2026年8月8日土曜日

●「そんなものじゃない」■騒音※2026/08/08 18:39

二回目の洗濯をしたあと、ご飯を食べた。二回目の洗濯をしたとき、相当につかれていたので、ご飯を食べたあと、横になったら、眠ってしまった。眠るつもりはなかったのだけど、眠ってしまったようだ。さっき、起きた。あーー。入眠時間が、ボロボロだ。相当に、ずれた。長期ヘビメタ騒音の「超・不健康な日々」が睡眠回路と起きているときの気分を完全に破壊してしまった。これは、おなじことをされたら、だれにでも起こることなのだけど、ぼく以外の人は、おなじことをされていないので、おなじことをされたら、おなじことが起こるということが、わからない。ぼく以外の人には、わからない。だいたい、入眠時間のことについて言えば、入眠時間の問題だと思うだろう。けど、起きたあとが問題なのだ。起きたあとも、問題なのだ。この問題の深刻さがわからない。わからない人ばかりだ。だから、エイリの気が緩んでいるとか、エイリがあまえたことを言っているということを言うわけ。その人たちはその人たちで、「眠い日」がある。「朝起きたときにつらいと思う」ことがある。あるのだけど、それは、普通の生活の範囲のなかで起こることなのだ。きちがいヘビメタ騒音が毎日ガンガンかなっている状態というのは、普通の生活の範囲内のことではないのだ。ヘビメタ騒音が毎日(あの音のでかさで・長時間鳴っている)ということは……鳴っているということ自体が、普通の生活の範囲を超えることなのだ。これがわかっていないのだ。そりゃ、だれだって、「眠たい日」はある。だから、エイリのヘビメタ騒音生活中やヘビメタ騒音生活後にしょうじた睡眠障害も、そんなものなのだろうと、思ってしまう。そして、思ったということについて、まるで悪いとは思わないのだ。だって、正しいと思っているからな。自分の判断は正しいと思っている。自分の考え方は正しいと思っている。どうやって、エイリに悪いと思うのだ。どうやって、反省するのだ。どうやって、自分の考え方は間違っていたと思うことができるのだ。ちがい家族によってももたらされる騒音について、わかっていないと、こういうところでも、ぼくの実感、あるいは僕の現実と、相手の考え方のあいだにズレがしょうじる。ぼくの立場で言えば、「そんなものじゃない」のだ。そんなものじゃない。

2026年8月7日金曜日

●よそのうちでは、一分間だって鳴らせないような音だ■騒音※2026/08/07 0:12

まあ、どれだけ、わかいころの体にもどりたいと思っても、もどれるわけではないね。

時間は、かえってこない。

けっきょく、ヘビメタ騒音にやられて、ほんとうに、普通の人にはわからないレベルの、苦痛を感じた。ヘビメタ騒音にやられて、ほんとうに、普通の人にはわからないレベルの、やるせなさを感じた。

これ、ほんとうに、しかたがないことなんだよな。

きちがい兄貴が、普通の兄貴だったら、普通に静かにしてくれるのに、きちがいだから、絶対の意地で普通の兄貴が鳴らさないような音で、ガンガン鳴らしていた。

でっ、一秒もゆずってくれなかった。一日に、一秒もゆずってくれなかった。

全部の時間を、自分が使うつもりで鳴らした。

きちがい兄貴は、きちがい親父のように、「相手が自分の行為でこまっているということが」ほんとうにわからない人間なのだ。

まったく、脳みそに入ってこない。そもそも、そういうことに対応した脳みそがない。だから、頑固にやりきる。頑固にやりきるけど、それで、相手が、こまっているということが、まったくわからないので、相手がこまるような行為を自分がやっているという意識が、まったくしょうじない。

普通なら、「うるさいからやめてくれ」「宿題ができないからやめてくれ」「遅刻するようになるかやめてくれ」「夜眠れなくなって、朝、適切な時間に起きることができなくなるからやめてくれ」と言われれば、理屈だけはわかる。

自分が、どれだけ(でかい音で鳴らしたくても)理屈だけはわかる。

ところが、だれもがわかるその理屈が、きちがい兄貴は、わからないのだ。すり抜けてわからない。何十万回言われてもわからない。一日に、何十回、言われたってわからない。

言われたときに、腹を立てて、(相手が言っていることを理解する前に)はねのければ、それで、終わっていることなのである。

相手が言っていることを「意識のレベルで理解する前」にはねのけている。けど、ほんとうに、理解していないのかというと、そうではないのだ。意識との……結びつきがないだけなのだ。

ほんとうは、理解したら、しずかにしてやらなければならなくなるから、理解しないという状態だ。ほんとうのことを理解したら、ほんとうに普通のレベルで、ちゃんと静かにしてやらなければならなくなる。

それが、絶対にいやなのだ。きちがい親父が、やっていることとおなじなのである。たとえば、はんだごて事件のとき、普通の親なら、絶対に理解できることを、理解しなかった。大の大人なら、知的な障害がなければ、絶対に理解できることなのである。ところが、理解しない。理解してしまうと、新しいハンダゴテを(兄貴のために)買ってやらなければならなくなるからだ。それが絶対に嫌なのである。だから、新しいハンダゴテを(兄貴のために)買ってやらなければならなくなるようなことは、理解する前にはねのけて、わからない状態をつくってしまうのである。無意識のレベルでは、相手が言っていることがわかっているから、そういう反応になる。無意識のレベルでは、もし、自分が相手の言っていることを認めてしまったら、新しいハンダゴテを(兄貴のために)買ってやらなければならなくなるということが、「わかっている」ので、逆に、意識のレベルでは、相手が言っていることを(真っ向から認めないで)きちがい的な自分の意見を絶叫して、相手の言い分をはねのけるということをするのである。親父の場合、竹事件でも同じことをしたんだよ。ただ、はんだごて事件と、竹事件だとちがうところがある。絶叫したか、絶叫しないかの違いだ。緘黙方式のときも、頭のなかで起こっているとはおなじなのである。でっ、きちがい兄貴も、ほんとうは、自分が鳴らしている音が「でかい音だ」ということがわかっているからこそ、「でかい音だ」ということを認めることを事前に削除してしまったのである。無意識的には「でかい音で鳴らしている」ということがわかり、「相手がこまっていること」もわかるのだけど、それを意識レベルで認めてしまうと、実際に、自分が(不愉快に感じるレベルで)我慢しなければならなくなることがわかっているので、無意識的にはねのけて、意識には入り込まないようにしているのである。意識には、入り込まないようにしたのである。この過程が、無意識のレベルでおこなわれることなのである。だから、意識的な自分……意識的な兄貴本人は、まったく、悪いことをしているつもりがないのである。相手……ここれでは、弟のエイリが、どれだけこまっているからやめてくれと言っても、弟のエイリがこまっているという部分が、(意識のなかで)すっぽ抜けることになる。だから、すっぽ抜けたことに関しては、一切合切、自分が関知していない状態になってしまうのである。自分の行動だし、自分の行動について、言われたということがわかるのだけど、それを理解しているのは、無意識のレベルの兄貴なのだ。だから、意識のレベルでは、自分の行動だし、自分の行動について、言われたということ……自体が……丸ごとすっぽ抜けことになる。だれだって、絶対にわかることなのに、認めないのである。普通は、耳が正常なら、本人の耳が悪くなるようなでかい音で鳴らせば、でかい音で鳴らしているということが、感覚的にわかる。否定することができないレベルでわかる。ところが、本人にとって都合よく、わからないことになってしまう。だから、まるで気にしないで、ずっとやってしまうのである。何十回、その日に「やめくれ」「こまるからやめてくれ」「宿題をやるからやめてくれ」「次の日、起きれなくなるからやめてくれ」「明日は、中間テストだからやめてくれ」と言われたって、そんなのは、素通りなのである。まったく理解しない。ぜんぜん理解しない。自分がやっている感じがしないので、自分に関係があることだと、どうしても、思えない。きちがい兄貴が、でかい音で鳴らしたいから、でかい音で鳴らしているのだけど、なにを言われても、それがわからない状態になってしまうのである。こういう状態でやれば、相手がいやがっていることをやっているわけではないという(意識のまま)相手がいやがっていることを(相手が何を言ってきても、認めずに、)頑固にやりきることができる。きちがい兄貴にとって、高校生活と、浪人時代生活と、大学生活と、社会人生活はそういう、生活なのである。だから、何度も言うけど、悪気がないのである。そして、きちがい兄貴は、きちがい親父とおなじ頭をもっているので、「ゆずる」ということに関しては、おなじことをするのである。これ、詳しく書いたことがあるので、今回は省略するけど、「ゆずる」ということも、きちがい的な感覚で譲ることになるのである。ほんとうは、まったくゆずってないのに「ゆずってやった」と思える脳みそなんだよ。こんなことを、無意識的に?やる。ようするに、ほんとうだったら、意地悪としてやるようなことを、ほんとうに、ゆずるつもりでやるんだよ。たとえば、兄貴にとっては、〇・〇〇〇〇一デシベルだろうと、ゆずってやったら、ゆずったことになるんだよ。〇・〇〇〇〇一デシベルの譲歩なんて意味がないんだよ。〇・〇〇〇〇一デシベルゆずった音でも、ものすごくでかい音だから、ゆずってもらった意味が(こっちには)ないわけ。けど、きちがい兄貴本人が、〇・〇〇〇〇一デシベルでも、しずかにしてやったら、それは、ものすごくゆずってやったことになるんだよ。こういう態度になるんだよ。自分が満足できる音で鳴らすということは、きちがい兄貴のなかで決まっていることなので、自分が満足できる音で鳴らすということを、維持したまま、ゆずるわけ。そんなの、ゆずったことにならないのだけど、きちがい兄貴にしてみれば「ゆずってやった!!!!ゆずってやった!!!!ゆずってやった!!!!ゆずってやった!!!!」ということになる。これは、きちがい親父のハンダゴテとおなじなんだよ。きちがい親父がもってきたハンダゴテというのが使えないハンダゴテなんだけど、ハンダゴテを持ってきてやったのだから、いいということになってしまうのである。そのはんだごてを持って行けばいいということになってしまうのである。親父としては、新しいハンダゴテを買ってやるカネを出すことが、意地でもいやなんだよ。この部分に親父の行動は、対応している行動なんだよ。兄貴の行動というのも「自分が満足できる音でずっと鳴らしきる」ということが、まず最初にあって、その部分に対応した行動をすることになる。そうすると、〇・〇〇〇〇一デシベルゆずってやるということになる。〇・〇〇〇〇一デシベルゆずってやっても、自分が満足できるでかい音で鳴らす……という部分がくずれない。この部分が無傷なままなのだ。自分のほんとうの欲求は、どんな汚い手を使っても、満たそうとするのだ。それが、無恣意的な過程でおこなわれることなんだよ。だから、「せっかくゆずってやったのになんだ!!」と言って、元の音にもどしてしまう。けど、ゆずってやった音も、元の音も、きちがい兄貴の耳をヘビメタ難聴の耳にするぐらいのでかさの音で鳴っているわけ。ものすごく、でかい音で鳴っているんだよ。

