響を受けない」と言っても、それは、その人が(ぼくより)すぐれているということではないのである。

ところが、「騒音」の問題だから、その人は、『自分が、エイリよりすぐれているから騒音の影響を受けないで暮らすことができる』と思っているのだ。普通の人も、そういうところがある。

そして、兄貴のヘビメタ騒音は、きちがい的な家族が鳴らす、しつこい騒音だから、きちがい的ではない家族は、そもそも、そういう騒音を鳴らさないという問題がある。

これは、ぼくにとっては問題だ。

ぼくがこの世で経験した多くの人が経験する「問題」ではないのである。

多くの人が経験しない「問題」なのである。

けど、多くの人が「騒音」を経験するのである。

その意味では、きちがいに兄貴のようなひどいケースではない騒音を経験しているということになる。

なので、ここに、「ズレ」がしょうじるのである。「ぜんぜん、ちがうんだ」ということを説明しても、多くの人は、やはり、認めない。

*     *     * 


きちがい兄貴の態度や、きちがい兄貴の行動が、『誤解発生装置』なのだ。

ほかの人の家族は、そんなことはしないのだ。

だから、大多数のほかの人たちは……実際に自分の体で経験することがない。

だから、その問題から、まのがれて、生きている。

知らないまま生きている。

けど、言うことは言う。

自分の常識に照らし合わせて、「人間は働くべきだ」と思っている人は「エイリは(ヘビメタ騒音とかそんなことを言っていないで)働くべきだ」ということを言ってくる。

こいつらはこいつらで、「あれだけ、長い間、騒音生活をすると通勤通学することかできなくなる」ということを(こっちが)言っても、認めない。

こいつらのなかでは、「どれだけ長い間騒音生活をしても、通勤通学ぐらいできる」と思っているからだ。

言霊主義者なら、「できると言えばできる」と、妄想的な発言をするだろう。

こんなやつら、ばかりだった。この世は、こんなやつらばかりだった。 

*     *     * 

まあ、あのころのことは、もう、関係ないと言えるわけだから……。しかし……。

あのころ、ほんとうにくるしかったなぁ。

少数の例外を除いて、だれもヘビメタ騒音のことを理解してくれなかった。まあ、少数の例外はいた。けど、じゃあ、結婚したあと、働かなくてもいいのかというと、それは、ちがうんじゃないかなぁと思う。

実際、わからないけどね。

相手がなんと言うか、わからないけどね……。時間がたつと、理解があった人も、常識的な人とおなじことを言うようになる……傾向があった。

*     *     * 

それにしても、つらかったなぁ。

ヘビメタ騒音からはじまったことで、ほかの人は、ほんとうに「知らない」のである。

説明したって、自分の身で、経験したことじゃないから、どれだけつらいかわからない。

「そんなことで解決するようなことじゃないのである」と言いたかった。言いたい。そんなことじゃない。

たぶん、一日分の失望、一日分の怒り、一日分のふがいなさ、一日分のあせりも、わかっていないよ。

あの態度でずっと、ガシガシ鳴らされるということが、どういうことなのか、ぜんぜんわかっていない。あの態度で、ずっとガシガシ鳴らされて、勉強することができないということが、どういうことなのか、ぜんぜんわかっていないのだ。

どうせ……『どれだけ鳴ってたって勉強ぐらいできる』というような意見を持っているやつらばかりだ。

それが、ちがうのである。

けど、ほんとうに、あの態度で鳴らされていないから、わからない。

あの至近距離で、あの態度で鳴らされていないから、どれだけ、頭がこんがらがるか、わかっていない。ほんとうに、わかっていないから言えることなんだよ。

けど、みんな「俺だって苦労した(わたしだって苦労した)」「俺だって騒音ぐらいあった(わたしだって騒音ぐらいあった)」と言う。言うんだよ。

もう、ほんとうに、全部がいやだったな。

そして、ぼくが、ひとりになってしまった。

これも、必然だ。ヘビメタ騒音の必然だ。きちがい兄貴の態度で、きちがい兄貴が、俺のきらいな音を、爆音で鳴らし続けた結果だ。

これ、ほんとうにひどいことをやっているのに、どれだけ、長いあいだやっても、わかっていないのである。きちがい兄貴がわかっていない。当のきちがい兄貴が、長時間、長期間、鳴らしても、ぜんぜん、わかっていないのである。

兄貴がやっていることなのに、兄貴の側から見ると、兄貴がやっていることではないのである。

でっ、やられていない人というのは、やられていないという意味で、兄貴とおなじように「知らない人」なのである。

だから、「つかれ」とか「騒音」とかと言っても、ぜんぜんちがうことを想像してしまうのである。

こいつらの見積もりが、ほんとうに、低いのである。騒音の見積もりが低い。「騒音の影響」の見積もりが低い。

兄貴のように、無視しているのである。

どうしたって影響を受けるのに、この人たちは……影響を、兄貴のように、無視しているのである。それが、上記の発言につながる。

こいつらにとっては、俺の側に発生した、きちがい兄貴の騒音は、そういうものでしかない。けど、ぜんぜん、ちがうんだよ。そんなものじゃない。そういうものではない。

ほんとうは、こいつらだって、自分のきらいな音を、あのでかさで、毎日ずっと浴びせ続けられたら、俺とおなじような症状が出て、通勤通学できなくなるのに、こいつらは、認めない。

どうしてかというと、実際に経験していないからだ。実際に経験していないから、ほんとうに、ぜんぜん、わからない。わからなければ、俺があまえているようにしか見えない。

わからなければ、「そんなの、どうにでもできるのに、エイリさんがこだわりすぎなんだ」ということになってしまう。

あるいは、きちがい兄貴の話について、認めない人もいる。俺が嘘を言っていると思う人たちだ。この人たちは、俺が嘘を言っていると思っているので、実際には、『きちがい兄貴の騒音』の影響を受けていないと思っているんだよ。

どっちも、けっきょく、実質的な騒音の影響を認めないやつらなんだよ。 

*     *     * 

どれだけ無視して、どれだけ影響を受けないようにしても、ものすごい苦痛の連続になる。ものすごい疲労の連続になる。ものすごい憤りの連続になる。ものすごい憂鬱の連続になる。俺は、ほんとうに、よくたえて、頑張っていた。

これも、頑張っていたとき、いいことがあったかというと、ないのだ。

これが、どういうことなのか、多くの普通の人は、ほんとうに、わかっていない。

「頑張っていれば、いいことがある」なんて言っているやつらが、一〇〇万回うまれかわっても、わからないことだ。ほんとうにみんな、わかっていない。

俺がさぼっているように言ったやつらのことは、いまですら、ゆるしていないよ。

*     *     *

そりゃ、実際には本人が経験していない『騒音生活』のくるしさなんて、わかるわけがないよな。

わからない。

わからないのだけど、わかっているつもりで、『俺の側』の『騒音生活』のくるしさを過小評価して、アホなことを言うのは、ゆるさない。ゆるせない。 

どれだけ、くるしいか、ほんとうに、まったくわかっていないのである。

そんな、ちょっとした騒音でくるしんでいるわけがないだろ。

「ぜんぜん、ちがう」と言っているのに、ほんとうに、こいつらも……きちがい兄貴やきちがい親父のように、無視しやがって。 

*     *     *

そもそも、きちがいヘビメタが、ほんとうにずっと鳴っているから、勉強ができないということが問題なんだよ。

そして、ここで崩されたら、もうだめなのである。「もうだめだ」というのは、ただ単に弱音を吐いているだけではなくて……ほんとうに、やられ続けたあとの実感なのである。

やられ続けたあとの、ほんとうの体調、ほんとうの心的な状態なのである。こいつらが、みんな、これを、無視する。鳴り終わったあとやればいい」……こういうことを言うやつがいた。

俺は、何千日も、鳴り終わったあと勉強をすることにトライしたけど、できなかったよ。

これ、ちがうんだよね。

きちがいヘビメタ騒音が、その日、つみかさなるだけで、風邪をひいて熱が四〇度出ているようなだるい状態になる。熱はたぶん四〇度出ていないけど、そのくらいに、だるい状態になる。

