相手が自殺した場合であって、なおかつ、権威のある報道機関が報道した場合であって、なおかつ、生前の相手と「自分」のあいだに一切合切の関係がない場合は、言霊主義者も、言霊思考に陥らないわけか。
けど、こんなに条件がそろうのは、まれだろう。これは、ぼくの想像にすぎないけど、たぶん、生前の相手が、言霊主義者に、相談をしたら、言霊主義者は、言霊的な提案をすると思う。
その言霊的な提案というのが、まさしく、自殺した人を追いつめた人が言っていることとおなじなのだ。
しかも、たとえば、自殺した人の記事を読んでいるときは、言霊主義者といえども、言霊思考に陥らないのだけど、言霊主義者本人には、言霊思考に陥っていないという自覚がないのだ。
そして、現実の相手には……言霊的な対応をしてしまうのだ。
ようするに、一時的に、新聞記事や週刊誌を読んでいるときは、言霊思考に陥らないのだけど、それは、言霊主義者が言霊思考のまちがいに気がついて、言霊思考をしないようにしようと思ったということではないのだ。
一時的に、言霊思考をしない状態になるけど、すぐに、言霊思考をする状態になってしまう。
基本、自分が一倍速で経験したことに関しては、言霊思考をしないことになっている。自分のことなのに、言霊思考をする場合は、「願望」「希望」「夢」「欲」がからんでいる場合にかぎられる。他人のことだと、他人のことは「かくるみて」しまうので、言霊思考になる。
他人のことと書いたけど、特に、他人の「困難」「苦労」「悩み」などについて考える場合は、言霊主義者は、画一的で単純な理解しかしない傾向がある。
しかし、相手が自殺をして、それが記事になっている場合は、記事を書いた人間の目を一度通した記述を読むので、相手の状況について、理解が深まるのである。
まあ、たぶん、自殺をしたというのが、決定的なんだろうな。
自殺をしたということは、それ相応の苦労をしたということを、高確率で、明示している。なかには、本人も、なんで自殺したかわからないような感じの人もいるかもしれない。こういう、レアなケースについては、ここでは、考えないこととする。
すでに自殺している場合であって、なおかつ、報道機関が報道している場合は、言霊主義者といえども、言霊思考に陥らず、相手のことを考えることができるのか?
やっかいだな。
相手が自殺をしていない状態だと、途端に、言霊思考になり、言霊的な決めつけをしてしまう。言霊主義者にとっては、相手が言っていることは「そういうこと」でしかないのだ。
言霊的な解決方法というのは、「ブラック社長」の口から出ているか、「上司」の口から出ているか、その言霊主義者の口から出ているかのちがいしかない。内容は、おなじなのである。
判を押したように、おなじ。画一的。