一秒間だろうが、ほんとうに静かにしてやることは、ないのである。一秒間だろうが、ほんとうに静かにしてやったら、負けだと思っている」というような感じで、きちがい的な意地を張って、しずかにしないのである。けど、それが、無視行的なレベルでおこっていることだから、意識のレベルでは、そんなことをしているつもりがまったくないわけ。ほんとうにゆずってやった気分になっているんだよ。きちがい兄貴がゆずってやったと音というのは、よそのうちでは、一分間だって鳴らせないような音だ。 

2026年8月6日木曜日

●実際に経験している人と、実際に経験していない人の差はでかい■騒音※2026/08/06 17:28

 なんか、ぎりぎりのことろで、生きている感じがする。そして、けっきょく、歳をとる。さきのばしにしても、根本的な解決にはならない。

そして、ヘビメタ騒音の結果、人間関係が切れてしまったので、だれに話せるわけでもないのだ。まあ、ヘビメタ騒音に関する、ほかの人の理解というのは、いたいほど、わかっている。

いたい。いたい。

だれも、けっきょくは、わかってくれなかったんだよな。

ごく少数の人が理解を示してくれたけど、それだって、時間がたてばかわるかもしれない。ほんとうに、ヘビメタ騒音の問題はでかいけど、ほかの人には、でかさがわからない。

自分で、一倍速で経験したわけではないからだ。

そうなると、ぼくが、「勝手に」ヘビメタ騒音の問題にこだわっているように思えるのだ。

実際に経験している人と、実際に経験していない人の差はでかい。

この感覚の差は、うめられない。長期間にわたって、ぼくがヘビメタ騒音のことについて言えば、最初は理解を示していた人だって、だんだん、いやになってくるだろう。

けど、じゃあ、ぼくにとってヘビメタ騒音の問題が、無視できるレベルの問題かというと、そうではないのだ。「今現在」も、なまなましい問題なのである。

そして、時間の経過では、ふさがらない傷を負った。時間がたてば治ると思っている人たちばかりなのだけど、時間の経過が、傷口をひろげることだってあるのだ。

まるでわからないと思うけど。

ぼくにとって、ヘビメタ騒音の問題というのは、終わった問題じゃない。ヘビメタ騒音の効力がなくなったわけではないのだ。

ヘビメタ騒音の「影響」がなくなったわけではないのだ。

そりゃ、きちがいヘビメタ騒音で、勉強することがまったくできない中学生生活、高校生生活をおくれば、職業選択に影響を与える。ほかの人の評価に影響を与える。

そりゃ、きちがいヘビメタ騒音で、睡眠回路を破壊されれば、職業選択に影響を与える。ほかの人間関係に影響を与える。

今現在の問題なのである。 

●ほんとうは、こころが張り裂けそうなのだ■騒音※2026/08/06 17:12

ひとつずつ、片づけていなければならないのだけど、作業員さんのことを考えると、風呂の修理もできない状態で、こまっている。

まあ、すっぽりタイプのバススリッパをはいてもらえば、いいのだけど、それだと、動きにくいんだよな。

そして、すっぽりタイプのバススリッパをぬいで、外行靴をはくときの動作が面倒くさいのだ。

あそこの玄関だと、うまく、すっぽりタイプのバススリッパをぬぐというのが、玄関のところだと、うまくいかない。

ズボンのすそのところが気になるのだ。作業員の人がはいているズボンのすそが気になるということだ。

これ、最初は、気にしていなかったのだけど、あるネズミ対策業者がきたときに、気になることを言われた。

居間と西の間には、床シートを引いたけど、玄関のまわりの床材は、そのままだし、風呂場のまえのエリアも、上からシートを引きなおしたわけではないのだ。

だから、すその問題がある。

基本、ぼくは、普通のスリッパを使って移動しているので、たぶん、そんなに気にしなくても、だいじょうぶなんじゃないかなとも、思う。

けど、「もしも」のことがあるかもしれないので、気にはなる。

たぶん、今のレベルなら、すその問題も、そんなに気にしなくていいような感じがある。けど、わからない。

いちおう、何回も二酸化塩素スプレーをかけてふいたから、だいじょうぶだとは思うけど、だいじょうぶだという確信はない。

けど、ちょっと修理をしないと、冬はこまるという箇所がある。そして、まあ、マンションなら買えるのだけど、家は買えない。マンションは、ちょっと問題がある。

あとは、ヘビメタ騒音の問題が、やはり、起きたときから、気になる。俺の人生は、ほんとうに、ヘビメタ騒音でズタボロだ」という感覚があり、起きた時間がいつでも、「鳴っている感じ」がする。「鳴ってたなぁ」と思う。

だからヘビメタ騒音のつかれと、ヘビメタ騒音の雰囲気なかで、個別対応しなければならなくなるわけで、気分が重い。重い。重い。

*     *     * 

ほんとうは、こころが張り裂けそうなのだ。ちょっとのことでも、こころが張り裂けそうな気持になる。いろいろなことを、さきのばしにしているわけだけど、きつい。

なにをするにしても、ヘビメタ騒音の雰囲気のなかでやることになる。外にできるときもそうなのだ。外を歩ているときもそうなのだ。

だから、市役所に行くにしろ、歯医者に行くにしろ、不動産屋に行くにしろ、スーパーに行くにしろ、くるしい。

起きてから、ヘビメタ騒音のことを考えないときがない。あれは、ほんとうに精神を破壊する音だった。兄が、まったく気にしないで、ガンガン鳴らしていた。

これ、ほんとうに、「ほかのうち」ではありえないことなのである。

ようするに、ほかの人は経験していないことなのである。

だから、実際に一倍速で、自分のきらいな音が、ずっとずっと、続く毎日がどういうものなのか、わからない。わかっていないのだ。 

*     *     *

バススリッパのことなどを書くと、「エイリは、神経質だ」「エイリは気にしすぎだ」と思う人がいるだろう。

その人たちのうち、何人かは「エイリが気にしすぎだから、たいしてでかくない音を、でかい音だと言い張っているのかもしれない」と思うかもしれない。

けど、きちがい兄貴が、ヘビメタ難聴になるほどでかい音で鳴らしていたのである。ぼくの部屋に入ったことがある友達は、「ひどい騒音だ」と思ったのである。

横のうちの人も、「言ってやろうと思っていた」と言っている。実際に、親父には言ったのである。親父が、きちがいセンスではねのけたのである。

北側の人は、道路のことで、親父には文句を言いたくなかったのかもしれない。ともかく、でかい幼稚園がないような場所だったら、一日目に問題になるような音で鳴らしていたのである。

きちがい兄貴は、マンションに引っ越してから、きちがいヘビメタを鳴らしていないのである。足かけ一五年間、鳴らしたから、もう飽きたというところもあるのかもしれないけど、マンションでは鳴らせない音で、(うちでは)鳴らしていたのである。

そして、兄貴の頭の構造と、親父の頭の構造がおなじなので、きちがい親父のやり方で、きちがい兄貴が「否定」していたのである。でかいとで鳴らしているということを、感覚的に否定していた。

これは、きちがいだからできることなんだよ。

そのことが、よその人にはわからないのである。

だから、よその人が、俺にひどいことを言うようになる。間違った前提で間違った判断をして、俺にひどいことを言うようになるのだ。

よその人が常識的な考え方で、考えたことがちがうのである。

2026年8月4日火曜日

●それも、憂鬱の一因になっている■騒音※2026/08/04 13:52

時間通り、歯医者に行けそうだけど、憂鬱。憂鬱。だるい。腹がしくしくする。めんどうだな。これで、歯医者を治療がおわれば、すっきり爽快というわけではなく、帰ってきたあとも、だるいまんまだと思う。

しかたがない。ヘビメタ騒音で、憂鬱になった。ヘビメタ騒音で人生、ボロボロだ。俺は、最大限の努力をしたけど、けっきょく、それも、憂鬱の一因になっている。

ヘビメタ騒音がない世界に行きたい。ヘビメタ騒音がなかった人生を歩みたい。

ヘビメタ騒音がなかった人生……。

ヘビメタ騒音がなければ、普通に勉強することができて、普通に眠ることができた。親父は問題だけど、ヘビメタ騒音がない状態で進学して就職すれば、『親父重力圏』から抜け出すことができた。

