2026年9月30日水曜日

●この負担に関して、ちゃんと、「見積もり」を出している■社会※2026/09/30 16:29

ようするに、親切にするという場合の、親切というのは、親切にしてやるほうの個人にとって、そんなには負担がないことなのである。そして、この負担に関して、ちゃんと、「見積もり」を出しているのである。頭のなかで、見積もりをしている。だから、「人に親切にするとしあわせになる」と言う場合の、「親切」というのも、見積もりの範囲内の親切になる。見積もりの範囲外の親切をしてしまうと、不幸になる確率があがる。どうしてかというと、継続的に「それ」をすることになると、負担がかかるからだ。「人に親切にするとしあわせになる」と言う場合の、「親切」というものは、ちゃんと、その場限りで、負担にならないものに限られているのである。そして、「自分は親切な人だ」とか「自分はいいことをした」とか思えるような親切なのだ。こういう親切は、大きな問題をかえるような親切ではない。ようするに、人間が問題を抱えている場合、その問題が大きければ大きいほど「人に親切にするとしあわせになる」と言う人たちからは、親切にされないということになる。大きな問題を解決するような「親切」をされる確率は小さい。悪い条件によって、大きな問題を抱えている個人は、大きな問題を解決するような「親切」をされることはなく、「自己責任だ」という言葉を投げかけられるようになるのである。

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もうひとつだけ言っておこう。高齢者の女性が、荷物を持って歩いているとする。この人の荷物を持ってあげることは、親切な行為だと分類される。しかし、高齢者の女性と言っても、人それぞれだ。別に「荷物をほかの人にもってもらいたい」と思っている人ばかりだとは限らない。けど、「人に親切にすると、しあわせになる」と言っている人は、筋骨隆々な人の「荷物を持ってあげよう」とは思わないのである。だから、親切にしてあげようと思っている側に、最初から、選別意識がある。こまっているように見える」必要があるのだ。

ぼくが気にすることは、実はもう一つある。かりに、ぼくが、高齢者の荷物を持ってあげることを、高齢者に提案したとする。そうしたら、高齢者が、承諾したとする。その結果、ぼくが、荷物を持ってあげて、その場面は、それで終了したとする。そのあと、別の場面で、その高齢者が荷物を持って歩いていたとする。そうしたら、ぼくではない人が、高齢者の荷物を持ってあげることを、高齢者に提案したとする。その高齢者は、ぼくのときは、安全だったので、その記憶をもとに、その人(ぼくではない人)にも頼んだとする。そうしたら、その人(ぼくではない人)が荷物を持ち去ったとする。その場合、ぼくには、悪気がないけど、最初のケースで安全だったから、次のケースでも安全だろうという見積もりを(高齢者)に与えたことになる。これは、投資系詐欺とおなじ構造になってしまう。投資系詐欺の場合、最初は、ちゃんとおカネが支払われるのである。おカネというのは、正規の配当という意味だ。けど、詐欺の場合は、これは、最初に安心感を与えるために、(もともと、カネを出した人)のカネをかえしているだけにすぎない。あるいは、別の人のカネを、その人に「正規配当」と偽って、配っているだけだ。だから、利益にはなっていないのである。こういう場合、一回目が大乗だったから、二回目も大丈夫だとは、限らない。

実際に、高齢者の荷物を持ち逃げしてしまう人がいるのだから、高齢者は、荷物を持ち逃げされたくない場合は、「ことわる」必要が出てくる。で、まあ、これを、親切にするつもりで、荷物を持ってあげましょうかと提案した人が、どうとらえるかの問題もある。

荷物を持ってあげるということですら、いろいろな場合が考えられる。いま説明したケースだと、どっちも、「知らない人」の荷物を持ってあげるケースなのである。「自分のおばあちゃん」の荷物を持ってあげる場合は、またちがう意味合いが出てくる。

 「人に親切にすると、しあわせになる」と言っている人は、いつも、うまくいくことだけを考えて、そう言っている。人に親切にしてあげようと思ったから、提案したということが、トラブルにつながることは、考えていない。ともかく、「人に親切にすると、しあわせになる」と言っている人は、想定している範囲が狭いのである。「人に親切にすると、しあわせになる」と言っている人たちの、「親切行為」というものが、案外、狭い範囲の「親切行為」に限られているということは、認識しておかなければならない。

言い方としては、 「人に親切にすると、しあわせになる」という文は、「XをすればYになる」という一〇〇%構文の文になる。ところが、「親切にする」というのが、問題なのだ。X(人に親切にするということ)の範囲は、理論的には無限だ。ところが、実際の場面では、無意識的に「親切行為」が選ばれている。親切にする側の、「親切行為」は、実際には、狭い範囲の親切行為なのだけど、「XをすればYになる」という一〇〇%構文の文になるので、親切行為の範囲が無限大になる。こういうところにも、理論?と現実のズレがある。

