2026年5月18日月曜日

●この、「いえ」と「よそ」の乖離がまた、問題なんだよな■騒音※2026/05/17 18:17

……しかし……。このさきどうするか?

ひとりで生きていくのはつらいけど……。ひとりで生きていくしかないかなぁ。

まあ、もしかりに、結婚したとしても、やばい展開になるが見えている。もう、つかれている。介護も介助もやりたくない。

いろいろな細かい記憶がよみがえってくるんだよ。これは、しかたがない。けど、その記憶がいい記憶じゃなくて、不愉快な記憶なんだよ。これは、問題だ。これ、どうも、なおりそうもないんだよな。どうも、生きている限り、続くみたいだ。

人によって、条件がちがいすぎる。条件がちがいすぎるよ。ほんとう、つかれた。長期ヘビメタ騒音でつかれた。そして、長期ヘビメタ騒音に対する「他人の反応」につかれた。

これ、不愉快なんだよ。

そして、長期ヘビメタ騒音が、すべてを削った。そのあと、長期ヘビメタ騒音のベースの上に、親父のネズミ騒動がつけくわわった。

親父らしい事件なんだよな。あれだけ、部屋をくさくしておいて、「くさくないよ!!!」と絶叫するやつなんて、親父ぐらいしかいない。

しかも、それが、ほんとうにネズミが(がんがん)入ってくる原因になっているのに、認めないんだよな。ほかの人がしないようなことをして、部屋を猛烈にくさくする。

それも、何十日もやってしまうわけで、そんなことは、認知症になった人だって、しない。

ともかく、普通の人はしない。あの当時、親父は、認知症だったけど、認知症じゃなくても、やっていたことなんだよ。これ、認知症の問題じゃなくて、親父の「もともとの性格」の問題なんだよ。親父がわかいときから、同等のことをやっているんだよ。

ほかの人に、どれだけなにを言っても、わからないと思う。

この、「いえ」と「よそ」の乖離がまた、問題なんだよな。

長期ヘビメタ騒音だって、そういう問題だ。 

2026年5月17日日曜日

●「できると言えばできる」と「努力すればできる」(1)■言霊※2026/05/16 5:21

「できると言えばできる」という文と「努力すればできる」という文は、おなじような機能を持つことになるのである。

「できると言えば、できる」のだから、「できる」と言えばできるのである。「できる」と言ったあとに、「できない」状態なのであれば、それは、言霊理論が間違っているからなのである。

「言い方が悪い」というようなことは、一切合切、関係がないのである。

言えば、言ったことが、言霊の力によって現実化される」という言霊理論が間違っているから、「できる」と言ったあとも、できない状態なのだ。「できる」と言ったあと、「できる状態」になることは、ある。

あるけど、いつも、一〇〇%、できるようになるかというとそうではないのだ。

そして、肝心なことなのだけど、言霊の力によって、「できる状態」になったのではないのだ。

たとえば、なわとびの二重廻しが、できない人が、「できる」と言ったあと、なわとびの二重廻しができるようになったとする。もし、「できる」と言ったことが関係しているのなら、それは、言葉の力だ。自己暗示はある。

それから、すでにできる体力的な条件がそろっていて、「できる」と言わなくても、その日には、できるようになっていたかもしれない。

ようするに、「時間」が必要だったのかもしれないのだ。

やるまえに、『ひょっとして、自分はできるんじゃないかな』と思ってやってみたら、できたということはある。

けど、赤ちゃんにはできない。「自分」が赤ちゃんのとき、二重廻しができるかというと、できない。

ようするに、身体的な成長をまたなければならない。体が成長するということも、「言霊」の力によって、体が成長したわけではない。

「できる」と言ったあと、できるようになったとしても、それが、言霊の力によって、できるようになったのだと考えるのは、すでに、言霊理論におかされているから、そう感じて、そう考えるだけなのだ。

「できる」と言わなくても、そのトライのとき、できたかもしれない。だいたい、できると言わなくても、やってみたら、できたことがあるはずだ。

それなら、「できる」と言わなかったときに、できるようになったことについては、どう説明するのだ?

言霊理論が正しいなら、親が、「この赤ちゃんは、三秒以内に二重廻しができるようになる」と言えば、言霊の力によって、「この赤ちゃん」は、三秒以内に二重廻しができるようになる。

もし、できるようにならないのであれば、言霊理論が間違っているということだ。

「この赤ちゃん」が成長して、一〇歳ぐらいになったとき、二重廻しができるようになったとする。その場合、言霊主義者は「この子が赤ちゃんとき、二重廻しができるようになる」と言ったから、言霊の力によって、二重廻しができるようになったと考えるのだ。

しかし、赤ちゃんのときはできなかった。成長をまたなければならなかった。

どうしてだ?

言霊の力で二重廻しができるようになったわけではないからだ。

身体的な成長が必要だった。そして、身体的な成長には、時間が必要だった。練習をすれば、できるようになるときはある。別に「できる」と言わなくても、できるようになるときは、できるようになる。

身体的な成長や、そのときの気分などが影響する。そのときの気分というのは、重要だ。

「できるようにしなければならない」とへんなところに力が入っていると、できることも、できなくなってしまう場合がある。気分は重要なんだよ。

そして、いちおうは、やってみたいという気分になっているわけだ。気分は、重要なんだよ。

トライしようと思っていないのであれば、そもそも、何回目かのトライで、できるようになるということがない。

しかし、「できる」と言わなかったのに、一回目のトライで、できることだってある。

その場合も、身体的な成長と気持ちが関係している。「できる」と言わなくても、一回目のトライできることはあるのだから、「できると言えば、できる」という一〇〇%構文の文は、間違っている。

命題として考えた場合、「できると言えば、できる」という命題は『偽』なのである。

さらに、言霊の力によってできるという考え方は、間違っている。

できると言ったあと、できる状態になることはあるけど、言霊の力によって、できる状態になったわけではないのだ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。