まあ、俺が小さなころ……きちがい親父がやったことというのは、ゆるせないけどね。

ともかく、きちがいヘビメタ騒音生活が問題なんだよ。きちがいヘビメタ騒音生活の積み重ねが問題なんだよ。普通の人には、きちがい兄貴がいないので、普通に生活することができた。

だから、健康な体と、健康な精神を維持できる。きちがいヘビメタを、毎日やられて、それで、健康な体が維持できるわけがない。

どうしたって、だるくなる。

きちがいヘビメタを毎日やられて、それで、健康な精神を維持できるわけがない。どれだけ無視したって、どれだけ影響を受けないように努力したって、影響を受ける。

やられていない人は、影響がないから、影響を無視できるだけ。実際にやられたことがないので……影響を受けていない。影響を受けていないから、(話として聞いた)影響を無視できるだけ。

「できると言えばできる」なんてことはないのだ。「無理だというから無理なんだ」……。ちがうね。ヘビメタ騒音で、勉強することができなくなった。

ヘビメタ騒音が鳴っていないのに「勉強することができない」と言って勉強することができなくなったわけではない。「元気だ元気だと言えば元気になる」……。

ちがうね。

ヘビメタ騒音が鳴っているから、不健康になるのである。

ヘビメタ騒音が毎日毎日ずっと鳴っていたから、元気じゃない状態になったのである。

ヘビメタ騒音が鳴っていないのに、「不健康になる」と突然言って、「不健康になる」と言ったから、不健康になったわけじゃない。

状態がある。

状況がある。

環境がある。条件がある。ヘビメタ騒音という条件が、ぼくの体を破壊した。ぼくの「体の機能」を破壊した。ヘビメタ騒音のストレスでいろいろなところが悪くなった。

自分がきらいな音に、(ぼくとおなじ程度、さらされなかった人が)きらいな音が、爆音で、長時間鳴っているということの影響を無視して、言っているだけ。

*     *     *

ただ歯医者に行くだけなのに、こんな状態になってたらダメだよなぁ。腹がしくしくする。体がだるい。

ヘビメタ騒音プラスの日常生活というのは、残業をしているサラリーマンの一〇〇倍ぐらいくるしい生活なのだ。

ヘビメタ騒音プラスの日常生活で、そのくらい、追い込まれる。

毎日ずっと、何年間も何年間も続いたら、そりゃ、影響を受ける。

不可避的な影響を受ける。

不可逆的な影響をける。

しかたがない。

それは、体のしくみによっ引き起こされることなのである。

言葉で書き換えれば、その通りになるというものではない。でたらめを言っているのは、言霊主義者のほうなのに、社会では、言霊主義者がでかい顔をしている。

こっちが間違ったことを言っているような感じになる。

これも、ストレスだ。

ともかく、一定時間、一定日数をこえると、不可逆的な影響を体に及ぼすようになる。

「騒音」が、不可逆的な影響を体に及ぼすようになる。

たまたま、きちがい的な兄がいなかった人が、『自分なら平気だ』と思って、好き勝手なことを言ってくる。

「あまえだ」「いいわけだ」「ネガティブだからダメなんだ」と言ってくる。

ただ単に、俺とおなじレベルの騒音生活をしなかっただけなのに、えらそうに言ってくる。

そりゃ、きちがい家族が、毎日、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も騒音攻撃をしてくれば、ネガティブにもなる。

憂鬱にもなる。

体がだるくなる。

頻尿になる。

忘れ物が多くなる。

遅刻しがちになる。

宿題をやっていけない状態になる。なる。なる。なる。

 

こいつらは、たまたま、きちがい家族がいなかったから、きちがい家族がもたらす、常識外の騒音にさらされることがなかっただけなのだ。

こいつらが経験した騒音というのは、常識内の騒音だ。ぜんぜんちがう。

ところが、こいつらは「自分だって騒音ぐらいあった」と言って、同量化、同質化してしまう。

ぜんぜんちがうのに、わかっていない。

*     *     *

ヘビメタ騒音で、つらい状態になってしまう。ヘビメタ騒音の後遺症で、つらい状態になってしまう。

基本、つらい状態で暮らしている。

だれに言っても、しかたがない。

天使のような女性があらわれても、たぶん、救われない。

けっきょく、くるしい状態のまま生きていくしかないのか。

ヘビメタ騒音で日常生活がつらくなるプロセスというのがある。ヘビメタ騒音で日常の時間がつらくなるプロセスというのがある。

どれだけ、やっても、つらかったな。

どれだけい改善しようとしても、つらかった。

つらい状態がつみかさなっていくだけだ。

つらい時間がつみかさなっていくだけだ。

つらい時間がつみかさなると、つらい状態になる。

改善しようとしても、けっきょく、きちがい兄貴が、きちがい的な感覚で、よそのうちでは鳴らせないようなでかい音で、きちがい的な騒音を鳴らしている状態がかわらない。

騒音のほうの状態がかわらないと、こっちがどれだけ改善しようとしても、だめだったのだ。

改善しようとしてもがけばもがくほど、きちがいヘビメタにやられる度合いが強くなる。

改善しようとしても努力すれば努力するほど、ストレスが強くなってしまうのである。圧力が高くなってしまうのである。疲労の度合いが、強くなってしまうのである。

じゃあ、改善しようと努力しなければよいのかというと、そうではないのだ。改善しようと努力しなくても、きちがい兄貴のヘビメタ騒音ストレスが、マックスなのだ。上限を超えている。

上限を超えているところで、こっちが、どれだけ努力をしても、上限を超えているわけだから、徒労に終わるのである。

こういうことを、自分の体で理解していないやつが、クソを言ってくる。妄想的なクソ発言をしやがる。 

「実際に、きちがい家族にやられていない人たち」が、ストレス、圧力、疲労の度合いを無視して、無理なことを言ってくるようになるのである。

●健康管理ができなくなる■社会※2026/08/04 11:29

なんとか、起きた。ちょっとだけ眠った。これで、どうにかなるだろう。

けど、体がだるい。腹の調子もよくない。

これで、だるいから横になろうと思って、横になったら、眠ってしまうかもしれない。

今度は、眠ってしまうかもしれないことを、心配することになるとは……。予定の時間に行かなければないからなぁ……。キャンセルは、やばい。『ドタキャン』になる。

ヘビメタ騒音が鳴っているあいだ、くるしかった。ヘビメタ騒音が鳴り終わったあとも、くるしかった。

ヘビメタ騒音で体内リズムが崩れていく。

ヘビメタ騒音で睡眠リズムが崩壊する。

「くるしい心配」がどうしても、しょうじる。しかたがないことだ。

実際にヘビメタ騒音……きちがい家族による常識外れの騒音を経験したことがない人が「そんなのは、関係がない」と言う。いやーー。関係、あるんだよ。

そして、ヘビメタ騒音でだるければ、それは、俺の自己責任だということになる。(どれだけ騒音が鳴っていたって)(どれだけきちがい的な家族が、きちがい的な騒音を鳴らしていたって)……そんなのは、健康管理(体調管理)ができないエイリが悪いということになる。

「そんなのは、健康管理(体調管理)ができないエイリがたるんでいるんだ」ということになる。

こういうことを言うやつらが、「当たり前のことを言った」と思っている。いやーー。現実を無視した、無慈悲な発言だよ。

俺は……あくまでも、俺は……この発言をきちがい発言だと思うよ。こんなことを言って、自分は社会人として立派だと思っている。こんなことを言って自分は人間として立派だと思っている。

こいつだって、きちがいヘビメタ騒音ではなくて、こいつの一番きらいな音楽が鳴っていれば、そうなる。横の部屋にいる家族が、常識的な人が考えられないような感覚で、鳴らしていれば、健康管理ができなくなる。

ところが、こいつは、きちがい相手でも、自分が相手を説得できると思っているのだ。こいつらのほうが、あまいんだよ。こいつらが、現状を理解していないのである。

こいつらが、きちがい兄貴の性格ときちがい兄貴の感覚を理解していないだけなのである。そして、こいつらのまわりには、きちがい兄貴のような感覚で、きちがい的な音をずっと鳴らし続ける人がいないから、実際に被害を受けていないだけなのである。

実際に被害を受けていないから「健康管理ができるつもりでいるだけ」なのである。「ほかの人を説得して、しずかにさせることができると思っているだけ」なのである。

日本の騒音に関する法律は、異常。条例でしかない。そして、ぼくは、未成年だった。訴える家族が、当時4年間は、未成年なのである。

そして、実際に、訴えるとなると、きちがい親父がかかわってしまうのである。きちがい親父がかかわって、うまくいった話なんてないんだよ。

これも、よその人は「やってみないとわからない」と言う。

「お父さんに言ってみないとわからない」という意味だ。

さんざん、言ったよ。きちがい親父が、きちがい的な反応をして終わりだったよ。何回やっても、きちがい的な反応が返ってきただけだった。

親父からきちがい的な反応がかえってきただけだった。

こういうことを言うやつが、うちの親父の感覚とうちの兄貴の感覚を理解していないだけなのである。

*     *     *

書くべきではないと思ったけど……。ズレている話だと思うかもしれないけど……。自分がドタキャンをして、相手がおこったとする。

この場合、相手がおこるのは、相手の問題だと切り分けることができるのだ。自我の基準なんて、そんなものだ。

かりに、自分がドタキャンをしたときは、相手の問題だと思う人がいたとする。この人をAさんだとする。

そして、Aさんが管理する立場だったとき、Bさんがドタキャンをしたとする。Aさんは、Bさんがドタキャンをしたのは、Bさんの問題だと思うことができるのだ。

そして、Bさんに腹を立てることができる。ドタキャンをしたBさんが問題だと思うことができるのだ。Aさんの怒りは、Aさんにとってあたりまえの怒りなのである。

ようするに、自分がドタキャンをした場合は、相手がおこるのは相手の問題だと切り分けて、相手がドタキャンをした場合は、自分がおこるのは当然だと思う人も、いる。

「相手の問題だ」と問題を切り分ければそれでいいということには、ならないのである。「ドタキャンをしてはいけない」というのは、自分のなかの基準なのである。

『の』の重複をさけずに書けば、「自分のなか」の「基準のひとつ」なのだ。

そういう基準が複数、集まって「自我を構成している」のである。基準の束が、自我なのである。

*     *     * 

どれだけ、お兄さんのヘビメタ騒音が鳴ってたって、健康管理はできると思っている人のレベルは、お兄さんのヘビメタ騒音が鳴ってたって、「できると言えばできる」と思っている人のレベルとおなじだ。