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人に親切にするということの範囲は、無限だと書いたけど、疑問を持つ人もいるだろう。たとえば、人に不親切にするということを考えると、人に親切にするということの範囲は無限ではないのではないかと思うかもしれない。 人に親切にするということの範囲」も無限だし、「人に不親切にするということの範囲」も無限なのである。

2026年9月29日火曜日

●原因について勘違いをしてしまうのである■言霊※2026/09/19 5:41

言霊主義者は「言い方が悪いんだ」「うまく言えば現実化する」ということについて、なんの疑問も持っていないけど、『言い方が悪いから』現実化しないわけではないのである。

最初から、言霊によって、現実化することは、絶対にないのである。

だから、勘違いしたときだけ、言霊があるように感じるだけだ。

そして、「ぬけぬけ」という言葉で書いたけど、言霊主義者自体が、言霊の力なんて信じていないのである。言霊主義者は最初から、誤解をしている。

自分が「雨がふる」と言ったから、雨がふったというような誤解と、「元気だ元気だ」と言ったから元気になったという誤解がある。「雨がふる」と言ったから、実際に雨がふったのだという誤解は、ふたつの出来事に関連性があると思い込む妄想から、発達したものだ。

これ、言霊の力によって、雨がふったわけではないのである。最初から、勘違いをしている。

そして、「元気だ元気だ」と言ったから、実際に元気になったのだという考え方も、間違いだ。最初から、間違いなのである。

これは、言葉の力だ。

言霊の力で「元気になったような感じがした」わけではなくて、「言葉の力」で、元気になったような感じがしただけだ。

しかも、本人が、元気になったような感じがしたと自分で報告しているだけで、ほんとうは、元気になったのかどうかさえわからない。

言霊主義者だって、大病を患い、横になっているときは「元気だ元気だ」と言っても元気にならないのだ。事故にあって、横たわっているとき、「元気だ元気だ」と言ったら、「元気になって、すぐに歩けるようになる」わけではない。事故にあって、たおれている状態であって、動けない状態は、元気な状態ではない。

この状態で、口はきけるので「一秒以内に、元気になる」と言ったって、元気にならない。「一秒以内に、骨折がなおる」と言ったって、一秒以内に骨折がなおることはない。言霊の力でなおっているのであれば、「〇・三秒以内に、事故にあうまえの体になる」と言えば、「事故にあうまえの体になる」のである。

それ以外の結論はない。

ところが、言霊の力でなおるわけではないので、「事故にあうまえの体になる」と言ったって、事故にあうまえの体にはならない。言えば、言ったことが、言霊の力によって現実化するのだから、「〇・三秒以内に、事故にあう前の体になる」と言えば、「〇・三秒以内に、事故にあうまえの体になる」のである。

けど、ならない。

言霊の力によって、なおるわけではないからだ。

たとえば、Aさんが、車にひかれて、いろいろな部分を骨折したとする。Aさんが、言霊主義者で、「〇・三秒以内に、事故にあうまえの体になる」と言っても、「〇・三秒以内に、事故にあうまえの体になる」ことはない。

Aさんが、入院して、治療を受けて、そのあと、なおったとする。

その場合、「自分が、なおると言ったから治った」と誤解をして言う場合がある。「いつかなおる」と思って、「いつかなおる」と言ったとする。そして、実際になおった……だから、言霊理論は正しいと決めつけてしまう。

Aさんが決めつけてしまう。

誤解をしているだけだ。

言霊の力でなおったわけではない。

ちなみに、自己治癒能力でなおっているのである。治療行為というのは、自己治癒能力の助けをしているのである。自己治癒能力が、人間の体に備わっていて、自己治癒能力の範囲内でなおることであれば、なおる。

別に「なおる」「なおる」と言わなくてもなおる。

ほんとうは、自己治癒能力によってなおったのに、「言霊の力によってなおった」と勘違いしているだけだ。『「なおる」「なおる」と言ったら、実際になおった……だから、言霊の力によってなおったのだ』とAさんが、勝手に思っただけだ。

Aさんが自信をもっている場合、他人に、言霊主義的な助言をすることがあるだろう。

その場合、助言をされたほうは、言霊の力を使って、言ったことを現実化することに、かならず、失敗する。失敗することが決まっている。一〇〇%の確率で失敗するのである。

しかし、助言をれた相手も、Aさんとおなじように、誤解をすれば、言霊理論は正しいと思うのである。

ようするに、「自分が言ったから、言った通りになったのだ」と思うようになる。これも、誤解なのである。ほかの理由で、言った通りになっただけだ。

表面的に、言ったことと、現実の出来事が一致したので、原因について勘違いをしてしまうのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。