ぜんぜん、わかっていない。

そして、かりに、二時間トライしたとしよう。

そうすると、午前一時一〇分になる。この、ぜんぜん勉強が進まない『二時間のトライ』をして、午前一時一〇分にひとりで起きているのだ。無駄なことをしているのだ。

トライはするけど、マイナスの勉強しかできないので、勉強が進むどころか、後退してしまう。

そして、体調は、もっと悪くなるのである。これは、勝手に夜更かしをしているような状態ではないのだ。

ところが、ヘビメタ騒音というファクターをのぞくと、ぼくが勝手に、夜更かしをしているようにしか見えないのだ。

勝手に、夜更かしをして(寝ればいいのに)午前一時一〇分まで起きていて、それで、「つらい」「朝、起きることができない」と泣き言を言っていると、普通の人たちは、普通に思うわけだ。

どうしてかというと、先行するきちがいヘビメタ騒音の影響を認めていないからだ。

ヘビメタ騒音が体と精神に与える影響を、こいつらは、「たいしたことじゃない」と無視してしまうからだ。

これが、こいつらの態度なんだよ。

2026年9月20日日曜日

●兄貴のヘビメタと、親父のネズミで、ぼくの生命エネルギーが奪われた■騒音※2026/09/20 4:17

あのネズミ、うちのなかにいるわぁーー。たぶん。出ていってくれないかなぁ。あと、あそこのガラス戸はやばい。あそこのガラス戸をどうにかしないとやばい。パティでやるかな。

けど、めんどうくさい。

けど、あそこから入ってくるとなると、自由に入れる状態が続ているというとになるので、やばい。

たぶん、この部屋にはいないような気がする。けど、わからない。

ネズミの出現で、ぼくの体調が一気に悪化する。まだ、眠れない。腹がおかしい。喉がおかしい。

『もう、全部いやだ』という考えが、頭から、はなれない。全部が、つまらなく思える。ともかく、体調が悪い。じゃあ、横になっていればいいのかというと、横になっていても、つらい。

いま、ご飯を食べた。これも、ほんのちょっとだ。すべてが、つらい。 

兄貴のヘビメタと、親父のネズミで、ぼくの人生が台無しだ。兄貴のヘビメタと、親父のネズミで、ぼくの生命エネルギーが奪われた。

*     *     *

この部屋にはいないかもしれないけど、このうちには、いる感じがする。このうちにいないとしても、すぐに、ネズミが入ってくる状態であることには、かわりがない。

どこかに、ぼくが知らない穴がある。ヘビメタとかネズミとか、長期的に影響をあたえることばかりやる。やりやがる。

本人はまったくわかってないんだよな。

ネズミのことだって、親父はまったく、わかってないんだぞ。ヘビメタのことだって、兄貴は、まったくわかってないんだぞ。

こんなハンディ、俺にしかない。

ほかの人には、このハンディがない。こんな特殊なハンディがある人なんて、ぼく以外にいない。

でっ、ほかの人が、ぼくのこのハンディを無視して、不適切なことを言う。

よその人だって、おなじことをやられれば、通勤通学できなくなるし、学業成績が(やられていないときより)ずっとさがるし、体力も気力もなくなるし、睡眠回路を破壊されるし、人間関係も破壊されるのに、ぜんぜんわかっていない。ほかの人には、ないことだから、ぜんぜんわかっていない。

「そんなのなんだ」という態度だ。

「そんなの、関係ない」「そんなのは、影響がない」「できると言えばできる」「努力すれば成功する」「すべては受け止め方の問題だから、受け止め方をかえればいいんだ」……。

こいつらはこいつらで頑固なんだよな。

ともかく、普通に勉強することができなくなるし、普通に恋愛することができなくなる。

どれだけ、きちがい的なでかい音で、苦手な音が鳴っていたか、わかっていない。ヘビメタではなくて、自分がこの世で一番きらいな音で考えてみれば、わかることなのに、ほかの人は「なんだそんなの」という態度になる。

ほかの人が考えているヘビメタ騒音の損害が……ぼくの身の上に生じた損害が一(いち)だとするとする。 実際の損害は、一兆だ。

そして、その損害の大きさが、ほかの人には、必然的にわからないのである。どうしてかというと、ほんとうに、一倍速でやられたわけではないからだ。自分が本当に経験したことではないからだ。

ただ単に、聞いた話なのである。

だったら、「俺だってつらい」という反応になる。けど、そのつらさは、俺がヘビメタ騒音を浴びないで育った場合のつらさとおなじレベルのつらさだと思う。

だいたい、自分がこの世で一番きらいな音を四六時中……大音響で聞かされた場合の症状が出ていないんだよ。症状が出ていない。症状が出ていないから、えらそうなことを言える。「自分だったら平気だ」「俺はヘビメタは好きだしな」というのりで、えらそうなことを言う。

そりゃ、普通の従業員としては働くというのは、めちゃくちゃにつらいことだ。

けど、そういうつらさとは、そもそもがちがうのだ。レベルがちがう。じゃあ、きちがいヘビメタ騒音とおなじレベルの騒音を一一歳から二五歳まで浴びて、不利な立場のまま、普通の従業員として働くということを選択して見ろ。

そんなのは、無理だということがわかる。

体が、もう、ちがうんだよ。

この世で一番きらいな音にさらされ続けて、勉強時間と、睡眠時間をうばわれ、精神と睡眠回路を破壊されて、普通に働くなんてことができるわけがないだろ。想像力がないから、わからない。

あるいは、経験がないから、わからない。

*     *     *

ともかく、ネズミは、いつでも入ってこれる状態なんだよな。たとえ、出ていってくれたとしても。これは、やっかいだ。死にたくなる問題だ。

親父も兄貴も、きちがい的な意地でやったことの『意味』が、ぜんぜん、わかっていないんだよな。

でっ、やっているときに、こっちがどれだけ言っても、方向転換をしない。

これが、きちがい回路なのだ。これが、普通の人の意地ではないのだ。きちがいの意地なのだ。仕組みが、ほかの人にはわかりにくい。いやーー。俺がいくら説明したって、仕組みがわからない人なんて、いくらだっている。

そもそも、興味がないからな。そして、自分が信じていることをぼくが批判したということになれば、不愉快な気持ちになるわけだから……。認めたくない気持ちになる。

たとえば、言霊主義者のように……。

こいつらはこいつらで、俺に対して「なんだとお」という態度で接したということをわすれてしまうんだよな。「関係、ない」「影響、ない」「自己責任だ」「あまえだ」「言い訳だ」とこいつらが言い切ったとき、こっちがどういう気持ちになるか、こいつらは、わかっていない。

けど、親父や兄貴とは、これまた、仕組みがちがうのである。親父と兄貴は、特殊すぎる。普通の人とは、ぜんぜんちがう。

だから、普通の人は、理解しない。だから、そこのところが盲点になって舞うんだよな。きちがい兄貴やきちがい親父は、自分の側の特殊な盲点によって、ほかの人たちの盲点をつくりだしてしまうということに、気がついていない。

被害を受けている俺が、両方からせめられる。きちがい親父からせめられ、きちがい兄貴からせめられ、そして、世間の人からせめられるのだ。

世間の人は、きちがい親父の仕組みやきちがい兄貴の仕組みなんで、ぜんぜん理解していないんだよ。

●まあ、元気を出したフリだよな■騒音※2026/09/20 0:59

まだ、眠れない。俺は、どうなっちゃうんだ。眠れる感じがまったくしない。どうしようかな。そして、人生をどうするか。

ネズミは、ガラス戸のガラス部分とフレームの部分のすきまが、あやしい。あれ、パティかなんかで埋めないとだめだ。

けど、やる気がしない。あそこに足を踏み入れるとなると、靴カバーが必要になる。ズボン型のレインコート下が必要になる。

せめて、普通の人の普通の気持ちになりたい。ヘビメタ騒音でがたぴし、憂鬱の風が吹いている。

こころは、いつも、憂鬱なんだよ。

頑張っても、ヘビメタ騒音でボロボロにされているから無理。元気を出して頑張っても、いいことがなかった。

まあ、元気を出したフリだよな。ほんとうは、ヘビメタ騒音でボロボロなんだから……。 

2026年9月19日土曜日

●この生活の重さが、ほかの人にはわからない■騒音※2026/09/19 23:30

外壁の上のほうで、なんか音がする。高いところ。雨がふっているけど、雨の影響かもしれない。

けど、最近、「かたっん」っていう音が気になってたんだよな。あーー。

けど、内見のことを考えても、カネのことを考えても、落ち込む。あと五〇〇万円あれば……。カネは重要。

しかし、どうすればいいんだ。

ほんとう、こんなことになるとは、思ってなかったなぁ。たとえば、二五歳のころ、こういう夜、自転車で外に出ていた……。目的地は、まあ、小さな本屋だ。

あのころと、あんまりかわりがないんだよね。

あの頃も、ヘビメタ騒音にやられて、人間関係がズタズタだった。友達は、それでも、三人いた。

けど、その友達とも、ヘビメタのことで、もめてしまう。まあ、もめたのは、三四歳ぐらいのときだけど……。

ともかく、ほんとうは、ヘビメタ騒音がなければ、ちゃんと道を歩けたんだよ。そうしたら、友達とも離れる必要がなかった。

ちゃんとした道というのは、まあ、普通コースだ。たとえば、ぼくなら、大学院に進学して、博士号をとり、研究者として働くというようなことだ。そういうコースが、きちがいヘビメタがなければ、カネのことはともかくとして、ちゃんとあった。

