あーーあ。ほんとうに、いやな世界だよな。なんか、いやな世界だ。もちろん、ヘビメタ騒音のことは気になる。それから、ダニに刺されたあとも気になるし、片づけのことも気になる。片づけるときに、ダニに刺されるのがいやだからだ。
ともかく、不安な気持ちになる。不安がとまらない。とまらないーー。いろいろとおいつめられているのだ。ヘビメタ騒音のことがでかすぎる。どうやったって、無理だ。このさき、この問題が解決することはないと思う。ということは、こういう気分で暮らすということになるわけだ。つらすぎる。
楽しみがない。どこをとっても、ヘビメタ騒音で不安だった。あの子(A子)のことだって、きちがいヘビメタ騒音がけなれば、普通に付き合うことができたのだ。ところが、ヘビメタ騒音が毎日鳴っていると、もう、ダメになる。これ、みんな、小学六年生からのヘビメタ騒音生活がどういうものなのか、まったくわかっていないから、気楽なことを言うんだよな。ぜんぜん、わかっていない。ヘビメタ騒音が関係していないことなんてない。ずっと鳴っているからだ。ずっと鳴っていた。
* * *
きちがい兄貴がやめてくれなかったんだよ。俺がどれだけ、「やめてくれ」「しずかにしてくれ」と言ったと思っているんだ。何万回言ったかわからない。十数万回言ったかもしれない。きちがい兄貴のきちがいセンスが、ほかの人たちにはわからない。けど、おかしいのは、きちがい兄貴が、ほかの人たちよりもわかっていないのだ。きちがい兄貴が、どれだけこだわって、きちがい的にでかい音で鳴らしているのか、きちがい兄貴自身がまったくわかっていない。ここが、ブラックフォールを形成してしまうところなのだ。こんなの、ほかの人にわかるわけがない。けど、何回も言うけど、ほかの人以上に、きちがい兄貴がわかっていないのだ。あれだけでかい音で鳴らしたら、こまるというのがわからない。自分だって、自分が鳴らしている音以外の音が、あの音量で鳴っていたら「うるさい」ということがわかるのだ。1秒でわかる。けど、きちがい的に、でかい音で鳴らしたいという魔法がかかっていると、普通の音で鳴らしているという認識になってしまうのだ。この認識が絶対にこわれない。こわれたら、鳴らせなくなってしまう。自分が思いっきり鳴らしたい音で鳴らせなくなってしまう。だから、絶対に、でかい音で鳴らしているということを認めない。けど、意識的に認めないようにしているわけではなくて、無意識的に認めないようにしているのである。意識的には、普通の音で鳴らしていると思っている状態なのである。これが、絶対にかわらない。どれだけ言っても、絶対にかわらない。小学生の時から、試験でこまるということになる。実際には、小学生の時は、勉強する気持ちがなかったので、試験のことに関してはあんまり問題にならなかったのだけど、……勉強にあてがわれるはずの時間、ずっと、きちがいヘビメタが鳴っていて勉強ができなかった状態にはかわりがない。中学に入ってからは、勉強をしたかったので、問題が大きくなった。けど、小学生の時から、ずっと、勉強時間を汚染されているわけだから、こまるのは俺なのだ。俺が、恥をかくのだ。