ほんとうに、ろくでもないやつばかりだったなぁ。彼ら、彼女らの想像力というのは、非常に限られていて、俺が状態を説明しても、状態がわからない。
ヘビメタ騒音について語っても、「騒音が鳴ってたんだな」というレベルの理解力しかない。
それなら、「騒音」だから、「俺だって経験がある」ということになる。「騒音」だから「わたしだって、経験がある」ということになる。
そして、そのわずかな騒音について考えて、「自分だったら、そんなのは影響をうけないことが可能だ」……と思う。そういうレベルの理解力しかない。
彼ら、彼女らが思い浮かべる騒音と、きちがい家族による騒音はちがう。スイッチが入っているきちがい家族による騒音は過酷だ。どんな騒音よりも過酷だ。
そして、おなじ家に住んでいるから、影響をうけないですませるということができない。
けど、こいつらの想像力だと、「自分なら、そんなのが鳴ってたって、勉強ぐらいできる」「勉強ができないなんて、あまえだ」と思うわけだよ。自動的にそう思って、確信してしまう。
どんだけ、俺にとって不利なシステムか?
こいつらは、みんな、きちがい家族と一緒すんでいるわけではない。感覚器を書き換えて、きちがい的なことだわりで、すべての使える時間、フルの音で思いっきり鳴らし続けるきちがい家族と一緒に住んでいるわけではない。
一緒に住んでいないから、影響をうけない。
一緒に住んでいないから、影響をうけないだけなのに、「自分なら、平気だ」と思ってしまう。
「騒音が鳴ってたんだな」というレベルの理解の「騒音」と実際に俺の部屋で鳴っていた騒音は、レベルがちがう。
影響力がちがう。
こいつらが、バカだから、わからない。こいつらに、同等の経験がないからわからない。
どれだけきついかわかってないだけの話なのに、えらそうなんだよ!!
きちがい家族が、きちがい的な意地で、きちがい的な感覚で、きちがい騒音を鳴らし続けると、俺がほかの人から、誤解をうけるようになっているのである。
そういうシステムなのである。