2026年5月14日木曜日

●家族だけに囲まれているときとは、ちがう反応になるんだ■騒音※2026/05/12 21:26

俺と親父が言いあっているときに、きちがい兄貴が、冷蔵庫のものをとりだしに一階に下りてきて、通りすがりに……俺たいして……「問題児だ」と言ったときがあるんだよ。

どうして俺が親父と言いあっていたかというと、きちがいヘビメタ騒音で進学するときに問題を抱えていたからだ。きちがい兄貴の問題について、きちがい親父ともめていたんだよ。

きちがい兄貴が、そのとき、すでに六年以上、きちがいヘビメタを絶対の意地で、ゆずらずに、ものすごくでかい音で鳴らていたのだ。毎日鳴らしていた。

基本的に、兄貴の行為によって、ぼくの問題が発生していたのである。兄貴の行為によって、ぼくの側に進路の問題が発生していたのである。それ……進路……について、きちがい親父とぼくとのあいだに、言い合いが発生していたのだ。

きちがい兄貴が、ほんとうに原因なんだよ。きちがい兄貴の行為が、ほんとうに、原因なんだよ。しかも、兄貴は、張本人であり、関係者なんだよ。きちがい兄貴の行為でこまっているということは、きちがい兄貴に、最初の日から言っていることなんだよ。

きちがい兄貴は、自分がかかわっているということを理解していなかった。

どうしてかというと、きちがいヘビメタをどれだ長い時間、どれだけでかい音で鳴らしても、弟の勉強を邪魔しているという「認識」が生まれなかったからだ。これが、きちがい的なのである。

これが、きちがい兄貴のきちがい行為に影響を与えていたのである。ずっと、あんな音で鳴らし続けてなにも感じないなんていうのは、おかしいんだよ。正常じゃない。

親父も、きちがい兄貴とおなじように、自分が発狂して、頑固にやったことで、相手がこまった状態になっても、相手がこまっているということを、頑固に認めなかった人間だ。

*     *     * 

これ、脳みその「つくり」として、そうなっているのである。そして、他人にとっては、これまた、これこそが、盲点になってしまうのである。

よその人は、親父と兄貴が……自分が発狂して、頑固にやったことで、相手がこまった状態になっても、相手がこまっているということを、頑固に認めない人間だ……ということがわかっていないのである。

それも、「脳みそのつくり」で、そうなっているということが、わからない。

よその人は、うちの兄貴とうちの親父が、脳みそのレベルで、そういう反応をする人間だということを知らないわけ。

そして、「脳みそのつくり」と書いてしまったのだけど……そういう脳みそをもっている人間がいるということを……よその人は知らないわけ。

きちがい兄貴ときちがい親父の「ぬけぬけ度」は、普通の人の「ぬけぬけ度」とはちがうのである。

そして、きちがい兄貴ときちがい親父は、普通の人がやらないことをやるのである。

これも、よその人にはわからないことなのだけど、……ごく自然に、きちがい兄貴ときちがい親父は、「よその人」が普通にまずいと思って、やらないことを……きちがい的な意地で……やってしまうわけ。一度やるとなったら、きちがい的な意地でやるんだよ。

この……「一度やるとなったら、きちがい的な意地でやる」……ということも、よその人は、わかっていないわけ。よその人は「やる」にしても、「普通の程度でやる」と思っているわけ。

ところが、ちがうんだよ。

兄貴と親父は、きちがい的な意地でやるんだよ。この、状態が、よその人には、わからない。実際に、いあわせて、どういうことをどういう状態でやるのかということを、よその人は、知らないわけ。

よその人は、経験的にわかっていないわけ。

そして、よその人は、うちの兄貴とうちの親父が、「そうする」ということについて、特に関心があるわけではない。どうしてかというと、自分の家族はそんな人ではないので、関心がない。「よその人」という言い方で、くくって、一〇〇%詐欺をするつもりはない。

例外はあるかもしれないけど、ぼくの知りえる範囲で言うと、ほんとうに、よその人にとっては関心がないことなんだよ。特に関心がないことなの……。

実際、うちのなかにいるときの親父の状態や、うちのなかにいるときの兄貴の状態について……知っている人はいないわけ。

兄貴が鳴らしているときに、ぼくの部屋にいた友達は、兄貴がどのくらいの音で鳴らしているか知っているけど、ぼくの部屋にいるわけだから、兄貴の状態を確認したわけではない。

兄貴に対して、ぼくが、「やめてくれ」「しずかにしてくれ」と言ったときの兄貴側の反応なんて……よその人は……実際に見たわけじゃない。うちにきて、ぼくの部屋に入ったことがある友達ですらそうなんだよ。

そして、「うちのなかにいるときの親父の状態」と書いたけど、「うちなかに家族しかないときに、うちのなかにいるときの親父の状態」という意味だ。兄貴の状態に関してもおなじだ。

ようするに、よその人が「お客さん」としてきた場合は、「お客さんがいる」ということが、きちがい親父にもわかるわけ。そうなると、家族だけに囲まれているときとは、ちがう反応になるんだよ。

これも、とくに、「お客さんがきているから、態度をかえよう」と親父が意識的に思っているわけではないわけ。そうじゃなくて、言霊主義者の「モードの切り替え」のように、本人が意識しないまま、自然に、「モード」が切り替わる。

ともかく、例外がいるかもしれないけど、よその人は、「うちのなかにいるときの親父の状態」や「うちのなかにいるときの兄貴の状態」について、関心をもたない傾向が非常に強い。

