2022年6月25日土曜日

悪魔が支配する社会をより強固に成り立たせたい人が、過去を無視して、あるいは環境を無視して、きれいごとを言う

 まったくわかってない人たちがいるようだけど、ぼくが言っていることは、めぐまれている人たちが、めぐまれていない人たちのところまで、さがってくればいいということではない。ほんとう、どうやって、そういう誤解をするのかまるでわからない。きっと、こころがよごれまくっているのだろうな。人間はついつい自分を基準にして考えてしまうからなぁ。逆だ。逆。ぎゃくなんだよ。めぐまれない人たちが、めぐまれている人たちのところまであがっていかなければならない。で、いままで、こういうことは夢物語だったんだけど、現実化する。

たとえて言うなら、針がはえた椅子に座らされて、けつに針が刺さっている人たちが、ふかふかな椅子に座れるようになる。格差があるにしても、クッションが2センチか、クッションが10センチかの差ぐらいしかない社会になる。これ、生まれながらの格差というのは、回収されなければならない。特に、親の格差というのは、たいへんな影響をあたえるから、そのつど回収されなければならない。基本的に、貧しい家に生まれたということは、親のおカネがないということなのだけど、あるいは、親の収入が少ないということなのだけど、おカネの問題とは別に、親の性格の格差がある。親が普通の人は、親がサイコパスであるような人の現実がわからないのだ。だから、「そんなのは、関係がない」「過去のことであれば関係がない」ということを言う。それは、はっきり言えば、自分がふかふかな椅子に座っているから言えることだ。一〇〇本の針がはえている椅子に座って、血が流れているなら、そんなことは言えない。「過去は関係がない」と言っている人たちは、人間がいきなり大人になるわけではないのに、子供時代のことを無視している。たとえば、二〇歳で大人になるとすると、一九歳までのことは、二〇歳の現在に影響をあたえているのである。たとえば、一八歳で大人になるとすると、一七歳までのことが、「今の現実」に影響をあたえているのである。その積み重ねは、でかいのである。これ、なんで、大人になったとたんに、大人になるまでのことは、関係がないということになるのか、わからない。いきなり、大人の状態でうまれてきたわけではない。からだだって、いきなり大きくなったわけではない。能力にしたって、いきなり獲得したわけではないのだ。環境の差はでかい。それは、言葉を覚えるということですら、影響がある。生まれたばかりの赤ちゃんは、母国語をしゃべれない。母国語をしゃべるようになるには、さまざまな刺激をうけると同時に、脳みそが発達しなければならないのである。その場合、さまざまな刺激をうける環境とさまざまな刺激をうけない環境では、差がしょうじる。これは、努力とかそういう問題ではない。こういうことも含めて、努力の問題にしてしまうのがおかしい。これは、まだ、受けない考え方だと思うけど、アドラーが言っているようなことは、悪魔が支配する社会に親和的なのである。ようするに、悪魔側の道徳について、アドラーは言及している。悪魔に心を乗っ取られた人の、自分勝手な考え方についてアドラーはのべている。悪魔が支配する社会をより強固に成り立たせたい人が、過去を無視して、あるいは環境を無視して、きれいごとを言う。そのきれいごとは、悪魔のきれいごとなのである。悪魔の支配に親和的な人が考えた、うわっつらの道徳なのである。これは、善ではなくて、悪だ。ぜんぜんちがう。道徳的な外観とはちがい、その本質は、悪なのだ。これが、悪魔の支配に親和的な人にはわからない。逆に、過去を重視し、環境を重視している人が言っていることが、悪いことのように思えるのだ。それは、悪魔に心を支配されてしまったから、そう感じるだけだ。悪魔は、過去を無視し、環境を無視するように、働きかけている。この「過去」とか「環境」というのは、他人の「過去」であり、他人の「環境」なのだ。他人における過去の影響や他人における環境の影響を、無視したり過小評価することで、全体的な構造をより強固にしているのだ。「全体的な構造」というのは、たとえるなら、ふかふかな椅子と針がはえた椅子が順番に並べられているような部屋のことだ。悪魔の支配に親和的な人は、第一段階のふかふかな椅子から、第一〇段階の一〇〇本の針がはえている椅子が並んでいる状態を維持したいのだ。こういう人たちは、格差を無視する。無視。無視。無視。あったってない。格差において低位に位置するものがかかえるハンディを、なんだろうが無視する。そして、ふかふかな椅子に座っているからこそ言える、道徳について述べる。これは、悪いことだ。いいことじゃない。道徳的じゃない。非・道徳的なことだ。どうして、そんなことをして、良心がいたまないのか不思議だ。最初から良心とよべる良心がないのだろう。あるいは、悪魔のささやきに負けて、良心がマヒしているのだろう。

 

理解しようとする努力さえしなかったアドラー

アドラーいわく。

「愚者は自分が愚かであることを自覚できず、理解できないだけのものを「自分には無用なモノ」として拒絶してしまいさらに負のループに入る。謙虚に学ぼうとする姿勢がある人は、自分に必要なのかどうかを冷静に判断し、必要ならむずかしくても理解する努力を惜しまない」

 

アドラーが「愚者」と言っているときは、その「愚者」というのはアドラー自身をさしている。

「アドラーは自分が愚かであることを自覚できず、理解できないだけのものを「自分には無用なモノ」として拒絶してしまいさらに負のループに入る。謙虚に学ぼうとする姿勢がある人は、自分に必要なのかどうかを冷静に判断し、必要ならむずかしくても理解する努力を惜しまない」 

アドラーは、フロイトが言ったことをまったく理解しなかった。フロイトが言ったことは、アドラーにとっても、ほかの人にとっても理解する必要があることなのである。

アドラーは、むずかしいことは、最初から理解するような努力をしない人間だ。

フロイトが言ったことは、アドラーにとってむずかしいことだったのである。理解しようとする努力さえしなかった。謙虚に学ぼうとする姿勢がなかった。理解できないだけのものを「自分には無用なモノ」として拒絶してしまったのは、アドラー自身なのである。アドラーはフロイトの最悪の弟子なのであーーる。 

アドラーにとってフロイトの言っていることはむずかしいことなので、学ぶことをあきらめてしまったのである。……公平に言っておくと、この「アドラーにとってフロイトの言っていることはむずかしいことなので、学ぶことをあきらめてしまったのである」というのは、悪い決めつけの例だ。アドラーが、口をひらばやっていることだ。

アドラーの考え方というのは、悪い決めつけが多すぎる。悪い意味で単純なのである。だから、悪い意味で単純な「スローガン」が好きな人をひきつけてしまう。アドラーのような人間は、複眼的な思考ができないので、単眼的で一方的な視点から、すでにこまった人にやられて、弱っている人を、ののしってしまう。これは、ひとを傷つける行為だ。そして、傷つけたことに関しては、まったくなにも感じない人間なのである……アドラーは。そういう、こまった人の特徴がある。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。