ある言霊主義者が「人は働くべきだから、エイリさんも働いたほうがいい」と言ったことがある。俺が「ヘビメタ騒音で働けなくなった」ということを説明したあとだ。
言霊主義者が、ほかの人に、働くことをすすめるというのは、ある程度おかしなことなのである。
どうしてかというと、「二日以内に、エイリさんが働くようになる」と言ってしまえば、二日以内に、エイリの意志に関係なく、エイリが言霊の力によって、働くようになるからだ。
そして、たとえば、「働ける」とぼくが言えば、ぼくの過去に関係なく……そして、ぼくの現在の状態に関係なく「働けるようになる」のである。
もっとも、ぼくが働けると言ったにもかかわらず、働けない場合は、「エイリさんの言い方が悪いから、働けるようにならない」ということになるのだ。
「言い方が悪いから、だめなんだ」ということを言い出す。言霊には、だれだれが言わなければならないという制限がない。もっと言ってしまえば、言霊には、本人が言わなければならないという制限がない。
だから、だれかの代わりに、言霊主義者が言ってしまえば、それで、だれかが、そのようになるのである。
たとえば、言霊主義者のAさんが、「一日以内に、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをする」と言えば、アメリカ大統領のドナルド・トランプは、アメリカ大統領のドナルド・トランプの意志に関係なく、Aさんの「言霊の力によって」……これこれのことをするのである。
言霊主義者は、すべての人を動かすことができるのである。
ところが、そんなことは無理なのだ。
だから、「言霊理論は正しい」という考え方は、間違っている。
以前、思霊の話で「のび太が、ジャイアンをして、のび太をなぐらせる」ということを書いたけど、おなじことが、言霊にも成り立っている。
言えば、他人を自分が思ったようにあやつることができるのである。あやつれなかったら「言い方が悪かった」ということになる。
ところが、言ってしまえば、どれだけ言い方が悪くても、言霊の力が発動してしまうのである。どうしてかというと、「言えば、言ったことが、言霊の力によって現実化される」からだ。これが、わかっていないのである。
言霊主義者は、いくらでも、おカネをつくりだことができる。おカネだけではなくて、ともかく、欲しいものはすべて、言霊の力によって、出すことができるのだ。
言霊の力によって、現実化されるのである。
とりあえず、「まるまるが、目の前に出現する」と言ってしまえば、それで、出現することになる。
このようなことが可能な社会において、銀行とか、銀行口座というものがどういう役割をするのかは、ちょっとわからないけど、ともかく……「自分の銀行口座に一〇〇万円が振り込まれる」と言えば、自分の銀行口座に一〇〇万円が振り込まれるのだ。
このような社会においては、働くことというのは、必要なことではない。働けないと言っている相手に、働くことを求めるということ自体が、おかしなことなのだ。
* * *
言霊主義者が、働きたいなら、働けばいいのである。
言霊主義者が、ある他人を働かせたいなら、「ある他人が働く」と言えば、働くことになるので、「ある他人が働く」と言えばいいだけのことだ。
言霊の力によって、その他人が働くことが、現実化されるだろう。
とりあえず、おカネをもらわずに、働く行為をするということを、ボランティアをするという言葉で表現をするとする。
その場合、「人間は働くべきだから、エイリさんも働いたほうがいい」とエイリに言った言霊主義者は、ぼくに、ボランティアをすすめているわけではなくて、働くことをすすめているのである。
これは……実際に、その言霊主義者がすすめているのは、「働く行為をする」ということではなくて「経済的な自立だ」ということを意味している。
これもおかしなはなしだ。
「三秒以内に、エイリが経済的に自立する」と言えば、それで、エイリは、三秒以内に、経済的に自立するのである。
その言霊主義者はエイリが経済的に自立していないことに、腹を立てていたのだ。
あるいは、『それは、いけないことだ』と考えていたのである。
言霊主義者なのだから「エイリが経済的に自立する」と言えば、それでおしまいなのである。
エイリがいないときに、天に向かって、その言霊主義者が「エイリが経済的に自立する」と言えば、それでおしまいなのである。
ぼく(エイリ)を説得する必要なんてないのである。
ぼくが……「ヘビメタ騒音の影響で、通勤して働くことはできない」と言っているのに、それを無視して、通勤して、働くことをぼくに求めるというような愚行を、どうしてするのだろうか?
その言霊主義者は「言霊は絶対だ」と言っていたやつなのである。
なんで、言霊を使って、問題を解決しようとしないのか?
そもそも、言霊が絶対であり、言霊理論が正しいのであれば、働く必要なんてないのである。
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言霊主義者や普通の人は、ヘビメタ騒音の影響を過小評価するのである。言霊主義者や普通の人は、ヘビメタ騒音の影響を無視するのである。
俺がどれだけ、「ヘビメタ騒音の影響で、働けなくなった」ということを説明しても、それは無視なのである。
無視されてしまうのである。こいつらの、こういう態度!
ほんとうに、頭にくるよ!!