まわりがどんな状態であろうが、自分の意思で、健康管理ができる」と思っている人のことを、「健康管理マン」と呼ぶことにする。

「健康管理マン」と「言霊主義者」の思考のレベルはおなじなのである。

こいつらが、他人の状態を無視して、無理なことを言っているのである。ところが、「エイリがあまえたことを言っている」ということになってしまう。きちがい家族にやられると、そうなる。

きちがい家族のことなんて、こいつらは理解していない。きちがい家族の行動なんてこいつらは、まったく理解していない。実際に、きちがい家族がまわりにいないからだ。こいつらには、きちがい兄貴に相当するような人物がいないのだ。

だから、きちがい家族が鳴らす騒音の問題からは、最初から、解放されている。最初から、まわりにいるきちがい家族の問題がないのである。

だから、影響を受けないだけなのだ。最初から、きちがい家族がまわりにいないので、きちがい家族の影響を受けないだけなのだ。

ところが、「そんなのは関係がない」と思っている。

「関係がない」ということを前提に、エイリのこと(あるいは、エイリが言ってること)について考える。

こんなやつらばかりだったよ。

この世は、こんなやつらばかりだった。

きちがいヘビメタ騒音について話しても、こいつらがきちがいヘビメタ騒音の影響を無視して、「エイリがあまえている」「できないことなんてない」ということを言ってくる。

こいつらが、アホなだけ。こいつらが、相手の状況を理解していないだけ。

しかも、こいつらは、自分が正しいことを言ったと思っている。

こっちにしてみれば、腹立たしい存在だ。

ほんとうに、こういうやつ、ばかりだった。

*     *     *

歯医者に…………なんとか行けそうだけど、この、あまり時間というのが、いやだな。あまり時間というのは、待ち時間の最後のことね。なんとか、行ける状態か。まあ、治療中、俺は横になっているだけだから……。まあ、口をあけて横になるというのは、いやなんだけどね。

ヘタに余裕があるというのも、問題だ。まあ、あせっている状態よりは、いいか。 

 

●人が寝ているあいだ、ぼくが、くるしむことになる■騒音※2026/08/04 4:15 (表示用)

まだ、眠れない。入試前日のようになってしまった。長期ヘビメタ騒音のことを、だれも知らない。ほんとうのことを知っているのは、ぼくだけだ。

だって、聞いていないわけだし、体に影響があったわけでもない。これ、入試の前日のような状態だ。眠れない。

あーあ。こういう日が、何千日も、何万日も続いた。そりゃ、たいていのことが無理になる。きちがいヘビメタが鳴っていなければ、簡単にできたいろいろなことが、どうしても、どうしても、できなくなる。

人が寝ているあいだ、ぼくが、くるしむことになる。

きちがい兄貴は、無表情なまま、きちがいヘビメタを鳴らし続けた。そりゃ、今の時間……たとえば、午前四時一五分……きちがい兄貴は、眠っている。あの当時、ずっと鳴らしておいて、眠ってしまう。

俺は、きちがいヘビメタの影響で、くるしみながら起きているのである。こんなの、ない。こういうことの連続だった。そりゃ、日中うまくいかなくなるだろう。

この気分。この無駄な時間。この不安な時間。きちがいは、高いびきだ。原因をつくったきちがい兄貴は、思いっきり鳴らしたので、ストレスなく眠れる。こっちは、やられ続けて、真剣が爆発していて眠れない。

けど、よその人たちは「そんなのは関係がない」と言う。入試前日なら、試験のことが気になって眠れなかったのだろうと思うわけだ。実際、試験のことは気になった。けど、それは、ちがうんだよ。

ヘビメタ騒音で眠れないし起きれないから、試験のことが気になるのである。もし、入学試験日の三年前から、ずっときちがい兄貴が鳴らさずに、俺が普通に暮らしていたなら、そういうことにはならなかった。

きちがい兄貴が……当のきちがい兄貴が……張本人のきちがい兄貴が……まったく気にしないで、ぐっすり眠っているとき、俺は、きちがい兄貴の愚行によって、起きているのである。起こされているのである。

そして、それをだれも、理解してくれないのである。

みんな本当に、不可避的にそうなるということを認めない。何時間も騒音を浴びていたら、鳴り終わったあとも、影響が出るのに、それがわからない。

そして、「うるさかったんだろ」「そんなのはわかっている」と言う。そういうレベルの理解だ。経験がないから、ほんとうは、どういうことになるのか、まったくわかっていないのである。

*     *     *

一〇〇年後にはみんな死んでいる……。だから、気にすることはない……。このように言う人たちがいる。たしかに、一〇〇年後にはみんな死んでいると思う。

しかし、それじゃ、すまないのだ。小六、中学一年生、中学二年生、中学三年生、高校一年生、高校二年生、高校三年生、毎日やられて、毎日、俺が午前四時五〇分あたりまで起きていた。 これがどういうことなのかわかっていない。

「眠れないと、あせる気持ち」がどういうものなのかわかっていない。

きちがいヘビメタで不可避的にそうなってしまうのに、自己責任だと言われる時の悔しさがわかっていない。おまえらだって、きらいな音で、おなじことをされたら、眠れなくなる。

それがわかっていない。自分は、なにを爆音で聞かされても、眠れるつもりなのだ。経験がないからわかっていないだけだろ。

●ストレス源■家族※2026/08/04 1:06

親父・ネズミ・ダニ関係のストレスとヘビメタ騒音関係のストレスで腹がいたい。まったく、眠れない。どうしても、ヘビメタ騒音時代のことを思い出してしまう。

そして、ヘビメタ騒音に関する「他人の反応」も、ストレス源だ。「ヨソの人の反応」だ。

あーー。もう、いやだ。もう、いやだ。なんか、急に、サブの人のことが気になった。サブの人は、メインの人ときた、粗大ごみ処理業者の人だ。

ぼくが「バルサンを炊いた」と言ったから「ダニに刺されない」と思ってきたのだけど、実際には、ダニに刺された。サブの人が座布団5枚を抱えるようにもったとき、ぼくは、ちょっと「やばい」と思ったのだけど、「バルサンを炊いたから、だいじょうぶかな」とも、思った。

けど、だいじょうぶじゃなかったわけ。

これ、サブの人、腕の内側を相当にダニに刺されたはずだから、俺がうらまれているような感じがする。きちがい親父が、きちがい行為をすると、いつもいつも、こういうことになってしまうんだよな。

俺がやったことじゃない。

俺は、反対していた。「くさいから、粕漬ついた魚の切り身をずっと出しっぱなしにしてないでくれ」と(俺は親父に)言った。

親父が、そのあとも、粕漬ついた魚の切り身を出し続けたので、ネズミが入ってくるようになった。俺は親父に……「ネズミ対策工事をしよう」と言ったのだ。親父が「俺が捕まえるからいい」と言い張って、けっきょく、ネズミ対策工事が長い間できなかった。

これが、きいているのである。

俺は、ちゃんと言ったんだ。

これ、親父がわかっていないだけなのだ。

こういうことに関する親父の反応があまりにもへんだから、俺が、嘘を言っているように思われることがある。もう、こういうことの繰り返しだ。

ともかく、「あの人(サブの人)ダニに刺されただろうな」と思うと、やりきれない気分になるのだ。

まあ、もう、何年も前の話だから、完全に、なおっているとは思う。

けど、いつもいつも、親父のことで、こういうことになってしまう。

ネズミの糞処理ができないから、人を家に入れることに、気をつかうのである。

だから、風呂の工事ができないのである。

まあ、粗大ごみの人には入ってもらったけど、それだって、気をつかうことになる。

ネズミの糞があるということはストレス源だ。ストレス源をいっぱいつくってしまうきちがい親父はストレス源だ。

粗大ごみは、いっぱいあるから、まだ、親父の部屋と兄貴の部屋の粗大ごみは片づけていない。

親父の部屋にあった、タンスをひとつ、持って行ってもらったけど、まだ、別のタンスとベッドと本箱が残っている。

2026年8月3日月曜日

●一日が、つらいのである■騒音※2026/08/03 16:59

 「この感じじゃ、だめだろーーー」というのがある。この感じ、じゃあーー。ダメだ。ダメなもんはだめだ。ヘビメタ騒音でダメになった。ヘビメタ騒音の日々がくるしかった。

ヘビメタ騒音時代の一日なんて、どれだけつらいか、ほかの人にはわからない。

きちがい兄貴が、きちがい基準で、容赦なく、鳴らし続けた。

きちがい兄貴が、ほかの人が絶対にやらないようなことを、毎日毎日、足掛け15年間(正確には14年と6か月)にわたってやり続けた。

影響がないわけ、ないだろ。

ヘビメタ騒音時代の一日がどういうものか、わかっていないやつが、「そんなのは関係がない」「そんなのは、影響がない」「なんだ、そんなのぉ」と言う。

俺の話を聞いて、信じないやつだっている。そいつは、俺が妄想で騒音が鳴ってたと言っていると思っているのだ。

だから、俺の話を信じてくれた人に対して、「あいつ(エイリ)の正体がわからないのか」というようなことを言う。

これ、当時50代の女の人なんだけど、いろいろと誤解をして、不愉快なことを言ってくる人だった。「おまえが、妄想患者なんだよ」と言ってやりたかった。もっとも、俺の話を信じてくれた人から、聴いた話だから、時間的にずれている。その場に居合わせたわけじゃないからなぁ。