ようするに、例外はいるかもしれないけど、多くのよその人は「経験的に、うちの親父やうちの兄貴のような反応をする家族とは一緒に住んだことがない」し「うちの親父やうちの兄貴の反応について特に関心をもっていない」わけ。

だから、多くの普通の人は、うちの親父やうちの兄貴のことについて、正確に考えることができない。

多くの普通の人は、うちの親父やうちの兄貴が、どういう態度で、きちがい的な意地を押し通して問題行為をするのかということが、よくわかっていない。

そして、多くの普通の人は、自分の家族が正常者なので、正常者との関係によってしょうじた常識をもっている。

その常識に、「うちの常識」が、あわないのである。

多くの普通の人が、うちの兄貴の行為やうちの親父の行為について、誤解をするのである。

●はっきり言えば「がんばらせる」ことができるようになる■社会※2026/05/13 15:03

「努力をすれば成功する」という文を考えた場合、努力をするかどうかが、成功するかどうかを決めるということになる。

しかし、実際には「成功したなら、努力をした」「成功しなかったなら、努力をしなかった」「成功しているなら、努力をした」「成功していないなら、努力をしなかった」ということになっている。

「成功しているなら、努力をした」ということになるのだから、成功しているかどうかが、努力したかどうかを決めることになる。

これ、逆なのである。

最初から、「成功しているなら、努力をした」「成功していないなら、努力をしなかった」ということが成り立っている。

だから、はずれることがないのである。

もちろん、でたらめだ。

「成功していないなら、努力をしなかった」ということになるので、成功していない人は、努力をしなかったと決めつけられることになる。

「自分は努力をした」と、努力をしなかったと決めつけられた人が言えば……努力をしなかったと決めつけたほうは「努力不足だ」とか「努力の方向が間違っている」とかと、言うことになっている。

最初から、決まっている。

でっ、こういうことが、上から下に、流れていくのである。成功の定義が言うたびにちがうし、言う人によってちがうので、その都度、成功の定義を自分の都合のよいように頭のなかで書き換えることができる。

だから、たとえば、底辺工場の下から二番目の人も、下から一番目の人には、『自分は成功した』という立場で、「おまえは、努力不足だ」「おまえの努力の方向が間違っているからダメなんだ」と言える状態になる。

こういうことが、上から下に、順番に、成り立っている。

層をなして、成り立っている。

これは、別の角度から見ると、「上の人」には、なにも言えなくなるということも、意味している。

どうしてかというと、上の人から「おまえは、努力不足だ」「おまえの努力の方向が間違っているからダメなんだ」と言われることになるからだ。

無理なことを言われても、無理なことができないのは、「おまえの努力不足だ」「おまえの努力の方向が間違っているからできないんだ」と言われるので、「それは無理だ」と反論しにくくなる。

基準を内面化しているので、さからえないのである。

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これは、「できると言えばできる」ということでも成り立っている。「それは無理だ」と言えば「無理だというから無理なんだ」「できると言えばできる」と言われることがわかっているので、「それは無理だ」と言いにくくなる。

特権階級の人が、一般人を支配するには、もってこいの言い方なのだ。こういう言葉がはやっていれば、特権階級の人は、一般人を酷使することができるようになるのである。

一般人のなかで、上下関係が成り立っているので、一般人のなかで、無理なことを上の人が下の人に押し付けることができるようになる。

ほとんどの人がみんな、言霊的な感覚をもっていない場合、 「できると言えばできる」なんて言っても、「なにをきちがいみたいなことを言っているんですか」と反論されるけど、ほとんどの人がみんな言霊的な感覚をもっている場合、「なにをきちがいみたいなことを言っているんですか」と反論しにくくなる。

まあ、言霊的な感覚をもっていない人もいる。けど、これは、程度問題だ。幼児期を経てきた人間は、幼児的万能感がちょっとは成り立っているので、言霊的な感覚を、ちょっとはもっているはずだ。

けど、なかには、幼児的万能感をまったくもっていない大人もいるかもしれない。それは、わからない。けど、多くの人が、大人になっても、幼児的万能感をちょっとはもっているはずだと考えたほうが、現実的だ。

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言葉は悪いけど、奴隷労働者を管理する上で、とても便利な言葉なのである。なにが便利な言葉かと言えば、「できると言えばできる」という言葉が、便利な言葉なのである。

そして、「努力をすれば成功する」という言葉が、便利な言葉なのである。

こういうことを奴隷労働者階級の人が(みずから)信じ込んでいれば、より効率的に管理できることになる。はっきり言えば「がんばらせる」ことができるようになる。 

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条件が悪い人は、成功できる確率が低いのである。だから、成功しない場合が多い。「成功していないなら、努力をしなかった」という言葉は、このことを覆い隠すことができる言葉なのである。

別に「成功していないなら、努力をしなかった」と言わなくても、なんとなく、そう思っていれば、じゅうぶんな効果がある。

成功していない人を(成功したつもりで)見下すことができるからだ。

そして、条件が悪い人にとたいして、「努力しないからダメなんだ」「努力が足りないからダメなんだ」「努力の方向が間違っているからダメなんだ」と説教をすることができる。

マウントをとることができる。

これは、気持ちがいい行為だから、社会のなかで繰り返される。やられたほうは、気分が悪くなることが多いので、どこかで、ほかのやつに、おなじことをやりかえそうとする確率が高くなる。

自分のより下の人間を見つけたら、「努力しないからダメなんだ」「努力がたりないからダメなんだ」「努力の方向が間違っているからダメなんだ」と言って、マウントをとりたくなる誘惑にかられる確率が高くなる。

多くの場所で、これが繰り返されていく。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。