2026年7月30日木曜日

●意識は、自分がそうしているということを、認めない状態になっている■騒音※2026/07/30 0:25

もう、ほとんど、すべてのことに、やる気がなくなっている。薄いやる気しかない。

『なんとか、濃いやる気が復活してくれないかなぁ』と思う。

思っているのだけど、実際には、憂鬱になることが多く、つかれやすい状態で暮らしている。ヘビメタ騒音が鳴っている感じしか、しない。多くの人が無視する、きちがいヘビメタ騒音中の気持ちと、きちがいヘビメタ騒音後の気持ち……。

こんなの、わかるわけがない。

俺は、特別に、きちがいヘビメタ騒音がきらいなのである。ほんとうに、きちがいヘビメタ騒音がつもってつもって、俺の立場が悪くなった。

これ、ヘビメタ騒音がなかったとしたら、俺が勝手に、さぼっているだけに見えるのだよな。ところが、ヘビメタ騒音があった。この、きちがいヘビメタ騒音のやり方が、きちがいなのである。

みんな、兄貴の狂気がわかっていない。みんな、兄貴のきちがい感覚がわかっていない。

兄貴の感覚がわかっていないし、実際に、自分のきらいな音でやられたわけでもないので、わからないのだ。

そうなると、実際には鳴っていたのだけど、他人から見れば、「鳴っていないのとおなじだ」ということになる。。そして、これが奇妙なことなのだけど、きちがい兄貴が、その他人たちよりも、鳴らしたつもりがないのだ。

俺が、きちがい兄貴の騒音でこまっているということが、他人以上にわかっていないのだ。こんなの、ない。

ほんとうに、普通の人じゃない。普通の人なら、どれだけ、無視しても、わかることだ。ところが、きちがい親父とおなじで、きちがい兄貴にはわからないのである。

きちがい親父が竹を植えたとき、おかあさんに「いいだろ」「ほめてよ」と言ったことを書いたけど、きちがい兄貴のヘビメタ騒音終了後の気持ちというのは、「ほめてよ」という言葉を除けば、おなじなのである。

竹事件における親父の感覚が、そのまま、きちがい兄貴のヘビメタ騒音事件の感覚なのだ。ようするに、どれだけなにを言われても、「相手のことが」わからないのである。

おかあさんが、親父に、「竹を植えたら、ひどいことになるからやめて」「庭じゅうに、竹の根が伸びるからやめて」「隣の人に迷惑がかかるからやめて」と必死になって言っているのに、それが、まったくわからないのだ。親父が、ちょっとでも、竹の根が、地中で伸びるということを認めてしまったら、竹を植えられなくなってしまう。

それは、絶対にいやなのだ。だから、絶対に認めない。

そして、相手がこまっているということが、ほんとーーーに、ほんとーーーに、ほんとーーーに、わからないのだ。これ、無視しているとかじゃなくて、まったくわからない。どれだけ、なにを言われても、相手が言っていることがわからない。

自分の行為で、相手がこまるということが、わからない。

いちおう、わかって……わかっているけど、無視してやる切るということではないのだ。

親父がやっていることはそういうことではない。

どれだけ言われても、日本語がわかるのに、わからないのだ。相手のことが、きちがい親父の頭のなかに、まったく入ってこない状態になる。

どれだけなにを言われても、相手の状態だけは、まったくわからないままなのだ。認めたくないことは、どれだけ言っても、はねのけて認めないのだけど、意識的にはねのけて認めないようにしているわけではないのだ。

無意識的に、はねのけて、認めないようにしているので、はねのけて、認めないようにしているということ自体が、わからない。

親父の意識にのぼらない。親父がきちがい的な意地でやっていることなのだけど……はねのけて認めないということは、親父が、きちがい的な意地でやっていることなのだけど、意識は、自分がそうしているということを、認めない状態になっている。

自我は、自分がそうしているということを、認識していないのだ。

だから、全部が、すっぽぬけてしまうことになる。

これとおなじことが、きちがい兄貴のヘビメタ騒音に成り立っている。ほかの人がわかるわけがない。実際に、ほかの人は、自分がきらいな音を、あの至近距離で、あのでかさで、いっょに住んでいる家族に鳴らされ続けたことがない。

そりゃ、ちょっとはあるかもしれないけど、ぜんぜん、程度がちがうのだ。うちの場合は、程度がちがいすぎる。程度のちがいは、質のちがいになる。ぜんぜん、ちがう。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。