嘘だと思う根拠というのが……「そんなに鳴っていたなら、家族が注意しないはずがない」ということだ。「そんな音でずっと鳴らしているなんておかしい」「話がおかしい」「エイリが嘘を言っているに違いがない」と連想するわけだ。

だから、きちがい兄貴が、きちがい感覚で鳴らしてしまうと、そういうことが発生するようになる。兄貴は、知らんぷりだよ。

どれだけ、こういうことが、俺の身の上につもったか。

最初の話になるけど、一日が、つらいのである。

一日がつらい。どれだけ気にしないようにして頑張っていたって、いろいろと恥ずかしい思いをすることになる。

だいたい、学生なのに、家にいる間まったく勉強ができないなんて、つらすぎる。

2026年8月2日日曜日

●鳴り終わっても、頭が興奮して眠れない■騒音※2026/08/02 23:57

たとえば、午後一一時から眠るとしよう。ヘビメタ騒音は、じつは、午後一一時一一分まで鳴っていた。だから、当然、眠れない。

そして、平日を含めて、六時間四五分以上、きちがいヘビメタを至近距離で聞かされ続けるので、頭が興奮している。鳴り終わっても、頭が興奮して眠れない。交感神経が、ものすごく優位になっている時間だ。眠れるわけがない。

ところが、「過去は関係がない」とか「鳴り終わったら関係がない」とかと自信をもって言うやつらは、自分だったら、直前まで、自分がきらいな音を、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も、聞かされても、鳴り終わったら、すぐに眠れると思っているのだ。

自信がある。ただ、横の部屋に、きちがい兄貴のようなやつがいないから、自分がこの世で一番きらいな音を、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も聞かされることがなかっただけなのに、自分だったら、眠れると思ってしまう。

ただ単に、経験がないからわからないだけなのだ。ところが、こいつらは、自信をもって「過去は関係がない」とか「鳴り終わったら関係がない」とかと言ってしまう。

こいつらにとって、ぼくのヘビメタ騒音というのは、そういうものでしかないのだ。

「鳴り終わったら関係がない」という考え方が間違っているということを言ったって、こいつらはこいつらで、腹を立てて認めない。「過去は関係がない」という考え方は、間違っているということを言ったって、こいつらはこいつらで、腹を立てて認めない。

けど、これもむかし、書いたけど、こいつらは、ぼくの発言に腹を立てているのだ。ぼくの発言というのは、過去の発言なのだ。こいつら自身が、過去の出来事に反応している。

「過去は、関係がない」のだろ。だったら、自分が正しいと思っていることを、間違っていると言われても、それは、過去の出来事だから、関係がないということになる。

自分で、まっこうから、「過去は関係がない」という考え方を否定するような行動をしているぞ。

過去の出来事は関係があるから、「なんだとぉ」という気持ちになっておこっているわけだろ。

ちゃんと、過去の出来事に反応している。

過去の出来事は(現在の状態)に関係がある。

過去は関係がある。

*     *     * 

きちがい兄貴が、きちがい的な意地で、鳴らしながら、俺に対する影響を、頑固に否定していたんだよ。

これも、もちろん、きちがい兄貴には、まったくわからないことだ。ごく自然に、「なんともないこと」として、きちがい的なこだわりで、きちがい的なでかい音で鳴らしていた。

これ、ほんとうに、兄貴でなければ、でかい音で鳴らしているということが、わかるんだよ。耳が正常な人なら、だれでも、ほんとうは、わかることだ。兄貴だって、自分が鳴らしたい音でなければ、音がでかいということがわかるんだよ。

けど、でかい音で鳴らしたいから、ちがい親父のように、調子よく、耳が降じゅうでなければわかることがわからなくなる。意識してやっているわけではなくて、無意識的にやっている。ちょうど、焦点が、盲点になっているような感じだ。

だれだってわかることが、わからない。

どれだけ、強く言っても、そこだけは、飛び越えて、まったくわからない。こういう態度は、腹が立つ態度だ。やられたほうとしては、腹が立つ態度なのである。

けど、これも、きちがい兄貴は無視するし、よその人も、無視する。当然、 「過去は関係がない」とか「鳴り終わったら関係がない」とかと自信をもって言う人も、わかっていない。

わかるわけがない。兄貴の、こんな奇妙な機能が、わかるわけがないだ。一緒に住んでいない人には、こんなことは、わからない。

けど、きちがい兄貴と暮らしていると、実際に、横の部屋で(でかい音なのに)でかい音だと思わずに、どれだけこまるということを(こっちが)言っても、まるで気にしないで鳴らすわけだ。

腹が立たないわけがないだろ。実際に鳴っているあいだ、きちがい兄貴は、こういう態度で鳴らしているのだから、腹が立つんだよ。

●あんまり、いい感じがしない■騒音※2026/08/02 14:46

そりゃーー。無理だよなぁ。無理だ。打つ手なし……。打つ手なしだ……。このままいくしかないのか。このままだときついんだけど……。打つ手なしなんだよなぁ。

気分だけでも、なんとかならないか。

親父や兄貴がやったことが、でかすぎる。多すぎる。日常生活だからな。家族の影響を受ける。家族と一緒に住んでいたら、『家族の行動』の影響を受ける。

これが、度外れなんだよなぁ。家族の行動」が普通の家族の行動では、ないわけ。

つもる。

ヘビメタ騒音にやられて、学校に通っていた時、ヘビメタ騒音にやられた体で、ほかの人と付き合うことになる。

これが、おなじなんだよ。

学校の人が、世間の人に置き換わっただけだ。二五歳まで鳴ってたんだよな。まあ、まるまるアパートを二一歳の時に借りたわけだけど、二一歳のときには、すでに、一〇年間毎日、入試の前日も含めて鳴っていたわけだから、はっきり言って、手遅れだ。

そして、たとえば、二一歳から二五歳までの日々も、家に帰ってご飯を食べたり、風呂に入ったりしていたわけだから、どうしても、きちがいヘビメタ騒音にさらされてしまう時間がある。風呂に入っているあいだ、一五分だとする。一五分がなんなんだと思うかもしれないけど、自分の人生を破壊しつくした音が鳴っているわけだぞ。

鳴っていなければ、普通に、学生生活をして、大学に通っていたわけだ。それが、プラプラな状態だ。でっ、もう、二一歳のときには、今とおなじような体力状態だったわけだ。

いまよりも、ひどい体力状態だったわけだ。ぜんぜん、ちがうのである。先行する一〇年間が長すぎる。その間に、そりゃ、人生のあれやこれやが決まってしまう。学校を卒業したら、学校時代のことはまったく関係なくなる……。

そんなことはない。

過去を軽視するやつというのは、いったいなんなんだろうな。こいつらは、こいつらで、妄想的なことを考えている。他人に関しては、妄想的な前提で判断してしまう。

自分のことについては、こいつらだって、過去を軽視しないで、過去を重視して、考え行動している。自分で自分のことがまったくわかっていない鈍感なやつらがいる。こ

いつらは、こいつらで、話にならない。

きちがい兄貴やきちがい親父とはちがうけど、きちがい兄貴やきちがい親父がやったことが、ベースにある場合、こいつらの存在というのは、邪魔な存在でしかない。きちがい兄貴やきちがい親父の行為がベースにある。

きちがい兄貴やきちがい親父の行為が影響を与えてきた。

きちがい兄貴やきちがい親父の行為が「今現在」の状態をつくりだしている。

そりゃ、不可避的に影響を受けるんだよ。実際にやった行為だから、一緒の家に住んでいれば、影響を受けるんだよ。

壁一枚、向こうで、きちがい的な音で、きちがい的な音のでかさで、きちがい的な音楽を鳴らしているやつがいたら、こまるんだよ。

過去の出来事は、現在の状態に影響を与えるんだよ。ところが、ひとごとであれば「そんなのは関係がない」と言い切るやつらがている。こいつらだ。

じゃあ、こいつらが、どういう生活をしているのかというと、過去の出来事を重視した生活をしているのである。まるでわかっていないなぁ。

はっきり言ってしまうと、こいつらの思考レベルが低すぎるのである。こいつらの浅はかな考え方は、言いようがない。親父や兄貴よりはひどくないけど、レベルが低すぎる。「そんなのは関係がない」「過去は関係がない」と言ってしまうやつらの思考レベルが低すぎるのである。

そして、実際に、こういうやつらが、体験したことがないことを、毎日、家族にやられた人と、こいつらの、相性が悪いのである。傷つくのは……「こういうやつらが、体験したことがないことを、毎日、家族にやられた人」だ。

家族に(ほかの人がされないようなことを)された人のほうが、傷つくのである。こいつらとの付き合いにおいても、家族に(ほかの人がされないようなことを)された人のほうが傷つくのである。

こいつらは、傷つかない。

言いっぱなしだ。

断言して、おしまいだ。

あんまり、いい感じがしない。こんなやつらが、うようよいるのが、この世だ。あんまり、いい感じがしない。

*     *     *

「過去は関係がない」という言葉は、「すべては自己責任だ」という言葉と、おなじような機能をもっている。これ、条件が悪い人は、言われると、不愉快な気持ちになる言葉なんだよ。

けど、他人に、この言葉を投げかけるほうは、そんなことは、気にしない。一切合切気にしない。「なんだ、こんにゃろう」「過去は関係がない」「これが正しい」というような態度だ。