あるいは、研究者になれなくても、教育関係の仕事をして、おカネをもらうことができた。

きちがヘビメタ騒音が、小学六年生のときにはじまらなかったら、ぼくは、体力があったほうだから、ちゃんと仕事もできた。能力もあった。働く意志もあった。

ほかの人たちには、これが見えないのである。

どうしてかというと、きちがヘビメタ騒音が、小学六年生のときにはじまったからだ。

この生活の重さが、ほかの人にはわからない。

ほんとうに、ものすごい勢いで、足を引っ張られるのである。俺は、一〇〇分の一の能力でやっていたんだ。これ、ほんとうに、ぜんぜんちがう。ヘビメタさえなければ、簡単にできたことが、まったくできなくなる。そして、ヘビメタさえなければ、体力があるほうで、ちゃんと、働けたのに、きちがいヘビメタ騒音で、まったく働けなくなった。体力がなくなって、睡眠力がなくなって、体がボロボロになった。学生時代の七年間は、重い。その七年間で、ぜんぜんちがう。毎日、すべての時間をやられた。この、すべての時間というのは、うちにいるときのすべての時間ということだ。 

二五歳のときですら、自転車をこいでいるとき、破滅破綻の、切羽詰まった状態なのである。体力状態、精神状態、全部、切羽詰まった状態だ。自転車をこいでいたのだから、元気だっっのではないかと思うかもしれないけど、いつも、元気がない状態でフラフラだった。自転車をこいでいるときの気持ちが並じゃないのである。コースからはずれて、彼女もいない。睡眠回路を破壊されて、バイトですら、通ってやるバイトは、無理なのである。これ、どれだけ自殺したい気持ちになるか。三四歳のときは、もっとひどくなっていた。

*     *     *

ほかの人のことは、参考にならない。旅行をすれば、楽しいと感じられるやつらだ。ぜんぜん、参考にならない。旅行なんて、ヘビメタ騒音で精神ぶんばらばんだから、つらいだけ。『精神ぶんばらばん』せいしんぶんばらばんというのは、思いつきで書いた表現。人生が崩壊しているさまをあらわすとする。きちがいヘビメタに中学三年間、毎日やられたあと、入試を受けに行くときの気分になってしまう。駅を降りて、試験会場に行くときの気分になってしまう。試験会場に行く前から、きちがいヘビメタ騒音の寝不足で、気持ちも、足取りも、重いのである。楽しくない。旅行をすれば、楽しめる。こういう人たちが「俺だってつらい思いをした」「俺だって騒音ぐらいあった」と言ったって、なーーんも、響かない。旅行をすれば、楽しめる人が、「楽しい楽しいと言えば、楽しくなる」と言ったって、なーーんも、響かない。みんな、「自分だったら、自分がきらいな音が、爆音で何時間も何時間も、毎日鳴っていたって、普通にすごすことができる」と思っている。実際にやられなかったから、そう思っているだけなのに、「自分だったら平気だ」という前提で、無理なことを言ってくる。みんな、「そんなのはあまえだ」「そんなのは言い訳だ」「人間は働くべきだ」と言ってくる。たまたま、きちがい兄貴のようなきちがい家族にたたられなかっただけだろ。それなのに、「エイリより自分のほうが優れている」と思って、アホなことを言ってくる。

●ヘビメタの音というのが、ぼくの脳みそを破壊する音なのである■騒音※2026/09/19 22:08

このさき、どうするかな。

すべてが、つらい。すべてが、しんどい。元気を出してやっても、つらいままなのである。ぼくのことだからなぁ。ほかの人の感じ方を、移植するわけにはいかない。

ぼくの感じ方は、やっぱり、きちがいヘビメタ騒音で、しょうじた感じ方なんだよな。

これ、一生、むりだ。

どのみち、この状態で、生きていくしかないのか。

わりといい調子になって、やっていても、ヘビメタ騒音時代の「体の感覚」が持続している。多少、回復しても、けっきょく、ヘビメタ騒音時代の「こころの感覚」が持続している。やすまることがない。

そして、さびしい。

生きているあいだの持続時間というのがちがうのである。至近距離で、あれだけでかい音で、自分がきらいな音を毎日聞かされ続けるというのは、どれだけ、頑張って明るくふるまっても、どれだけ「元気だ元気だ」と言っても、ものすごく、つらい状態で生きるということになる。

生きている、持続時間が、ヘビメタ騒音のそれになってしまうのである。

意識がある間、持続している「感覚」というのがある。それが、ヘビメタ騒音の感覚なのである。ヘビメタ騒音時代の「くるしい、くるしい、くるしい」感覚なのである。

死んでしまいたいほど、くるしい感覚なのである。

それを、意志の力で乗り切ろうとした。

けど、きちがい兄貴が、きちがい感覚でずっとずっとずっとずっと、きちがいヘビメタを「きちがい的な意地で」……鳴らしてしまう。

これ、壁で区切られているけど、そこに、あのでかいスピーカーがある状態なのである。そして、ガンガン鳴っている状態なのである。

ほかの人はどうだか知らないけど、ヘビメタの音というのが、ぼくの脳みそを破壊する音なのである。

ほかの人はどうだか知らないけど、ヘビメタの音というのが、ぼくの精神を破壊する音なのである。

これ、ほんとうに、きちがい兄貴が、「なにも気にしないで」やったことだ。

こんなの、ない。

どれだけ、兄貴に言っても、きちがい親父のように、まったく伝わらないのである。俺が兄貴のヘビメタでこまっているということが、まったく伝わらない。

きちがい兄貴が鳴らしている音は、でかい音なのだけど、でかい音で鳴らしているということを言っても、まったく、まったく、まったく伝わらないのである。

フォークギターぐらいの音だと思い込んでる状態がかわらない。

こんなの、ない。

そして、世間の人たちというのは、兄貴のことではなくて、ぼくのことを悪く言うのである。

●そういうレベルのつかれじゃないんだよ■騒音※2026/09/19 21:38

 肉と、寿司の残りを食べた。はきそうな感じはある。けど、ともかく、眠りたい。けど、まったく、眠れそうもない。なんか、ひとつひとつが、つらい。希望がない。 

昨日、頑張って買い物に行ったのに、これかよ。だるい。

楽しければいいんだよ。たとえば、旅行だ。楽しければいい。けど、ぼくは、楽しくない。楽しくない。基地がヘビメタ騒音八年目あたりまでは、見せかけ元気を出して、頑張ってきたけど、九年目あたりから、どうしてもぬぐえないくらい憂鬱が、全体を覆いつくすようになった。

こころ全体を覆いつくすようになった。

無理をして、明るくふるまったって、いいことなんてない。トラブルの連続だ。トラブルに、ヘビメタ騒音にやられている体で、対処しなければならない。

そういうことが、つみかさなった。

いまもそうだ。いまのいままで、俺は、精いっぱい頑張ってきたのである。ほかの人と、やられたことがちがいすぎる。

みんな、実際には経験していないから、あのレベルの騒音生活がどういう騒音生活なのかわかっていない。ほんとうに、精神を破壊する。丈夫な体を破壊する。体力を破壊する。

もう、普段から、ダルダルでしかたがない体になる。

不可避的にそうなるのに、「元気だ元気だと言えば元気になる」と、まったくわかっていない人たちが言ってくる。

そういうレベルのつかれじゃないんだよ。そういうレベルのことじゃない。

ぜんぜん、ちがう。 

●ものすごく楽しい世界に行きたい■騒音※2026/09/19 21:25

どうして、こうなっちゃうんだよ。気が休まらない。

また、呼吸をするたびに、吐き気がするようになった。

やっぱり、これも、精神が関係しているんだな。まあ、実際、腹の調子は悪いのだけど……。ご飯を食べておかないと、いつまでたっても眠れないような感じになった。

けど、腹がへっていないし、ここでご飯を食べるのは、なんか……。ご飯を食べたら食べたで、もっと腹がいたくなったらこまる。

けど、このまま、眠れるかな?

