あんな音で、至近距離で、自分のきらいな音がガンガン鳴っていたら、勉強することなんて、無理なのに、ろくでもないやつらが「勉強ぐらいできる」と言う。
きちがい兄貴が、きちがい基準で、ほかの人がやらないことをすると、ほかの人は、経験していないわけだから、それが、どういう状態なのかわからない。自分ができると思ってることでも、実際に経験したらできないかもしれない。
しかし、経験していないから『自分ならできるはずだ』と思って、ろくでもないことを、言ってくる。ろくでもないやつらが、ろくでもないことを、俺に言ってくるということになる。
しかも、一日だけ、騒音が鳴っている状態と、五〇〇〇日間、騒音が鳴っている状態を区別しないのだ。
一日のなかで鳴っている時間がおなじ長さでも、一日目と、五〇〇〇日目は、ちがう。
五〇〇〇日目のほうが、つかれている。五〇〇〇日目のほうが、つらい状態になっているのだ。しかし、実際に五〇〇〇日鳴らされた経験がない人は、「そんなのは関係がない」と思ってしまう。
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たとえばの話だけど、言霊主義者というのは、「言えば、言ったことが現実化する」と考えているので「元気だと言えば元気になる」と思っている。だから、五〇〇〇日間、騒音がつみかさなって、つらい場合も、つかれている場合も「元気だと言えば元気になる」と思っている。
基本的に、相手の状態を無視する考え方が、蔓延している。言霊主義者にとっては、……五〇〇〇日間のヘビメタ騒音も「元気だ」と言えば、解決してしまう問題なのである。ところが、五〇〇〇日目に、「元気だ」「元気だ」「元気だ」「元気だ」とどれだけて言っても、元気にならない。