言い切る。

これを、他人に平気で言ってしまうやつら……。

過去は関係がないから、過去の出来事は、影響がないのである。

影響無効化の呪文なのだ。

もちろん、無効化なんてされない。「他人になにをされても、そんなのは、自己責任だ」という文と、「他人になにをされても、過去のことは一切合切関係がない」から、影響がない(影響がないので、他人の責任は関係がない)」という文は、おなじ機能をもっている。

「他人になにをされても、過去のことは一切合切関係がないから、影響がない」「影響がないので、他人の責任は関係がない」「他人の行為の結果は自分の現在に影響を与えない」ということになってしまう。

「自己責任だ」というのは、他人の行為に関係なく、他人の行為の結果に関係なく、自分のなかにおさめるべきだという考え方になる。

この他人の行為というのが、過去における他人の行為なのである。

「過去は関係がない」というのも、他人の行為に関係なく、他人の行為の結果に関係なく、自分のなかにおさめるべきだという考え方になる。

だって、過去は関係がないわけだからな。

●世間の人と、ぼくのあいだにズレがある■騒音※2026/08/02 11:30

なんとか、起きた。火曜日は、どうにかなるかな。行ければいいんだよ。行ければ……。

ところで、腹の調子は、重要だ。腹の調子が悪くなると、めちゃくちゃに、憂鬱になる。天の国に行きたくなる。

けど、くるしい状態で、行くのは、やばい。

それは、絶対に避けなければならない。

腹の調子が悪い状態で、とりあえず、眠れた。二時間ぐらい眠っているうちに、腹の調子が、なんとか、普通よりちょっと悪い状態ぐらいになった。そうしたら、精神的に楽になった。

二時間前のことが、嘘のようだ。

けど、そのあと、また、腹の調子が悪くなったので、あんまり、今はよくない。

たぶん、去年の内覧から、めちゃくちゃなことになっている。

あのときのゲロゲロ感がぬけない。おととしだったかな。これ、ちょっとよくわからない状態になっている。自分の日記を見ればわかるんだけどな。

起きたあと、やることがないのだ。ほんとうは、ある。引っ越しに備えて片づけなければならない。ところが、ダニにやられるので、やりたくないのである。それ以外のことも、「うへぇーーっ」という感じでやりたくない。

風邪をひいて、猛烈にだるいときに、なにかをしようとしても、なんか力が入らない状態になるだろう。その状態に近い。

やろうとしても、実際に動こうとすると、めちゃくちゃに、やる気がない状態になって、できない。まあ、いろいろと無理をして、やりたくないことを、やってきた「つけ」なんだろう。そういうことが、つみかさなりすぎた。

これ、けっきょく、ヘビメタ騒音でくるしいときに、なんとか、意地で動いてしまったことが原因だ。ヘビメタ騒音でくるしいときというのは、常に体力的に追い詰められている状態なんだ。

そこで、無理な行動をしてきたので、それが、たたっている。

無理な行動と書いたけど、ヘビメタ騒音がなければ、無理な行動じゃなくて、簡単にできる行動なのである。

でっ、ここら辺のことが、実際に経験がない人たちにはわからない。つまり、俺がヘビメタ騒音のことを言っても、ヘビメタ騒音の経験がない人たちには、わからない。

ここら辺のことがわからない。普通の人たちは、ヘビメタ騒音の経験がいな人たちなのだけど、ヘビメタ騒音の経験がない人たちは、ヘビメタ騒音の影響を、無視する。

こっちが説明しても、「そんなのは関係がない」「過去は現在に影響を与えない」と言って、無視する。

ところが、こいつらが、無視をしても、こっちの体には、しっかり残っている。影響が残っている。

だから、世間の人たちと、ぼくの体の状態(あるいは、体の状態に対するぼくの認識)との間に、ズレがしょうじる。

で、このズレで傷つくのは、ぼくだけなんだよ。

普通の人たちは、傷つかない。

「そんなのは関係がない」「過去は現在に影響を与えない」と自信をもって言える状態で暮らしている。

けど、こっちには、ヘビメタ騒音の経験があり、動けないときがある。

だいたい、「(ヘビメタ騒音が)睡眠回路を破壊した」とぼくが言ったって、睡眠回路が破壊されるまでのあいだ……ぼくが、ヘビメタ騒音で、毎日くるしんでいたということが、普通の人たちにはわからないのである。

そういう経験がないから、まったくわからないのである。

そりゃ、普通の人でも、『よく眠れない状態』はあるし、『朝、眠たい状態』はある。

けど、そんなのとは、ぜんぜんちがうんだよ。普通の生活をしている状態での『よく眠れない状態』や『朝、眠たい状態』とは、ぜんぜんちがうわけ。

けど、普通の人は『そんなものだ』と思って、頭がおかしいことを言ってくる。無理解ぶりを発揮したことを言ってくる。経験がないから、わかっていない。

経験がないから、ほんとうにわかっていない。

こいつらの頭のなかにある『よく眠れない状態』や『朝、眠たい状態』を参照して、『そんなものだ』と決めつけて、無理解ぶりを発揮した発言をする。

つねに、世間とのずれがある。

つねに、世間の人と、ぼくのあいだにズレがある。このズレが、大きいのである。きちがい兄貴が無視して、親父が無視して、世間の人たちが無視したけど、大きな大きなずれがある。

やられていない人たちは、やられていない人たちの基準でものを言う。

まったくわかっていないのだ。経験がないからわかっていない。

けど、自分の意見が正しいという自信はあるんだよ。間違いがあるけど、自信がある。

「そんなのは関係がない」という自分の意見は正しいと思って言っているわけ。

たぶん、一生のあいだ、かわらないんじゃないかな。

●俺は、普通に、暮らしたかった■騒音※2026/08/02 1:08

ほんとうに、きちがいヘビメタ騒音をずっとあびせられて、くるしかった。

当時事情を知っていたのは、ダイヤ君やヒロシ君やワタ君やセキ君だけだ。ほかの人には、ヘビメタ騒音のことを、言わなかった。

けど、例外的に、言ったこともある。

「どうして遅刻した」と言われたときだ。「どうして、宿題を忘れたのか」と言われたときだ。

宿題を忘れたわけじゃなくて、できなかった。

ほんとうに、きちがいヘビメタがガンガン鳴っていて、宿題ができなかった。小学六年生のときから、ずっとこんな調子で、いいわけがない。関係がないわけがないだろ。

こいつらは、みんな、「関係がない」と言う。

こいつらは、みんな、「そんなのへんだから、その話は嘘だ」と言う。言わない場合も、そう思って、かげで、俺の悪口を言いまくる。

「できるできると言えば、できる」と言う。「そんなのは、気にするからダメなんだ」と言う。「そんなのは、こだわるからダメなんだ」と言う。「できないなんて、言い訳だ」と言う。「お兄さんにしずかにしてと言えばいい」と言う。「家族で話し合えばいい」と言う。言う。言う。言う。

ところが、この人たちの常識を裏切るような、きちがい兄貴なんだよ。

ところが、この人たちの常識を裏切るような、きちがい親父なんだよ。

平日だってつらかったけど、休日はもっとつらかった。夏休み、冬休み、春休みは、もっとつらかった。

きちがい兄貴が、一日中、なにがなんだろうが、ぜったいにゆずらないで鳴らしてしまうからだ。休みの日は、例外なく、一日に一三(じゅうさん)時間以上、ずっと鳴っていた。

そして、きちがい兄貴が鳴らすとなると、自分(きちがい兄貴)が満足できる音で鳴らすわけ。

きちがい兄貴がゆずったつもりでも、かならず、自分(きちがい兄貴)の耳が悪くなるようなでかい音で鳴らすわけ。自分の耳が悪くなるようなでかい音で鳴らしているのに、「でかい音で鳴らしている」と言う気持ちが、一切合切ない。

きちがい兄貴が、きちがい親父モードで、自分の感覚器を書き換えて、鳴らしてしまった。これ、悪意がないのである。これ、悪気がないのである。こまるにきまっているだろ。それを、俺は、兄貴に、何万回も言ったぞ。十数万回、言ったぞ。

けど、きちがい兄貴が、きちがい感覚ではねのけて、ともかく、聞いて、意味を理解してしまったら、静かにするしかないようなことは、はねのけるのである。

事実を認めるまえに、はねのける。

「でかい音で鳴らしている」のだけど「でかい音で鳴らしている」ということを、「知覚する」まえに、はねのけてしまうのである。

だから、きちがい兄貴は本人は、「でかい音で鳴らしているつもりがないまま」……本人が満足できる「でかい音」で鳴らせるのである。

こんな日曜日があっていいわけがないだろ。

きちがいヘビメタがはじまってから一時間目と、一一時間目は、気持ちがちがうんだよ。疲労の状態もちがう。

ほんとうに、休日も、平日も、きちがいヘビメタで、こころも、からだも、ばらばらだったよ。

ものすごく、ストレスを感じたよ。ものすごい、怒りを感じたよ。あの音のなかで、我慢して生きている……。それだけで、勉強することができないけど、たいへんだった。

鳴っているあいだじゅう、憤慨・憤慨・憤慨・憤慨・憤慨・憤慨の連続だ。

椅子に座っているだけで、とてつもなく、くるしい。これが、関係がない……わけない……だろ。

「そんなの関係ない」と軽く言いやがる。

こんなのが、小学六年生以降、中学三年間、高校三年間と続いていいわけがない。俺は、普通に勉強をしたかった。

俺は、普通に、暮らしたかった。

2026年8月1日土曜日

●頑張って暮らすこと以外、どうすることもできなかった■騒音※2026/08/01 22:36

もう、ちょっとしたことでも、吐きそうな気持になるほど、めんどうくさい。めんどうくさい。ほんとうに、いろいろとあった。「世間の人」の反応というのは、ぼくにとって、いいものではなかったなぁ。