やりきれない。楽な世界に行きたい。

ものすごく楽しい世界に行きたい。ものすごく、ものすごく、楽しい世界に行きたい。

ここまで、我慢して生きてきたけど、なんだったんだ。

長期ヘビメタ騒音が、ほんとうにくるしい。だれもわからない。

ぼく以外、だれもわからない。

どれだけくるしい日常になるか、ぜんぜんわかっていない。「俺だって苦労した」と言って、元気な人たちが、クソを言う。

いやーー。

そんな状態じゃなくなるんだってばさ。

この人たちの言っている苦労というのは普通の気持ちを維持できる苦労なんだよな。

ぜんぜんちがうのに、おなじレベルのものだと思って、クソを言ってくる。

●「そんなのは知らなかった」■家族※2026/09/19 16:48

歯医者だって、内見だって、日時を決めなければならない。普通の人にとっては、なんでもないことだ。

けど、俺には、一か月前から、めちゃくちゃに憂鬱になるようなことなんだよ。ヘビメタ騒音で、全部、そうなっている。ヘビメタ騒音で全部そういうことが成り立っている。

全部に、ヘビメタ騒音の日とおなじことが成り立っている。普通の人は、普通の気持ちでできるわけだけど、ぼくは、できない。ヘビメタ騒音の堆積が問題だ。

どれだけ長く、ヘビメタ祖オウンが続いたか。そして、どれだけ長く、きちがい兄貴がこっちの気持ち無視してきたか?

まったくこっちの気持ちがわからないまま、きちがい兄貴が、こだわって、こだわってこだわって、きちがいヘビメタを(よその家では鳴らせないような)でかい音で鳴らし続けた。

影響あるよ。

影響あるのに、普通の人が「影響、ない」と言う。

関係があるのに……普通に通勤通学ができないことと、きちがいヘビメタ騒音の持続は、関係があるのに……普通の人が、「関係、ない」と言う。

こういうことの連続だった。どれだけ、死にたくなるようなことか、ほかの人はわかっていない。

だいたい、「影響、ない」「関係、ない」と言われることだって、こっちにしてみれば、めちゃくちゃに腹が立つことだ。きちがい兄貴が、影響や関係を無視して、やり続けた。ヘビメタ騒音の影響を無視しているということでは、きちがい兄貴と普通の人で、かわりがないのである。

これ、じつは、ぼくにとって重要なことなんだよ。ヘビメタ騒音が連続した結果、通勤通学ができなくなれば、無職になりやすくなるし、ひきこもり状態になりやすくなる。

友達との関係だって、ほんとうに……誤解でなく、ヘビメタ騒音のことがきっかけでこわれた。親友や友達との関係だって、「普通の人」との関係とおなじようなことが成り立っている。普通の人には、きちがい兄貴のような家族(兄)がいないのである。

だから、きちがい兄貴が毎日やったことを、やられる側として、普通の人は経験していない。

だから、「騒音」と言えば、騒音になってしまう。「疲労」と言えば、疲労になってしまう。

これが、どれだけでかい誤解をうむか、ほかの人にはわからない。自分は正しいことを言っているつもりなのだ。

「関係ない」「影響ない」……正しいことを言っているつもりだ。

けど、関係はあるし、影響もある。

*     *     *

けっきょく、眠れなくなってしまった。もう、30時間ぐらい起きている。これ、眠れないよ。きちがいヘビメタにやられて、入学試験を受けに行った日の、早朝のような状態だ。

ほんとうに、あのでかい音で、自分が一番きらいな音が、ガンガン鳴っている……鳴り続けるということの意味が、ほかの人にはわかっていないのである。

ほかの人の家族は、きちがい兄貴のような無意識的なズレがないから、でかい音で鳴らしているときは、でかい音で鳴らしているということが、いくらなんでも、わかる。

きちがい兄貴は、ずっとずっと、わからないままなのである。

どれだけ言ったって、認めない。きちがい兄貴の頭のなかには、自分が思った通りの音で、ヘビメタを鳴らすことしかない。どれだけ、何万回、何十万回言われたって、自分の音で、弟がこまっているということが、わからない。

だから、入試前日だって、二日前だって、きちがい的な意地で鳴らしてしまう。それで、弟がこまるということは、わからない。これ、ほんとうにわからないんだよ。言われないからわからないのではなくて、どれだけ言われてもわからない。

自分が(自分思った音で)(思いっきり鳴らせなくなる)ことが、いやだから、一切合切、認めない。

けど、こういう仕組みをもった人が少ないので、ほかの人は、こういう仕組みをもった人に、騒音でやられるという経験がない。その仕組みをもった人が、家族だという人はもっとレアだ。

そして、兄だけではなくて、父もその仕組みもった人である場合、兄にも、父にも、その仕組みのうえで、きちがい行為をされる人は、レア中のレアだ。

みんな、ほんとうは、わかっていないのである。そして、これが肝心なところなのだけど、丸出しで、きちがい的な意地でやっているのに、やっている当人が、普通の人より「わかっていない」のである。

これが、問題の核心だ。

けど、普通の人たちにとっては、そんなのはどうでもいいことなのだ。そういう仕組みをもった家族に、自分がやられたことがないので、そういう仕組みをもった家族に、やられるということがわからない。やられるということの、意味がわからない。

毎日やられることが、人生において持つ意味がわからない。人生において持つ意味と書いたけど、これは、ぼくの人生において持つ意味がわからないということだ。

だから、普通の騒音を考えて、騒音というものを考えてしまう。

けど、きちがい兄貴が毎日やった騒音は普通の騒音じゃない。きちがい兄貴が普通の人じゃないから、やり方も普通の人のやり方ではないやり方でやるということになる。

だいたい、自分がやっていることを頑固に無視するというとは、普通の人はできない。普通の人は、でかい音で鳴らしていれば、でかい音で鳴らしているということがわかる。

自分がケチで、意味があるレベルで譲ってやらなかった場合は、意味があるレベルでゆずってやらなかったということがわかる。

けど、うちのきちがい兄貴はちがうのである。

そして、うちのきちがい兄貴は、普通の人とは違うことを、やっているということが、普通の人並に、あるいは普通の人以上にわからない。自分がやっていることなのに、わからない。自分が意地になってやっていることなのにわからない。

自分が意地になってやることだから、わからない。絶対に、自分が思った通りの音で、鳴らしたという気持ちがあって、それは絶対に、維持するのである。保持するのである。

そのために、無意識的に現実無視することが必要なら、すべての時間、無意識的に現実を無視するということになる。

だから、本人は、ほんとうに、やったつもりがないのである。きちがい的にでかい音で鳴らしているのにでかい音で鳴らしているつもりがないのである。普通なら、これだけででかい音で鳴らしていたら、横の部屋の人は、こまるだろうということが、ほんとうに、ほんとうに、わからないのである。

どれだけ言われたって、それは、無意識的なレベルで無視してしまうので、言われたって言われたことにならないのである。

だから、「そんなのは知らなかった」という状態で、鳴らしきることになる。「試験のときこまった」ということを、もう鳴らさなくてもいい状態で、ほかの人から聞かされれば、「そんなのは知らなかった」と平気で言う。

