一意に決まらないということだって……。これからちょっと、空想のたとえ話をする。
たとえば、ぼくが、現実世界で「一意に決まらないというのは、問題だ」と言ったとしよう。現実世界のやつらというのは、「くだらないことを、言いやがって」とか「○○障害だから、へんなことにこだわる」というようなことを言う可能性がある。
俺が、ヘビメタで無職だというとになっていて、俺がヘビメタ騒音で無職だということを、こいつらが知っていたとしよう。
まあ、「ご職業は(なんですか)」という質問は、はじめてあった人に訊くことが多い。
俺が、嘘を言わずに、無職である理由を話そうとすると、どうしても、ヘビメタ騒音のことが(話に)出てきてしまう。ともかく、嘘をつきたくないから、正直に無職だと言ったとする。
そうなると、こいつらは、自分のなかにある無職の偏見にあわせて、ぼくの言っていることを解釈してしまうのだ。
きちがいヘビメタで学歴がなく、きちがいヘビメタで通勤する体力と通勤する睡眠力をなくしてしまったので、働けない状態になっているのだけど、そんなことは、理解しないのだ。
昨日も書いたけど「そんなの関係がない」「そんなになっているのに、家族がやめさせようとしないのはおかしい(だから、エイリは嘘を言っている』と思ってしまうようなやつらばかりなのである。
ともかく、無職であれば、無職であるということだけで、こいつらは、ぼくのことを、バカにして、下に見てくる。こいつらの理解力は、言霊主義者とたいしてかわらない。
「一意に決まらないというのは、問題だ」ということについて、ぼくがここに書いてきたようなことを、説明したとする。
そうすると、「くだらないことを、言いやがって」とか「○○障害だから、へんなことにこだわる」というような反応がかえってくる可能性はある。
こいつらが理解できないだけなのに、俺がバカだということになってしまうのだ。こいつらが理解できないだけなのに、俺が「○○障害だ」ということになってしまうのだ。俺が、博士だったら、こいつらは、こんな反応はしない。
だから、そういうことも含めて……きちがい兄貴に、「ヘビメタを鳴らさないでくれ」「しずかにしてくれ」ということを、何万回も、十数万回も言ったのに、きちがい兄貴が、親父のようなきちがい感覚で、無視してしまったのだ。
鳴らし続けてしまったのだ。これだって、あいつらの常識から考えれば、へんな話だから、「エイリの言っていることはへんだ」とか「エイリの言っていることは嘘だ」とかと、思うやつがいても、まったく、不思議ではない。
実際、リアル世界で、こういうことはあった。
「一意に決まらないというのは、問題だ」ということに関する反応は、ぼくが勝手につくりあげたものだ。空想の話だ。
けど、こいつらの態度というのは、こういう態度だ。
ぼくが言ったことを、ちゃんと理解しようとしない。相手の属性で、態度をかえる。言ったことではなくて、相手の属性で、「あの人が言ったことは正しい」とか「あの人が言ったことは間違っている」ということを決めてしまう。
ちなみに、○○障害というのは、悪く言うための用語みたいなものだ。なんでも、「なんとか障害」と言ってしまえば、それで、言い当てたような気分になる。
悪口のためのタームで、特に、意味がない。ぼくが、実際に「○○障害者に見えること」をやったのではないのだ。
自分が認めたくないことや、自分が理解できないことを言うやつのことは、「なんとか障害者」にしてしまう。軽く悪口を言うための、言葉なんだよね。なんとか障害者……というのは。
きちがいヘビメタで、通勤ができない体になって、ほんとうに、不愉快なことを言われた。ゆるせない。
きちがい兄貴も、不愉快な発言をしたやつも、ゆるせない。こういうことをしたやつらですら、別の場面では「人の言うことなんて気にしなければいい」なんてことを言うのだ。
どれだけ……。どれだけ……。
* * *
自分が理解できないことを言うやつは、「なんとか障害者」にしてしまう……ということを書いたけど、相手が自分よりも地位が高い場合は、もちろん、そんなことはしないのである。あくまでも、相手が自分よりも地位が低い場合に、そういうことをするということだ。
地位の高低というのは、その人がそう思ったらそうなのである。たとえば、自分はアルバイトだけど、働いているから無職よりも地位が高いと思ったら、自分のほうが地位が高いと思うわけだから、自分が理解できないことを言う人は、「なんとか障害者」なのである。
自分が理解できないことを言ったとしても……相手が学者だったら、そういう態度にはならない。
* * *
学生時代から、ほかの人に誤解されることはいっぱいあった。ヘビメタ騒音のことを言っても、言わなくても、ヘビメタ騒音の影響があり、ぼくの状態や、ぼくの行為に影響を与えていた。
無職ということでせめられるのは(時期的に)あとのことだけど、ほんとうにいろいろなことが発生した。
きちがいヘビメタ騒音の影響をけてしまう。前の日のきちがいヘビメタ騒音の影響を受けた朝になってしまう。昼になってしまう。午後になってしまう。
それに、たとえば、ほんとうにヘビメタ騒音が鳴っていると、宿題すらできないのだけど、宿題ができなかったということは、次の日の一日に影響を与える。
ヘビメタ騒音が、あの音圧で、あの音量で鳴っていると、ほんとうに宿題ですらできなくなってしまうのだけど、先生も含めて、まわりの人は、「できなくなる」ということを認めない。遅刻もしてしまうようになるのだけど、遅刻しないでちゃんと通うことができなくなるということを、まわりの人は認めない。
みんな、けっきょく、きちがい兄貴のような人間と一緒に住んでいないから、きちがい兄貴のような人間がやることを、毎日、押し付けられていない。
ヘビメタ騒音は、押し付けられたことなんだよ。俺がどれだけ言っても、きちがい兄貴がやめてくれなかったんだよ。その意味で、制御できないことなんだよ。
きちがいのレベルで鳴らしてしまうと、どうしても、どうしても、普通の音で鳴っているわけではないから、影響を受けてしまうんだよ。
影響を受けてしまうと、「できないこと」が増えるのだけど、よその人は、きちがい的な家族と一緒に住んでいるわけではないから、きちがい家族が、しつこくしつこく、毎日毎日、もたらす、騒音のことについて知らない。
そりゃ、だれだって、騒音を経験したことがあるのだけど、そういう騒音とは、ちがう騒音なんだよ。
けど、経験をしていないからわからない。
経験をしていないから「どうしてもできなくなる」という部分がわからない。そうすると、自分ならできるという前提で、クソを言ってくるようになる。なめたことを言ってくるようになる。これは、学生時代から、かわらないことなんだよ。