きちがい兄貴が、感情のない顔で、きちがい的な意地で鳴らしまくった。

これは、俺が悪いのではない。殺して阻止できなかったとしても、俺が悪いわけではない。殺してやめさせることができなかったとしても、俺のせいではない。

もう、ほんとうに、全部、いやだ。

「関係がない」「影響、ない」と言うやつらと、きちがい兄貴は、似ている。あれが、関係がないわけがないだろ。あれが、影響がないわけがないだろ。

ほんとうに、くるしかった。頑張って暮らすこと以外、どうすることもできなかった。俺は、兄貴にちゃんと言ったぞ。きちがい兄貴が、きちがいだっただけだ。常識で考えるな。ほんとうに頭にくる。

影響を否定するやつらなんて、いいやつらじゃない。ほんとう、ろくでもないことばかり言いやがって……。こいつらが、おなじ口で道徳について語るのだ。こんなのおかしい。こいつらが、おなじ口で「人に親切にしましょう」と言うのだ。こんなのは、おかしい。

頑張って暮らすと、ズタボロになるのである。ズタボロにされるのである。これがわかっていないやつらが、好き勝手なことを言う。こいつらはこいつらで「正しいことを言った」と思っている。こんなのは、おかしい。 

 

●あいつら、ほんとうに、やったつもりがないのだ■騒音※2026/08/01 13:48

 手袋というのがさぁ……。いやなんだよ。手袋をしたあと、時間がたつと、むれるわけ。あんま、いい感じがしないよね。

ああっ、手袋と言っても、通気性があるやつではなくて、完全遮断式のやつね。完全遮断式じゃないと、ダニを防御できない。ビニール手袋のようなものを想定した話だ。

二〇一九年ごろ、重装備でネズミの糞掃除をしたり、自分でできるネズミ対策工事をしていたので、いやな記憶がある。

「もう、つかれたよ」ということだ。

「もう、いやなんだよ」ということだ。

親父がきちがい行為をしなければこんなことになっていない。きちがい行為を、きちがい的な意地で、してしまう。

結果については、全部、俺に丸投げだ。

俺の人生は、こういう人生だった。

きちがい兄貴ときちがい親父にやられた。あいつら、責任なんてとらないんだよ。きちがい的な意地でやって、やりっぱなしだ。

責任について認めもしない。

やったつもりがないのだ。

きちがい親父は、やったつもりがないまま生きて、死んだ。

きちがい兄貴は、まだ生きている。あいつら、ほんとうに、やったつもりがないのだ。

●これ、ぜんぜんちがうんだよ■騒音※2026/08/01 4:44

相当にやばい気分になっている。たぶん、このまま、眠れない。まあ、数時間後に眠れると思うけど、火曜日の歯医者に行けるかどうか不安になる。

一気に(入眠時間が)ずれちゃうときがあるんだよなぁ。いい気分じゃない。

そして、右手の甲のシミが気になる。これ、ダニ刺されのあとなんだけど、ずっと消えない。これ、ダニに刺されたあとが、目に入ると、憂鬱になる。

親父のダニにやられてこうなったので、不愉快な気持ちになる。

そして、とっとと引っ越せばいいのだけど、引っ越す気力がない。引っ越しのことを考えると、猛烈に憂鬱な気持ちになる。そうなると、ダニに刺される期間がのびる。

いずれぼくは死んでしまうわけだけど、いい感じがまったくない。この世の、この雰囲気。長期騒音の雰囲気。親父ダニの雰囲気。親父ネズミの雰囲気。全部、いやだ。

闘病生活の末に死ぬのは、いやなんだよ。その日まで元気に暮らして、すっと、眠っているときに死にたい。

それにしても、ヘビメタ騒音がひどかった。あれで、睡眠回路が完全に壊れた。壊れるまでの生活が、くるしいのである。

そして、この生活のことが、ほかのやつらにはわからないのである。

俺がさぼっているようにしか、見えないのである。

これ、ぜんぜんちがうんだよ。

2026年7月31日金曜日

●影響を受けないように暮らすなんてことは無理なんだよ■騒音※2026/07/31 23:09

長期ヘビメタ騒音で、ほんとうに、人からいろいろと疑われたり、悪く思われたりすることが多かった。長期ヘビメタ騒音で……親戚とも、関係が切れている。もっとも、あっちは、長期ヘビメタ騒音が原因だと思っていないだろうけど。

思っていなかったのだけど、親父が、俺のことを……。親父が悪いやつで……ヘビメタ騒音のことを、かくして、俺が(その親戚の人たちをバカにしている)とか、俺が(その親戚の人たちをきらっている)とかということを、親戚の人たちに、吹き込んだのだ。

こんなの、やる人いると思う?

やる親がいると思う? 思わないよなぁ。

こういうこと、(親父は)しやがるんだよ。長期騒音だって、長男がでかい音で鳴らしていたのだから、親父は、注意すべき立場なんだよ。

ところが、そういうことも、まったくわかっていないやつなんだよ。

俺が(その親戚の人たちをバカにしている)とか、俺が(その親戚の人たちをきらっている)とかということを、親戚の人たちに言ったのは、自分がよく思われたいからなんだよ。

俺……自分の息子をさげて、自分がいい思いをしたいわけ。息子のことを悪く言うと、自分の総体的な評価があがると思っているわけ。

自分が(俺に比べて)いい人だと思われるというようなことを考えて、わざわざ、そういうことをするんだよ。

これ……。ヘビメタ騒音で大学を落ちまくっていたから、親戚とあわせる顔がなかったんだよ。 

親父が死んだときに、ネズミのことを話しているうちに、このこと……親父が俺のことを(親戚の人たちに)悪く言っていたということが、発覚した。

最初、ネズミのことを話したときも、親戚の人たちが「そんことは、ないだろう」「嘘言っているんじゃないか」と思ったわけ。それで、兄貴の嫁さんに電話をかけて、「ネズミの話は本当なのか」ということを、親戚の人たちが、訊いたわけ。

兄貴の嫁さんだって、ネズミのことを話したときは、俺が、嘘を言っているんじゃないかと思ったわけ。

「そんなことがあるわけがない」と思ったわけ。

ところが、そうなんだよ。

粗大ごみの人たちには、親父が認知症になって、こういうことになった(ネズミの糞が部屋中にころがっているような状態になった)ということを説明したわけだけど、ほんとうは、認知症になるまえから、こういう性格だったわけ。原因は認知症じゃないんだよ。原因は、性格なんだよ。

むかしっから、親父はそうなんだよ。

なまごみの袋を、俺が頼んでないのに、「物置においてやるおいてやる」と言って、聞かなかった。そうしたら、ネズミが、物置に、出入りするようになった。そういう、「前置き」があるわけ。

医者から、「魚の食べたほうがいい」と言われて、粕漬の魚を食べるようにしたのだけど、医者は、まさか、親父が、一日に二三(にじゅうさん)時間、テーブルの上に粕漬の魚を出しておくことにこだわるということは、想定していないわけ。

じつは、ネズミ事件の八年ぐらい前にも、モツ鍋事件があった。

これも、医者に「モツを食べたほうがいい」と言われたらしくて、 モツを食べることにしたのだけど、もうすでに、できあがっている状態のモツ鍋を、何時間も、煮詰める必要なんてないわけだよ。

チューブ系パックで、もう、あっためればいいだけのモツ鍋(セット)を買っているわけだから、何時間も煮込む必要なんないわけ。

しかも、モツ鍋を煮詰めるときは、かならず、レンジのまえから離れて、庭に出て、庭の手入れをしてしまう。雑草をとったりすることだ。だから、モツ鍋が頻繁に、灰になっていたわけ。

「もう、できあがったモツ鍋パックなのだから、煮込む必要はない」ということを、親父にどれだけ言っても、親父が聞かないで、煮込むことにこだわり続けて、煮込んだ。

そして、煮込むときは、頻繁に外に出てしまうので、モツ鍋が灰になった。肺にならなくても、もう、できあがっているモツ鍋を煮込み続けると、部屋中がくさくなるんだよ。

このときも、きちがい親父がこだわってこだわって、自分のやり方をかえない。このときも、「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」「くさないよぉ」と絶叫して、「くさい」という基本的なことを認めない。

この、くさくなっているいるのに、絶対に認めない態度というのは、兄貴の態度と似ているのだ。兄貴は、ヘビメタ騒音を、ものすごくでかい音で鳴らしていたのに、きちがい親父のように、ものすごくでかい音で鳴らしているという「基本的なこと」を認めない。

兄貴は、「でかくないよぉ」「でかくないよぉ」「でかくないよぉ」「でかくないよぉ」絶叫しなかったけど、おなじなのである。

頭のなかで起こっていることが、おなじなのである。

ごく基本的なことを、絶対の意地で認めないのだ。そして、やり通してしまう。これが、どれだけ、頭にくることか、よその人は、知らない。こんなの毎日、やられて、黙ってられるわけがないだろ。だから、言うわけだけど、きちがい頭で押し切って、毎日やりきるのである。

で、よその人は、この「きちがい頭で押し切って、毎日やりきる」ということが、わからないのである。そして、やりきっているなら、でかい音で鳴らしているという自覚があるのだろうと思ってしまう。