たとえば、兄貴の嫁さんには、ぼくが、ヘビメタ騒音のことを説明した。でっ、入試のときのことも話した。

でっ、兄貴の嫁さんが、いま、兄貴に、入試のときのことについて、兄貴話たのだけど、そうすると、兄貴は、「そんなの知らなかった」と、こたえたのである。

兄貴の嫁さんが、兄貴に「そういうところがおかしい」と言ったら、兄貴は、むすーーっとした顔をしたらしい。

俺に入試のまえ、「入試だから静かにしてくれ」「鳴らさないでくれ」と、一階の部屋で言われたとき、きちがい兄貴は、その「むすーー」とした顔をして、二階にあがって、すべての時間、きちがいヘビメタを(いつもの音量で)鳴らしたのである。

すべての時間というのは、それ以降の使える時間すべての時間という意味だ。

ゆずってくれなかった。

一秒もゆずってくれなかった。

これが、ほんとうの話なのである。

ところが、俺が嘘を言っていると思うやつは、俺がなんとか障害者や、妄想性の精神障害者で、嘘を言っていると思ってしまうのだ。

こんなの、ない。

こういうこと、ばかりだったよ。いま、ネズミのことで気持ちが逆立って、眠れない状態になってしまったけど、きちがい兄貴のヘビメタ騒音で気持ちが逆立って、眠れない状態になったまま、学校に行く朝がきたのだ。

入試のときもそうだ。

これの連続が……これの連続が、一日の精神状態に影響をあたえないわけがないだろ。これの連続が……これの連続が、一日の活動状態(体の状態)に影響をあたえないわけがないだろ。

「影響なんてない」と言うやつは、まったくわかっていない。

「俺だてっ眠れない夜はある」と一般化するけど、毎日続いたわけじゃないだろ。その理由が、きちがい的な家族の勝手な行為ではないだろ。

きちがい家族が勝手なことをするから……やっているつもりがまったくないまま、こだわってこだわって、使える時間をすべて使って、勝手な行為をするから、『眠れない日』『眠れない夜』になったわけではないだろ。

理由がちがえば、そのことに関する「気持ち」がちがうんだよ。

納得できることで眠れない夜を過ごした場合と、まったく納得できないことで眠れない夜を過ごした場合はちがうんだよ。

一日だけそうだった場合と、七年以上毎日続く場合は、ちがうんだよ。

どうして、おなじだと思うのだ。

どうして、おなじだという前提で、もの考えるのだ。ちがうだろ。

*     *     * 

きちがい家族に、きちがい騒音を聞かされ続けるということがなかったから、通勤通学できるだけなのに、俺が、「ヘビメタ騒音で通勤通学することができなくなった」ということを言えば、「できないと言うからできない」「できると言えばできる」と妄想的なことを言うやつだっている。

 理由がずれている。さらに、ヘビメタ騒音のことをあまく考えているのである。

ようすにる、「そんなのは影響がない」「そんなのは関係がない」と考えているやつとおなじだ。

「そんなのは影響がない」「そんなのは関係がない」と考えるやつとおなじことを考えて、そのうえで「言えば言ったことが現実化する」という前提で、「できないというからできない」「できるといえばできる」と妄想的なことを言うわけだ。

だから、言霊主義者も、影響を無視しているという点では、「そんなのは影響がない」と言っている人とおなじなのである。

どれだけ失礼なことを言っているか、こいつらはわかっていない。

ヘビメタ騒音でできなくなったと理由を言っているのに、「できないというからできない」という妄想的な理由をでっちあげて、できないと言うからできないのだと決めつけてくる。

迷惑な決めつけ……。

●まさかと思ったけど、いる■騒音※2026/09/19 5:35

買い物に行って、帰ってきた。帰ってきたあと、Youtube動画を視ていた。名前は出さないけど、ともかく、社会系の動画だ。これを視ていたら、憂鬱になった。まあ、視なくても、憂鬱ではあるのだけど……。

憂鬱ではある。しかし……。しかし……。

たぶん、いまは、眠れないけど……。眠れない6時間をどうやってすごしていいのかわからない。この憂鬱にたえて、なんとか、生きていくわけか。それにしても、ほんとうに、家族で人生がちがう。ぜんぜん、ちがう。多くの人が……みんな、認めないよなぁ。認めない装置を頭に取り付けられているように認めない。 

 

*     *     * 

 ネズミが出た。しかも、横の部屋にいる。あるいは、俺の部屋にいる。もう、だめだ。

これ、捕まえることができない。混みすぎていて、無理だ。向こうの部屋に、追い込むということができない。この部屋に、ずっと、いることになる。はーー。腹がいたい。腹がいたい。腹がしくしくする。喉がかわく。眠れない。まさかと思ったけど、いる。 

 *     *     *

  この部屋にいるかもしれない。じつは、わかめの味噌汁をつくろうとして、わかめとだしを入れたものを煮た。でっ、腹の調子が悪かったので、食べずに冷蔵庫に入れた。けど、やっぱり、食べないで、けっきょく、わかめをとりだし、だし汁はトイレに流した。これを、今日やった。これが原因じゃないかと思う。ほんとうは、こういうものを流したときは、いっしょに、パイプユニッシュのようなものも流すことにしている。けど、なかった。そして、買い物に行ったけど、パイプユニッシュのようなものがなかった。だから、パイプユニッシュのようなもを流せずにいた。買うつもりだった。

たぶん、だし汁のにおいにつられて、きたのだ。これ、終わっている。この部屋に入られたら、おしまいだ。歯医者どころじゃないわ。ほんとうに、やばい。この部屋に置いてある食べ物がやばい。自殺行為はしないけど、自殺行為はしないけど、くるしい。やられた。この状態で眠るのは……。

やばい。これ、この部屋から出ていかない。この部屋から、出ていってもらうこと自体がものすごくむずかしい。この部屋で退治できるかというと、退治もできない。

歯医者どころじゃない。これは、きつい。この部屋にいる。実際には、横の部屋だけど、横の部屋というのは、この場合、仕切りがないので、この部屋とおなじだ。ドアをとってしまったから、そういうたぐいのものはない。

いやーー。汁を捨てるとき、不安はあった。けど、あのときは、トイレのドアを閉めた。けど、「だいじょうぶだ」と思って、そのあと、何回かトイレを使ったとき、トイレのドアを開けっぱなしにした。汁をトレースしてきてしまうんだよな。あるいは、このあいだ、糞を残したやつが、まだいて、二階にきたのか。それもある。

えーーっと。玄米が、凶器になっている。一階の部屋に置いたけど、月曜日に捨てるまでに時間がある。そして、あの重たい袋を持って行くだろうかという疑問がある。あれ、分けて捨てないとだめかもしれない。5キロ、持って行くかな。

いま、もっているETFを売りに出した。けど、これも、月曜日の市場次第だな。これ、売ってからじゃないと、引っ越すことができない。

となりの部屋と書いたけど、このあいだ、となりの部屋と書いた部屋とはちょっとちがう。じゃあ、つながっている部屋は、この部屋ということにする。

この部屋にいる。

隠れるところが多すぎて、対応ができない。床が見えない状態だからなぁ。そして、食べ物がある。これが、猛烈に、問題だ。

これ、じつは……。このあいだだめになったのは、たぶんだけど、液体せっけんなんだよ。固体石鹸は、じつは、ネズミをおびきよせる。石鹸を使っていなかったのだけど、ちょっと頭を洗うとき、液体石鹸を使いたくなって、使ってしまった。

ネズミの糞があった前日に、液体石鹸を使っている。

トイレに流した汁のにおいがやばい。そして、液体石鹸(液体ソープ)を含んだせっけんのにおいがやばい。きちがい親父が、ネズミを入れるまえは、もちろん、ずっと、そんなことではこなかった。何度も侵入されると、そういうにおいですら、サインになる。

これ、ほんとうに、死んでしまいたくなるようなことだ。きつい。あれだけ注意していたのに、そんなことで、侵入されてしまうとは……。

ともかく、この部屋にいる。この部屋にいる。URを借りるか、中古マンションを買う。これ、中古住宅は、無理だろう。

金銭的に無理だ。300万円のちがいがある。

*     *     * 

喉がかわいた。この部屋にやつがいると思うと、眠れない。

まえは、なんか、対処しようという気持ちがあったけど、これ、もう、ダニのこととか、もう、限界なんだよ。 

これ、むかしとちがって、ほんとうに、いまは限界だから……。この部屋におかまがある。この部屋に食べ物がある。粉の入った袋、……たとえば、きな粉が入った袋などは、袋が食いちぎられて、きな粉が、散乱することになる。

