楽しい世界に行きたい。老化しない世界に行きたい。楽な世界に行きたい。ヘビメタ騒音がなかった場合の世界に行きたい。行きたい。行きたい。ここは、つらすぎる。ここは、つらすぎる。次から次へと「くるしいこと」が発生する。
けっきょく、なにをやるときも、ヘビメタ騒音で、くるしい気持ちなのである。けっきょく、なにをやるときも、ヘビメタ騒音で、たしくないのである。けっきょく、なにをやるときも、きちがいヘビメタ騒音で、つらくてつらくてしかたがない状態なのである。もう、だませない。どれだけ、積みあがってきたか。どれだけ、たえてたえて、のりこえてきたか。
みんな、誤解をしているけどヘビメタ騒音『で』くるしいんだよ。そうならざるを得ないんだよ。どれだけ、自分を鼓舞しても、けっきょく、ヘビメタ騒音の影響のほうがでかい。どれだけ、自分を鼓舞しても、つらいだけなのである。つらさが増すのである。ピンチなのである。そういう状態になる。そういう状態になることが問題なんだよ。騒音の問題と言うと、鳴っているときだけ問題だと思うやつが大半だ。そういう人たちにとって、騒音の問題というのは、限られた問題なのだ。鳴り終わったら、ほんとうに、関係がなくなる問題なのだ。ところが、きちがい家族が、きちがい感覚で鳴らす騒音というのは、ちがうんだよ。ちがう」ということが、経験のない人たちにはわからない。ぼくが説明したって「なにを言っているんだ」と思うだけだろ。「自分だってつらいことはいくらだってあった」と思うだけだろ。けど、ちがうんだよ。生活全部を破壊する騒音なんだよ。ずっと、たたられ続けるということの意味がわかっていない人が「そんなのは関係がない」「そんなのは、影響がない」と言う。関係がある。影響がある。不可避的な影響がある。その時間と言うのがあるだろ……その時空と言うのがあるだろ。一倍速で、鳴っている時間が、ほかの時間に、(人間の体というものを通して)不可避的な影響をあたえる。実際に、身近な家族に、日常的にやられなかったから、そういうことがわかっていないだけ。生活、全部なんだよ。影響を受けるにきまっているだろ。この基本的なことを、否定しやがる。ぼくが言っていることがわからない人は、たいした騒音生活を経験していない。ぼくが言っていることがわからない人は、たいしてつらいことを経験していない。ちがうんだって、言っているだろ。全部なんだよ。時間が続いているの。陸続きで、続いているんだよ。すべての時間的な経験を飲み込むんだよ。