ほんとうは、自分だって、おこっているときは、どれだけ「うれしいうれしい」と言ったってうれしくならない人たちがいたとする。
この人たちを「ぬけぬけの人」と呼ぶことにする。
「ぬけぬけの人たち」のなかには、「絶対に、言えば言ったことが、(言霊の力によって)現実化する。これは正しい」と思っている人たちがいる。
けど、直前の出来事によって、「なまの感情」が「本人のなかに」発生しているときは、言葉で(自分の感情を)言い換えることができないのである。言うことで、自分の感情を書き換えることができないのである。
こういう人たちが増えると、どうなるかというと、自分のことは棚に上げて、ほかの人に、無理なことを言う人たちが増えてしまうのである。
自分にできないことを、他人には、要求する人たちが増えてしまうのである。
こういう人たち……ぬけぬけの人たちが、増えてしまうと、その分、社会は住みにくくなるのである。「言えば言ったことが(言霊の力によって)現実化する」ということが、正しいなら、社会はよくなるのである。
ところが、「言えば言ったことが(言霊の力によって)現実化する」ということが、正しくないので、社会は、住みにくくなるのである。
「言えば言ったことが(言霊の力によって)現実化するから、言えばいい」というのは、一見、いい助言に見えるけど、じつは、有害な助言なのである。
まあ、助言ですらないのだけど、言っている本人は、助言しているつもりなので、それにあわせて、助言と言っておく。
ともかく、もともと、本人だってできないことを、ほかの人に押しつけるための言葉になっているのである。
「言霊」に関する思考は、本人にだってできないことを、ほかの人に押しつけるための思考になっているのである。
「ぬけぬけの人」が増えれば増えるほど、まわりの人が、生きにくくなってしまうのである。「ぬけぬけの人」が増えれば増えるほど、条件が悪い人が、生きにくくなってしまうのである。
もともと不利な条件で、立場が低い人は、立場が上の人が、「ぬけぬけの人」だと、非常に苦労するということになってしまうのである。「ぬけぬけの人」は……自分のことは棚にあげて「無理なことを言ってくるようになる」からだ。
ともかく、「ぬけぬけの人」を増やすような行為は、一切合切やめるべきなのである。
社会において言霊理論が正しいということになっていると、悪意なく、ほかの人に無理なことを押しつけるということ、横行するようになる。