2026年9月22日火曜日

●めちゃくちゃにでかいこと■騒音※2026/09/22 16:51

  つかれたぁ。吐き気がある。もう、一回眠りたい。睡眠トライしようかなぁ。しかし、雨と気温変動で、なんか、体調が悪い。希望がないんだよな。希望が欲しいなぁ。横になって考えることが、ヘビメタ騒音がはじまった日のことなんだよなぁ。あれから、どれだけつらい目にあったか。

みんな、実際に経験していないから、「なんだそれ」と思えることなんだよな。けど、自分が、この世で一番きらいな音が、常に爆音で鳴っている生活というものについて、考えたことがあるか。ぜんぜんちがう、騒音について考えて、「そんなの、たいしたことない」と思ってしまう。多くの人が、思ってしまう。けど、ぼくの側から見ると、きちがいヘビメタ騒音は、めちゃくちゃにでかいことなんだよ。 

実際に自分が一倍速で経験していることではないから、無視できるだけなんだよ。軽く考えることができるだけなんだよ。そして、たとえば、ヘビメタ騒音の影響を無視して言うことが、倫理や道徳に関することなのだ。こんなの、ない。言っていることがまったくわからないと思う。たとえば、「人間は働くべきだ」というのは、倫理や道徳に関することなのだ。こんなの、ない。倫理や道徳を無視して、きちがいヘビメタを、すべての時間、鳴らすやつは、なんなんだ。すべての時間というのは、「使えるすべての時間」ということだ。きちがい兄貴にとって、使えるすべての時間を鳴らすということは、俺にとって、常に鳴っているということになる。時間を決めてやるわけではないから、常に、鳴り始める可能性があるものなのだ。これ自体が、圧力だ。きちがい兄貴帰ってきたら、鳴り始めるものなのだ。どれだけ俺が「やめろ」「やめろ」と、きちがい兄貴に、直接、強く言っても、きちがい兄貴は、きちがいだから、きちがい感覚で、鳴らしてしまう。これは、倫理や道徳を無視して鳴らすということだ。倫理や道徳を無視して鳴らす人間がいるという前提がある。それで、実際にやられて、こまっている人間に、「こういう基準に合わせるべきだ」と言ってくるのである。そこには、倫理や道徳があるのである。こんなのない。むしろ、「こういう基準に合わせるべきだ」ということを言うこと自体が、非倫理的なこと、非道徳的なことなのだ。ほんとうは、そうだ。けど、こっちが、どれだけ、現実的に、被害を受けていても、「他人である人」にとっては、その被害というのは、ゼロなのだ。他人である人にとっては、被害じゃないからだ。実害を被っていないのだから、実害を被ったことによってしょうじる「影響」を、無視できる。無視してしまう。そして、「自分だって苦労した」と言えば、自分の行為を、肯定できるのである。ところが、実害を被ったことによってしょうじる「影響」を、無視して、非倫理的なことを俺に言ったという履歴は残る。非道徳的なことを俺に言ったという履歴は残る。まあ、ぼくの側に残っているだけだけどね。そりゃ、きちがい兄貴が占有して、きちがいヘビメタを鳴らしているときの時間は、ぼくが苦しんでいる時間だけど、そいつらは、まったくくるしんでいない時間だ。こいつらが「自分だって苦労をした」と言ったって、ほんとうは、ものすごくでかい影響をあたえる、きちがい家族によるきちがいヘビメタ騒音の時間を無視したことには、かわりがない。「ヘビメタ騒音の時間」によって、不可避的にしょうじる、こちら側の損害を無視したことには、かわりがない。

●ぼくの立場がどんどん悪くなる■騒音※2026/09/22 5:10

 
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世間の人たちはレジャーに出かけているのか。ヘビメタ騒音がなければ、俺も、レジャーに出かけていたかもしれない。ボロボロなんだよ。ヘビメタ騒音で、少年時代から、ボロボロだ。