この部屋で料理をするしかない。ほんとうに、きちがい親父がやったことが、どこまでもどこまでも、ぼくに影響をあえる。

きちがい兄貴がやったことが、ぼくに、影響をあたえる。

もう、ネズミのことがなくても、きちがい兄貴がやったことで、限界なんだよ。 

まるまるたい。まるまるたい。

いま、捨てられる食品は捨てる用意をしているけど、やばい。だいたい、ほんとうに、フルーチェのようなものは、もっていくのかどうかわからない。

これ、液体を可燃ごみにいれてはいけないんだよ。液体は、パイプのほうに流さないとだめなんだよ。たとえば、白滝なんか、気になる。

これ、水は抜かないとだめみたいなんだよな。けど、白滝の水は、パイプに流すと、ネズミが寄ってきそうな感じがする。

これ、いま、ひそんでいるから、気配がなく、いないような感じになっているけど、こういう場合は、たいてい、いる。これが、わからないんだよ。

そして、ネズミシートは、ほとんどまったくというほど、役に立たない。まるまるたい。まるまるたい。 まるまるたい。まるまるたい。 うーー。腹がいたい。なぜか、咳も出る。

まるまるたい。いやーー。まるまるするのであれば、もちろん、ネズミのことなんて関係がない。そして、たとえばの話だけど、大半のカネを、住居購入のために使ったとしても、問題はない。だって、そうだろ。
 
*     *     *

キッチンハイターは、食べ物を購入した店にもあった。この店にパイプユニユニッシュ系のものがあったら、買ったんだけど、なかった。家に帰ってきた時点で、パイプユニッシュをトイレに流しておけば、こなかったような気がする。

なんか、ついさっき、あいつが入ってきた感じがする。新しく入ってきた感じがする。今日、入ってきた感じがする。けど、それは、わからないのだけど……。わからない。

けど、これ……。ともかく、親父が意地を張って、魚の切り身を、出しておくなんてことをしなければ……。

これ、ほんとう、ものすごく、くさいんだよ。二か月ぐらいしてから……親父が毎日、23時間ぐらい魚の切り身をテーブルの上に置くようになってから2か月ぐらいして、ネズミがガンガン入ってくるようになった。

それまで、五十数年間、ネズミなんて、一匹も入ってこなかった。 

まるまるたい。まるまるたい。俺は、もう限界。限界。これ、なんか、腹がへってきたけど、どうやって飯を食っていいのかわからない。腹が限界。全部がむずかしいんだよ。

むずかしい。

引っ越すと言ったって、これ、どうするんだよ。

まだ、用意ができていない。最短でも、何日もネズミと一緒住むことになる。まるまるたい。もう、いやなんだよ。

けど、ネズミが入ってくる前は、長期ヘビメタ騒音のことを考えていたのである。やっぱり、まるまるたい。まるまるたい。わかい時間はかえってこないわけだから……。

これ、けっきょく、俺が死ぬまで、続くわけじゃないか。長期ヘビメタ騒音のことが、俺が死ぬまでずっと続く。

俺の内臓が悪くなって死ぬときに、ヘビメタ騒音のことが気にならないかというと、気になる。このあいだから考えていたのだけど、どのみち、人間は……。

長期騒音のことがでかすぎる。これ、ほかの人は、理解してくれないのである。みんな「そんなの関係がない」とか「影響ない」とかと言う。

これがきついんだよ。ヘビメタ騒音は、兄貴が鳴らしたものなのだけど、兄貴の態度がゆるせない。みんな、誤解をしている。

ともかく、いまは、ネズミに、入られたことがショック。もう、これ、何回やっているのかわからない。じゃあ、平気かと言うと、平気じゃない。ぜんぜん、平気じゃない。 

*     *     * 

歯医者でも片づけをするときも、まるまるたいという気持ちになる。長期騒音がでかい。歯医者は、歯が虫歯になるということに対する対処だ。

この、対処するときの気持ちが、並じゃない。

長期ヘビメタ騒音で並じゃない。

長期ヘビメタ騒音で、どれだけひどい状態で暮らしてきたか、ほかの人はぜんぜんわかっていない。長期ヘビメタ騒音で、どれだけひどい気持ちで暮らしてきたか、ほかの人はぜんぜんわかっていない。

つねに、ピンチだった。

どんな小さなことでも、そのピンチが復活してしまう。気分が並じゃない。

破滅的な気分になる。

どんな気持ちで、ぼくが、入学試験を受けに行ったか、ほかの人はわからない。 

*     *     *

 神様が、一瞬で、助けてくれないかなぁ。一瞬で問題を解決してくれ。もう、限界だ。自分で、きちがいヘビメタ騒音に対処しているとき、どういう気持ちになると思っているんだ。

*     *     *

学生時代ずっと、家で勉強ができないということがどういうことなのか、ぜんぜんわかっていないやつが、「関係がない」「影響はない」と言う。

あるに決まって、いるだろ。

きちがい兄貴が、無視して、けっして、認めなかったことだ。「関係がない」「影響はない」と言うやつらもおなじだ。影響があるということを認めない。

関係があるということを認めない。

鳴っている時間だけではなくて、鳴り終わったあとも、影響を受けるにきまっている。それがわからないのは、ぼくと同程度の騒音生活をしたことがないから、わからないのだ。

ぼく自身とぼくと同程度の騒音生活をしたことがる人なら、絶対に、「関係がない」「影響はない」と言わない。

きちがい兄貴は、でかい音で鳴らしているということを無視した。認めなかった。きちがい親父が、酒粕のついた魚がくさいので、部屋中がくさくなったということを認めないのとおなじだ。

きちがい兄貴が認めなかったのは、音のでかさだけじゃない。これ、きちがい兄貴は、きちがいだから、ほんとうに、「小さな音で鳴らしているつもり」なのである。兄貴の友達が「こんな音で鳴らしていたら、家族の人がかわいそうだ」と言うような音で鳴らしているのに、認めなかった。

俺が言っただけではなくて、兄貴の友達が兄貴に言った。兄貴の友達が「うちじゃ、こんなでかい音で鳴らせない」と言った。

兄貴の友達が「こんな音で鳴らしたことはない」と言った。そういう音で鳴らしていたのである。兄貴の友達も、ヘビメタが大好きな人なのである。ヘビメタが大好きな人だってそう感じるような音で鳴らしていたのである。