ネズミの話も、ヘビメタの話も「そんなのは、嘘だ」と思うやつが、一定数いる。こいつらに、俺が疑われて、どれだけ不愉快な思いをしたか、わからない。

こういうことが、日ごろの鬱感情や、日ごろのやる気に影響を与えるんだよ。

それなのに、よそのやつは「そんなのは、気にしなければいい」とか「(お父さんだって)ちゃんと言えば、わかってくれる」というようなことを言う。

これだって、ほんとうに、きちがい親父並みに、無理解ぶりを発揮した発言なんだぞ……。ほんとうは……。しくみがちがうけどね。しくみがちがうんだよ。

そして、こういう発言以外、こいつらは、俺に迷惑をかけているわけではないんだよ。こいつらは、経験がないからわかっていないだけなんだよ。

だから、兄貴や親父とは、しくみがちがう。よその人は、兄貴や親父のようなのう回路をもっていない。普通の人たちなのだ。

普通の人たちが、信じないようなことを、きちがい兄貴ときちがい親父が、きちがい的な意地でやりやがるのだ。

そうすると、自動的に俺が、疑われることになる。

そして、よその人たちは、やられていないから、やられたときの不愉快な感覚がわからないのである。

これ、やられてみればわかるんだよ。みんな、不愉快になるんだよ。ようするに、よその人はやられていないから、信じないだけで、もし、自分自身がおなじことをやられたら、不愉快になるということがわかるはずだ。

しくみはちがうけど、「関係がない」「たいしたことはない」「影響はない」と考えるのは、きちがい兄貴と、きちがい親父と、よその人でおなじなんだよ。 

よそのやつらはよそのやつらで、どれだけ、ヘビメタ騒音の影響を受けるか、まるでわかっていない。

こんなのどれだけ、影響を受けないようにしても、影響を受けるのだよ。

それが、よその人にはまったくわからないのだ。

だから、よその人も、親父や兄貴のように、ヘビメタ騒音の影響を無視する。無視するということになる。

影響……あるよ。どれだけ、気にしないようにして暮らしても、気になる。どれだけ、影響を受けないように頑張って暮らしても、影響を受けまくりなんだよ。

どうしてかというと、何時間も何時間も、至近距離で、激しい音が鳴っているからだ。よそのうちでは絶対に鳴っていないような激しい音が、至近距離で鳴っているからだ。よそのうちでは絶対に鳴っていないような激しい音が、至近距離で鳴っているから…… 影響を受ける。

これ、影響を受けないように暮らすなんてことは無理なんだよ。

ところが、言霊主義者は、言えば、ヘビメタ騒音の影響を受けないで暮らすことができると思っている。言霊主義者は、言えば、ヘビメタ騒音の問題が解決すると思っている。

いちおう、言っておくけど、よその人たちの理解度なんて、言霊主義者の理解度とおなじだ。

約一〇割の人が、ヘビメタ騒音の影響を無視するのである。「たいした問題じゃない」と考えるのである。

ところが、強烈に身体や精神に影響を与える問題なんだよ。

これ、も、ほんとう、に、腹が立つ。

●勝手な推論をして、「影響がない」と思っているだけ■騒音※2026/07/31 2:26

今度は、不安になって眠れない。なんか、すごくいい知らせが欲しいよなぁ。これ、不利すぎるだろ。あーあ。ほんとう、人によって、ぜんぜんちがうんだよなぁ。人並みの勉強環境、人並みの受験環境があればなぁ……。ほんとうに、くるしい人生だった。

ヘビメタ騒音が、関係、ないわけがない。ヘビメタ騒音が、影響、ないわけ、ない。ほんとう、ふざけるな。勉強環境だけではなくて、きちがいヘビメタ騒音で、普通の体力と普通の睡眠を、なくした。

きちがいヘビメタ騒音で、普通に行動できる力と、普通に行動できる精神を、なくした。ほんとうに、ぜんぜんちがうのである。

きちがい兄貴が、ほかのひとにはわからない、独特のセンスで、ほかの人にはわからないことをやったのである。当然、ほかの人は、自分が経験したことじゃないから、細かい影響がわからない。

わかるわけがない。

ほかの人は、経験がないからわからないだけなのだけど、「影響がない」と言い切ってしまう。「過去は関係がない」というのも、「影響がない」ということの別バージョンだ。

「過去のことだから、そんなのは、影響がない」ということになってしまうのだ。こいつらの、頭のなかでそうなる。こいつらの頭のなかは、妄想的な断定で満ち満ちている。

経験がないから、わからないだけ。経験がないから、勝手な推論をして、「影響がない」と思っているだけ。

どれだけ、ひどいことになるか、わかっていないやつらが、勝手なことを言っているだけだ。けど、こいつらは、実際にやられたわけではないから、ほんとうに、関係がないのだ。やられたら、わかる。

けど、やられなかった。

だから、わからない。きちがい兄貴のような家族がいない人間は、きちがい兄貴のような家族が(実際に)いないから、きちがい兄貴がもたらしたような騒音は経験したことがないのである。

しかし、騒音は経験したことがある。だから、自分が経験した騒音をもとにして、兄貴のヘビメタ騒音について考えてしまう。そういうことでしかないのである。

やられていないから、そういうことでしかない。

やられたことがないから、そういうことでしかない。

それなら、気楽だ。勝手に、気楽に、「影響」を否定できる。勝手に、気楽に、「関係」を否定できる。

けど、こいつらは、間違っている。影響がないわけがない。関係がないわけがない。こいつらがわかっていないだけだ。

そして、きちがい兄貴もわかっていないのだ。きちがい兄貴のわからなさは、異常だ。ほんとうに、異常なんだよな。脳みその作りが、普通の人とは、ちがうのである。脳みその作りが、親父とおなじなのである。

そして、約四割の人は、こういうことがわからない脳みそなのである。だから、俺が嘘を言っていると思ってしまう。

さらに、約六割の人は、「影響がある」ということがわからない脳みそを搭載しているのである。

自分のことじゃないから、わからない。どんなことになるか、体でわかっていないから、わからない。自分が経験した騒音の範囲で騒音と言うものを考えるから、実際に「やられたら」どういうことになるかわかっていない。

どういう生活になるかわかっていない。影響のでかさがわかっていない。あらゆることとの関係がわかっていない。

関係がないわけがないだろ。

2026年7月30日木曜日

●最初から、間違った推論をしている■言霊※2026/07/30 20:12

もう、ずっと、説明してきたことなので、簡単に説明する。「元気だ元気だ」と言って、元気になったような感じがしたとする。

その場合、言霊主義者は「言霊の力によって」元気になったと勘違いしてしまう。「元気だ元気だと言えば、元気になるので、言霊の力は絶対だ」というようなことを言ってしまう。

「元気だ元気だと言ったら、元気になった」とする。

しかし、言霊の力で元気になったということは、どこから出てくるのだ?

中立的な状態で「元気だ元気だ」と言うと、言葉の力によって、元気だと感じる場合があるということしか、意味していない。

言葉の力というのは、この場合、自己暗示の力だ。

これも、言葉と元気な感覚との間に、連合ができあがっていなければならないのだ。

そして、元気だと感じた場合、それをもたらしているのは、体なのだ。体のしくみを通して、元気だと感じているだけだ。

ようするに、体のしくみをこえることを言ったって、言霊の力で、そうなるわけではないので、そうならないのである。

そして、たとえば「元気だ元気だと言えば、元気になる」という文も一〇〇%構文の文なのだ。「すべての、元気だ元気だということにおいて、元気だ元気だと言えば、一〇〇%の確率で(かならず)元気になる」ということが、「元気だ元気だと言えば、元気になる」という文の意味になってしまうのである。

「元気だ元気だと言えば、元気になることだってある」ということは、「元気だ元気だと言えば、元気になる」という文で表現できることではないのである。

言霊主義者だって、大きな病気をしているときは、「元気だ元気だ」と言っても、元気にならない。

大きな病気ではなくても、ただの風邪だって、三九度の熱がでて、くるしいときは、「元気だ元気だ」と言っても、なかなか元気にならない。

熱が出るというのも、体のしくみでそうなっているのである。だから、これは、下げればいいというものではない。

しかし、たとえば、「三秒以内に、平熱にもどる」と言えば、もどるのかというと、もどらない(ことのほうが)多い。

最初から、間違っている。

問題なのは、「元気だ元気だと言えば、元気になるから、言霊はある」と思ってしまうことだ。

いやーー。

「元気だ元気だと言ったあと」「元気な感じがした」としても、それは、言霊があることの証明にはならないのである。

ところが、「元気だ元気だと言ったあと、元気な感じがしたから、言霊はある」と思ってしまう。「言霊があることを証明した」と思ってしまう。

こんなのはない。

最初から、理論的に間違っている。最初から、間違った推論をしている。

*     *     * 

「できると言えば、できる」と大の大人が言ってしまう。こんなのは、ひどい。 

●なによりも、なまなましい、現実だ■騒音※2026/07/30 16:14

何千日も、寝不足で、頑張っていた。そうするしかなかった。

それが、いまの状態に影響を与えている。

これは、ほかの人にとっては、どうでもいいことだけど、ぼくにとっては、現実なんだよ。

なによりも、なまなましい、現実だ。身体と世界の認識がある。脳みそを含んだ身体で、この世を認識しているわけ。

そして、現実に起きたことは、現実に起きたことだから、身体に影響を与える。現実に起きたこととは関係なく「うれしい」と言えばうれしいと感じるはずだという考え方が間違っている。

倒錯しているのである。

どうして、他人の経験を無視したことを言うのか?

何度も言うけど、それは、「うれしい」という言葉と、過去の出来事のあいだに、連合ができているから、中立的な状態なら「うれしい」と言うと「うれしくなったような気分がする」ということを意味しているにすぎない。

中立的な状態で「うれしい」と言ったということを、無視することはできない。

ところが、「うれしいと言えば、うれしくなる」という言い方になると、どんな状態でも、「うれしい」と言えば、うれしくなる……はずだという考え方が導入されることになる。

これは、間違った考え方だ。

けど、頭のなかに一度「正しい考え方」として「そういう考え方」が成り立つと、しばらくの間は、あるいは、ずっと、「そういう考え方は、正しい考え方だ」という認識が生まれる。

この認識は、じつは、間違った認識だ。

正しい考え方ではないからだ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。