中学三年生のときには、もう、こころも体もこわれていた。壊れたからだで、カラ元気を出して、高校に通っていた。けど、つらかった。高校時代も、三年間通してずっとずっとずっと、毎日毎日、きちがい蛇目騒音が鳴っていたからだ。俺の体をこわし、精神をこわしたヘビメタ騒音が鳴っていた。鳴っていたんだ。あの時も、ほかの人の理解は得られなかったよ。「そんなのは、お兄さんに言えばいい」「お兄さんと相談すればいい」「家族で相談すればいい」と言われた。家族で相談すれば、解決する問題だと(その人たちは)思っていたのだ。けど、家族が問題なんだよ。きちがい兄貴という家族が問題。きちがい親父という家族が問題。この二人が、きちがいなのだ。この二人が、「ヨソの人が考えられないこと」をやりきる。そして、この二人は、「ヨソの人が考えられないことをやりきった」のに、やりきったつもりがないのだ。この「やりきったつもりがない」というところが、きちがいたるゆえんなのだ。けど、みんな、そういう問題を軽く見る。きちがい兄貴も、よその人から見れば、普通の兄貴。きちがい親父も、よその人から見れば、普通の父親なのだ。けど、ちがうんだよ。そして、昨日も書いたけど、兄貴や、親父が、ぜんぜんそのことに気がつかない。兄貴がきちがい的な意地でやっていることは、兄貴にとって、なんでもないことなのである。やったって、やってないこと」なのである。この「やったってやってない」という感覚も、よその人には、まったくわからないだろう。だから、「やったってやってない」という感覚で、きちがい家族がやってしまうことの影響を受けてしまうということも、わからない。よその人は、経験がないからわからない。それがどれだけ腹が立つことか、ぜんぜんわからない。よその人は、経験がないから、ぜんぜんわからない。「そんなのは、言えばいい」ということなのだ。それで、かたづいたら、こまっていない。悩んでいない。普通に勉強ができる状態で、勉強している。ところが、きちがい兄貴が 「やったってやってない」という感覚で、きちがい的なことだわりで、きちがい的な音を鳴らすから、こまっている。悩んでいる。悩んでいた。ほんとうに、勉強することができなくなるからだ。大きな問題だったんだよ。きちがい兄貴にとっては、こだわりの音で鳴らすことが絶対条件だったんだよ。鳴らすなら、こだわりの音で鳴らしたかった。だから、この点で譲らないのである。ところが、ゆずらなかったつもりもないのだ。こういうところで、きちがい兄貴は、きちがい親父とそっくりなんだよ。やっていることがおなじなんだよ。こんなの、どれだけ、普通の人に言ったってわからない。普通の人は、「だからなんだ」と思う。どうしてかというと、普通の人は、きちがい家族にたたられたことがないからだ。きちがい家族が、きちがい的なこだわりで、きちがい的な感覚で、毎日鳴らす騒音でこまったことが(人生のなかで一度も)ないからだ。ないのだから、「そんなのは、なんだ」という気持ちになる。「そんなのは、なんだ」という感覚しかない。だってやられていないわけだから、そうなる。自分の身体を通して、一倍速で、経験していない。聞いた話だ。聞いた話というのは、たとえ、一三時間のことでも、一瞬のことだと思えることなんだよ。けど、実際に一三時間鳴らされれば、一三時間影響を受けるし、一三時間よりあとの時間も、影響を受ける。一三時間鳴らされ続けた影響が、体に出ているから、一三時間よりあとの時間も、影響を受ける。まあ、一三時以降と書くと、一三時間ちょうどを含んでしまうので、一三時間よりあとの時間と書いた。ともかく、一三時間やられると、一三時間目に鳴りやんでも、騒音の影響を受けた体で暮らすことになるのである。「鳴り終わったら関係がない」と言ったやつの考えている騒音は、そういう騒音じゃないのである。「鳴り終わったら関係がない」と言ったやつのことは、いまでも、ぶんなぐってやりたい気持ちになることがある。

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そりゃ、ぼくだって、ほかの人が経験したことは、ぼくが一倍速で経験したことではないので、話を聞いた聞いたとき「そうなのか」と思うことがある。けど、ぼくは、相手が経験したことが相手の(現在の状態に)影響がないという軽はずみな、発言をしない。そりゃ、相手が一倍速で経験したつらい体験は、相手の現在の状態に影響をおよぼす(こともある)と考えているので、そんな、軽はずみな発言はしない。こいつらは、軽はずみな発言をしているというつもりがない。こいつらは、俺に「鳴り終わったら関係がない」と言っているとき、「鳴り終わったら関係がない」というのは、事実だと思っている。「鳴り終わったら関係がない」という自分の考え方は正しいと(こいつらは)思っている。俺にとって、むなくそ悪いやつらになる。そりゃ、そうだろ。実際に、きちがい兄貴が、こっちの都合を無視して、きちがい的な感覚で、きちがい的な意地で、あの音を鳴らし続けているのだから……。いたのだから……。長期間にわたって毎日そういうことが繰り返されていたのだから……。影響がないわけないだろ。バカ」「関係がないわけないだろ。バカ」と思うよ。自分の実感がそうさせる。ぼくの経験の範囲で言うと、こいつらに、ぼくが「関係がある」ということを説明しても、こいつらは、認めなかったよ。自分のバカな考え方にこだわって、次々に、バカな発言をしやがったよ。こいつらときたら、言霊主義者のように、ぬけぬけなのだ。こいつらときたら、言霊主義者のように頑固なのだ。絶対に自説が正しいと思ってうたがわない。そして、はっきり言うけど、きちがいヘビメタをやられたことによって、ぼくの立場がどんどん悪くなっていくのである。こいつらが、ぼくに対して、高圧的な態度で、バカな発言をするというのも、ぼくの立場が悪くなったいうことから発生することなのだ。ぼくの経験の範囲で言うと、こいつらは、半分おこったような状態になり、次々にバカなことを言いやがる。きちがいヘビメタ騒音で、ぼくの立場がどんどん悪くなる。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。