しかも、自分が矛盾したことを主張しているということが、わかっていないのである。こんなやつばかりだ。
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ヘビメタ騒音生活のひどさがわかっていないから、ヘビメタ騒音生活のひどさを無視する。
ヘビメタ騒音のひどさがわかっていないのは、ヘビメタ騒音生活を一倍速でしたことがないからなのである。
五〇〇〇日間、ヘビメタ騒音生活が続いたとき、体がどういう状態になるか、理解してないから、「ヘビメタ騒音なんて関係がない」と決めつけてしまう。
こいつらだって、自分にとって苦手な音が爆音で、ずっと何時間も何時間も、毎日、鳴っているような状態で暮らしたら、通勤通学ができなくなる。
実際に、自分が自分の体で経験したことじゃないから、わからないだけなのである。
こいつらがみんな……ほんとうに、みんな……「俺だって苦労した」「わたしだって苦労した」と言って、「苦労」を同質化・同量化してしまう。
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ほんとうに、ヘビメタ騒音のせいで、こいつらに、わかったようなことを言われて、つらかったよ。
きちがい兄貴が、普通の人がやらないような音でヘビメタを鳴らしているから、働けなくなって苦労しているのに、ほかのやつらが「ヘビメタ騒音なんて、そんなのは関係がない」と言ってくる状態ができあがった。
ほかの人は、苦労したのかもしれないけど、きちがい家族による、ほかのうちではありえない、騒音を、毎日、経験したわけではない。苦労の苦労がちがう。
症状は、たぶん、人間である限り、ほとんどの人に出る。あらわれる。
いちおう、「ほとんどの人に」と書いたけど「すべての人に」と書きたいほど、ぼくにとっては、あきらかなことだ。
すべての人が、ぼくとおなじ経験をしたら、通勤して働くことはできなくなる……とぼくは思う。もちろん、思うだけだけどね。
証明?
そんなことは、できるわけがないだろ。
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ある言霊主義者が「一日以内に、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをする」と言ったあとに、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをした場合について考えてみよう。
その言霊主義者は、言霊の力によって、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをしたと考えるのだ。
自分がその言葉を言ったから、アメリカ大統領のドナルド・トランプが、これこれこういうことをしたということを、(その言霊主義者は)主張する。
けど、こんなのは、間違いだ。
自分(その言霊主義者)の言葉に宿る言霊の力によって、ドナルド・トランプが、ドナルド・トランプの意志に関係なく、これこれこううことをしたわけではない。
「明日、雨が降る」と言ったら、雨が降ったので、『自分の言葉に宿る言霊の力によって雨が降ったのだ』と確信している子どもとおなじだ。
勘違いをしている。
言霊は、関係がない。
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ともかく、言霊理論が正しいなら、「働かなくても、よい世界」になっている。
「言えば、言ったことが(言霊の力によって)現実化する」なら、働かなくても、生活できる。
言霊理論が正しいなら、思ったことを言っただけで、経済的に自立できる。
働かなければ、経済的に自立できないか、あるいは、経済的に自立しにくい世界というのは、言霊の力が(まったく)働かない世界なのである。
だから、言霊主義者が、なにを信じているのか、わからなくなる。
言霊主義者は、へんなところで言霊主義者であり、言霊主義者はへんなところで現実主義者なのである。言霊主義者があたりまえだと思っていることに関しては、言霊思考にならないのである。
『生きていくには働かなければならない』と思っている言霊主義者は、『言霊の力によって、働かずに生活できる』とは思っていないのである。
言っただけで、言霊の力を使用することができるのに、働かなければ生きていけないと(その言霊主義者が)思っているのである。
* * *
ほんとうに、みんな、ヘビメタ騒音の影響について、勘違いをしている。
きちがい兄貴が、きちがい感覚で、きちがい的な欲求を満たしたので、こういうことになってしまう。
みんな、きちがい兄貴の異常さがわかっていない。
実際にそういう異常な行為をする人が、家族として身のまわりにいるわけではないので、わかっていない。経験として、わかっていない。
異常な行動を異常な意地でやってしまう家族と、家族として一緒に住んでいるわけではないので、わかっていない。
経験がないので、まったくわかっていない。
経験がないので、「どういうことになるのか」ということがわかっていないのだ。
それぞれ、自分のなかの苦労を想像して「そんなのは、関係がない」と思ってしまう。いやーー。関係があるんだよ。
これ、どれだけ「関係がある」と言っても、認めないやつは認めないからな。
そういうやつにとっては、「ヘビメタ騒音は関係がないのに、ヘビメタ騒音が関係があるとエイリは思っている」ということになってしまう。これも、いやなんだよな。
ほんとうに、きちがい兄貴が、きちがい的な意地で、きちがい行為をしたから、ぼくがほかの人から、悪い意味で誤解されることになる。
こんなの、ない。
そして、「社会に流通している考え方」が、こういう誤解を強化してしまうのである。ほんとうに、いやな社会だ。