ところが、きちがい兄貴は、「こんなのは、フォークギターの音とおなじだ」と思っていた。ぜんぜんちがう。

きちがい兄貴が、きちがい兄貴の耳が悪くなるような爆音で聴きたかったから、「こんなのは、フォークギターの音とおなじだ」と思い込んだだけだ。

親父が「くさくないよぉ!」「くさくないよぉ!」「くさくないよぉ!」と言ったのとおなじなのだ。こいつら、無意識的なレベルで感覚器を書き換えてしまう。だから、意識的な「自分」は、わかっていない自分なのである。ほんとうに、自分の都合がいいように、現実を書き換えてしまうのである。意識では、親父は、くさくないつもりだし、意識では、兄貴は、うるさくない音で鳴らしているつもりなのである。きちがい兄貴が、「この音で鳴らしたい」と思っている限り、すべての時間、「この音」で鳴らすんだよ。鳴らしたい音で鳴らすんだよ。これ、0・0001デシベルでもゆずってやったら、爆音で鳴らしているのに、ゆずってやったという気持ちになる。本人がゆずってやったと思ったら、どんなけちくさい譲歩でも、ゆずってやったことになってしまう。ゆずってやったと思ったら、その爆音で……ゆずってやった爆音で、どれだけ長い時間鳴らしても、問題がないと思ってしまうのである。あるいは、「問題がない」と考えることさえできない状態になってしまうのである。ほんとうに、ゆずってやったつもりだし、自分はでかい音で鳴らしているつもりがないのである。こういう特殊な脳みそを搭載しているんだ。こんな人がそんなにいるわけがないだろ。そして、きちがい親父もこういう特殊な脳みそを搭載していた。これ、きちがい親父にやられたことを、「今度は自分の番だ」と思って、ヘビメタ騒音でやっているんだよ。親父が、どれだけ、きちがい的な理由で怒り狂っていたということが、よその人にはわからない。よその人だけではなくて、じつは、親父がわかっていない。親父は、常に、きちがい的な理由で、行状していたのだけど、その親父が、自分のやっていることを、その通りには認識していないのである。これが、こまるんだよ。兄貴も、自分がやっていることを、その通りには認識していないのである。これが、こまるんだよ。よその人はよその人で、自分が「やられたことがない」から、わからない。どれだけ、腹が立つかわからない。これ、自分が実際に「やられたら」一発でわかることなんだよ。けど、自分は、そういう特殊な構造をもっている人と、一緒に暮らしたことがないので、そういう特殊な構造をもっている人が、発狂的な意地で「こっちがこまる行為」をしたばあい、どういう気持ちになるか、まったくわからない……のだよ。普通の人は、きちがい家族と一緒に過ごしているわけではない。だから、きちがい家族が、発狂的な意地で迷惑行為をしているときの状態と言うのがわからない。あれ、迷惑行為をしているつもりが一切合切ないんだぞ。「ゆずってやった」「ゆずってやった」と言ってやりきる。ところが、やりきったことになっていないのである。ゆずってやらなかったのに、ゆずってやらなかったということが、ほんとうにまったくわかっていない状態なのである。この特殊な脳みそ……。きちがい親父は、子どもが小さい子、子どもと一緒にいれば、一緒にいる時間、すべての時間(わけのわからない)きちがい的な理由で腹を立てていたのである。しかも、ずっとやっていたのに、そんなことは一切合切やっていないという意識なのだ。やっているときからそうなんだよ。やっているときからそうなの……。全身全霊の力を込めて、きちがい的な意地でやるんだよ。発狂してやるわけ。けど、やったことになってないんだよ。一回もやったことになっていない。それとおなじことが、蛇メタ騒音でも成り立っているわけ。きちがい兄貴のヘビメタ騒音は、きちがい親父のきちがい的な発狂とおなじなんだよ。つねに、きちがい的な理由で、腹を立てて、こっちせめる。こっちが、言い返せば、怒り狂って、ぶったのである。しかも、ぶったことは、へんな状態で反省する?のだけど、ぶつまでに、自分がやったことは、当然、一切合切反省しないのである。自分が、普通の人なら、絶対に怒らないようなことで、怒り狂って、子どもに全力でぶちあたっている……ということを認めないのである。そりゃ、きちがい的な理由で、おこられたら、腹が立つだろ。きちがい的な理由で、おこられたほうが、傷つくんだよ。けど、きちがい親父は、やっているときは、「そんなのはあたりまえだ」という態度でやるわけ。やりきるんだよ。それで、一切合切、気にしない。本人のなかでは、「理由がないことで」「子供にぶちあたっている」なんて気持ちはないのだ。理由がないことで、子どもにケチをつけて逆上しているつもりなんてないのである。ところが、5分間、子どもと一緒にいたら、5分間、子どもにケチをつけて逆上している状態になってしまうのである。しかも、逆上していないつもりだ。矛盾した表現になるけど、感情的には、子どものほうが、ほんとう悪いと思っているのである。逆上逆上の連続なのだけど、それ自体について、まったく悪いと思っていないのだ。これが、どれだけ、度外れな状態か?ほかの人たちは、わかっていない。ほかの人たちは、「そんなに本気でおこっているなら、こどもがわからない理由があるのではないか」と思ってしまうのである。これ、俺、幼稚園のとき、言われたんだよ。それ以降も、よその人の解釈だとお父さんがおこるのは、おこるだけの理由があるという解釈なんだよ。「理由がないのにおこる親なんていない」と言ったやつもいる。これが、常識的な人たちの解釈なんだよ。もう、そこからずれている。きちがい兄貴も、きちがい親父にやられて、不愉快な思いをしてきたわけ。それで、体がでかくなって、親父を押さえつけられるようになってからは、今度は自分の番だと、自分がやりたいことをやり始めたわけ。で、自分がやりたいことは、絶対にゆずらないのである。きちがい親父が、きちがい的な理由で怒り狂っていたとき、全力で怒り狂っていたんだよ。でっ、怒り狂うことに、問題があると(きちがい親父は)思っていなかった。これだって、ほかの人にはわからないことだろ。常識的な人がこの文を読んで、どういう解釈をするか、想像がつく。常識的な人には、このこと自体がわからない。全力で、発狂して、ゆずらずに、全部の時間やっているのに、本人が「まったくやったつもりがない」なんて、そんなのはおかしい。おかしいのだけど、そうなんだよ。兄貴のヘビメタもおなじなんだよ。

兄貴の場合、ヘビメタを思いっきり鳴らしていた時間が、一日のなかで、長いんだよ。そして、兄貴の場合、ヘビメタを思いっきり鳴らしていた期間が、人生のなかで、長いんだよ。一日のなかでも、影響を受ける。ほんとうは、勉強をやりたいのに、やれない状態で、ヘビメタ騒音に耐えている時間が、長かった。これが、ほんとうにきついのである。ネズミが出てから、興奮して眠れずに、朝の8時になってしまったけど、こんな状態になってしまうのである。ヘビメタ騒音を鳴らされたあとは、こういう状態になって、眠れないのである。「鳴り終わったら関係がない」と言ったやつを、ほんとうに、ぶんなぐってやりたいな。

*     *     *

もう、ぼくはつかれた。けど、眠れない。この部屋に、あれがいると思うと、眠れない。まあ、けっきょく、眠っちゃうんだけどね。けど、睡眠相は、くずれまくるなぁ。もう、いろいろと限界。片づけも、ネズミ対処も、引っ越しも、やりたくない。どへぇーーーっとくる。もう、ヘビメタ騒音がはじまった、小学六年生のときから、ずっと、くるしいままだ。みんな、誤解、している。これ、ほんとうに、ここで書いてきたけど、みんな、好き勝手なことを言う。妄想的なことを言う。そんなこと、あるはずがないだろ。ほんとうに、きちがいヘビメタが鳴っているところで、勉強なんてできない。勉強しようとすると、「負の学習」をしてしまうことになる。これは、学業成績にマイナスの影響をあたえる。ヘビメタ騒音のなかで、勉強しようとするだけで、マイナスの学習をしてしまうんだよ。学習内容に、ヘビメタ騒音がこびりついて、思い出したくないものになってしまう。そして、ほんとうに、考えることができないのである。頭がこんがらがる。「やめろ、やめろ」と兄貴の部屋に言って、言ったのに、けっきょく、きちがい兄貴が、きちがい親父モードで鳴らしきる。ヘビメタが終わるころには、へとへと。ネズミが出て興奮して、こまっている、いまみたいな状態になってしまうのである。不安が、こみ上げてくる。怒りがこみあげてくる。不安は、そりゃ、宿題ができていないのだから、不安な気持ちになるだろう。このままでは、高校入試に失敗するような感じがして、不安になるだろう。そりゃ、そうなんだよ。そして、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も鳴らされていたので、体が、金縛りにあったように動かなくなってしまうのである。そして、なんとか動いたとしても、だるだるで、勉強ができるような状態ではないのである。頭が、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も続いたヘビメタ騒音で、ぼろぼろなの……。眠れな時間をすごすことになる。ボロボロにつかれはてているのに、眠れない時間をすごすことになる。眠れない時間をすごすことになると、実際に睡眠時間が削られるので、次の日に影響が出る。そんなことが、土日、休日祭日を含めて、毎日続いていいわけがないだろ。普通の人なら、1年で限界をむかえて、学校を休むようになる(はずだ)。けど、おれは、4重生命線があるような人間だから、たえてしまった。それが問題なのである。たえたけど、影響はでかい。小学六年生の半年、中学三年間の三年間、高校三年間の三年間、学校に通ったけど……。通ったからこそ、そのあと、通学も通勤もできない体になってしまったのである。影響はでかい。これがどういうことだと思っているんだ。ぜんぜん、ちがうのである。普通の人が思っているようなことではないのである。ヘビメタ騒音の連続は普通の人が思っているようなことではないのである。 

 

2026年9月17日木曜日

●空想世界で、集合的な一括思考をしてしまう■騒音※2026/09/17 21:14

『「キーワード」と「人間」に関する抽象化』 にも書いたけど、ほんとうに、わかっていないのである。

毎日、ボロボロにされているやつが「楽しい楽しい」と言えば楽しくなるなんて、本気で言えるとは思えないね。

ともかく、きちがい兄貴がやったことが、度外れなんだよ。異常なことなんだよ。普通の家では起こりえないことなんだよ。

だから、普通の人は経験していない。

だから、実際に、そういう騒音が鳴る日常が、どういう日常なのか、まったくわかっていない。

けど、みんな言うんだよ……。

「俺だって苦労した」「わたしだって苦労した」とね。

そのときは、意識はしていないけど、同質化、同量化、同レベル化している。空想世界で「人間」を考えたときとおなじだ。「自分は、ものをあげたとき、しあわせになった」……。

「だから、人間は、ものをあげるとしあわせになる」と思ってしまう。条件がちがう人のことは考えない。

こっちが、「おカネがなくてプレゼントをかえない人だっている」と言えば「おカネなんてかけなくても、心のこもったプレゼントをすればいいのだ」ということを(その人たちは)言うだろう。

そして、ネットやオールドメディアに、おカネがない人が、心のこもったプレゼントをして、ラブラブでハッピーエンドになった話があれば……「おカネなんて関係がない」「心がこもったプレゼントならいいのだ」と確信してしまう。

……そうやって、「おカネがない条件」について考えしまう。

……けど、「おカネがない人」と表現される人のあいだにも、格差がある。

条件の差がある。ありありなんだよ。

「おカネがない」ということについても、ステレオタイプの集合的な一括思考をしてしまう。

空想世界で、集合的な一括思考をしてしまう。

そうすると、個別の条件が無視されてしまうのだ。

おカネがない……と、ひとくちに表現されている人にだって、ものすごい差があるんだよ。

だいたい、きちがい家族の騒音に悩まされているという条件は、出てこない。

きちがい家族の騒音に悩まされ続けて、七年たったとき、バイトをするにしても、きちがい家族の騒音に悩まされずに、七年たった人とは、ちがう条件でバイトをしなければならなくなるんだよ。

バイトだって、限られてくるんだよ。ヘビメタ騒音が七年間鳴っていたいうことで、学歴がなければ、できるバイトだってちがってくる。

たとえば、Aさんは、おカネはないけど、七年間、家族のきちがい騒音にたたられ続ける生活をしていなかったとする。Bさんは、おカネがなく、七年間、家族のきちがい騒音にたたられ続ける生活をしていたとする。

その場合、「おカネがない」という条件は、AさんもBさんもおなじだということになる。

けど、実質的な内容はちがうのである。「おカネがないなら、バイトをして、カネを稼げばいい」と言う人がいたとする。しかし、人によって、条件がちがう。

心のこもったプレゼントだって、あげる本人が、心のこもったプレゼントだと思っていたって、もらったほうが、心のこもったプレゼントをもらったと思うかどうかはわからない。

「プレゼントをあげれば、しあわせになる」と考えているときは、あげたあと、いい反応が返ってくることを期待している。

けど、個々の場面ではちがったことが起こる可能性がある。

あげるほうは「心のこもったプレンと」だと思っていても、もらったほうが、いやな気持ちになる場合だってある。いやな気持ちになったということが、もらったほうの態度に出て、あげるほうが、もらった人の態度を認識した場合は、あげた人は「しあわせな気分」になるわけではない。

現実の出来事というのは、さまざまな条件のなかで、特定の誰か(C)が、特定の誰か(D)にプレゼントあげるということになるのだから、当然、特定の誰か(C)と、特定の誰か(D)の関係は、重要な意味をもつ。

けど、こういう部分も、「プレゼント」という抽象化があり、「あげる」という抽象化があり、「もらう」という抽象化があると、無視されてしまうのである。

それまでの、あげるほうともらうほうの関係を無視してしまう。

現実的なことを考えるなら、現実的な個人が、現実的な個人に、プレゼントをあげるわけだから、それまでの関係というのは、重要な意味をもつ。

……どうして……「プレゼントあげると、しあわせになる」「プレゼントをもらうと、しあわせになる」と(そういうことを言いたくなる人が)考えているときは、そういう個別性を無視してしまうのか?

空想世界で、切り捨てられた、個別性が、現実世界では、猛威を振るうのである。

どうしてかというと、個々人が、現実をつくりだしているからである。

たとえば、CさんとDさんの場合は、CさんとDさんがCさんとDさんの現実をつくっているのである。

個別の関係性を無視して、「プレゼントあげると、しあわせになる」「プレゼントをもらうと、しあわせになる」と考えるときは、両方ともしあわせになるのだから、よい行為でしかないということになる。

ところが、現実の場面では、ちがうことが起こる可能性がある。

個々人の抱える、個々の条件というものを、無視して、考えるから、現実的な人間が抱える、トラブルが目に入らないのである。

はっきり言えば、プレゼントをもらったことで、不幸になることだってあるんだよ。

プレゼントをあげたことで、不幸な気持ちになることだってあるんだよ。

けど、「プレゼントあげると、しあわせになる」「プレゼントをもらうと、しあわせになる」と決めつけてしまう。あるいは、「プレゼントあげると、しあわせな気持ちになる」「プレゼントをもらうと、しあわせな気持ちになる」と決めつけてしまう。

ある人がいたとする。Eさんだとする。Eさんは、ある場面で、ある相手から、プレゼントをもらったとき、不愉快な気持ちになたっことがあるとする。

Fさんがいたとする。Fさんは「プレゼントをもらえば、しあわせになる」ということを信じていたとする。Eさんが、Fさんに「プレゼントをもらっても、しあわせになるとは限らない」ということを言ったとする。そうすると、Fさんは、自分が信じていることを否定されたので、不愉快になる可能性がある。不愉快になる確率は非常に高い。

空想世界の思考実験をするのであれば、『毎日をプレゼントデーにすれば、すべての人が、毎日、しあわせになるはず』なのである。

ところが、実際には、そうならない。そりゃ、うまくいく人もいるけど、うまくいかない人もいる。

そうすると、相手の条件を無視して、「うまくいかない人は、ネガティブなことを考えたからうまくいかないのだ」という決めつけをするのである。Fさんのような人は、そういう決めつけをする。

あるいは、相手の条件を無視して、「うまくいかない人は、ネガティブなことを考えたからうまくいかないのだ」という決めつけをするのである。Fさんのような人は、そういう決めつけをする可能性がある。

相手の条件を無視して、勝手なことを言う可能性がある。。相手の条件を無視して、勝手な決めつけをする可能性がある。

そして、「プレゼントあげると、しあわせになる」「プレゼントをもらうと、しあわせになる」というのは、正しい……と言い切る可能性がある。

「実際に、自分は、プレゼントをあげたとき、しあわせな気持ちになった」「実際に、自分は、プレゼントをあげたとき、しあわせな気持ちになった」「実際に、そうなったのだから、正しい」と言って、相手が言うことを、認めないということが、発生する可能性がある。

自分の場合、そうなったということと、人間の場合そうなるということは、ちがうんだよ。

人によって条件がちがうからだ。おなじ人間でも場面がちがえば、条件がちがうので、いつもおなじことが成り立つとは限らない。 

*     *     * 

こんなのは、他人を対象とした自己責任論とおなじだ。

条件が悪いから、ひどい目にあった人にむかって、「そんなのは、おまえの自己責任なんだよ」と言う人になってしまうわけ。

よく吟味して、相手の自己責任なのかどうかを考えるのではなくて、最初から、「相手の自己責任だ」と言うことが決まっているのである。こんなの、ない。 

●けっきょく、家族由来のことが、ぼくの人生を破壊した■騒音※2026/09/17 19:45

どうやって、希望をもてばいいのだ?

どーーすんだ、俺?

ずっと、我慢して、たえてきたけど、これは、もう、限界だ。体がきつい。

そうだなぁ。8年ぐらい前から、ひどくなった。きちがい親父がネズミを入れてから、ひどくなった。もう、それからは、きついこと、不衛生なことの、連続なのである。

もう、つかれたなぁ。ほんとう、つかれた。そして、そのまえに……ヘビメタ騒音で、人間関係が崩れている。

これも、でかい。

けっきょく、家族由来のことが、ぼくの人生を破壊した。

ぼくの今現在における意識というのは、家族によって破壊されたあとの意識だ。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。