2025年8月24日日曜日

●「くるしみつづけろ」というメッセージ■言霊※2025/08/24 15:59

自己責任論において、自分を対象とした自己責任論と、他人を対象とした自己責任論があるように、言霊理論においても、自分を対象とした言霊理論と、他人を対象とした言霊理論がある。

自分を対象とした言霊理論も、他人を対象とした言霊理論も、言霊理論自体は、おなじなのである。ただ、対象がちがうのである。対象のちがいは、大きな結果のちがいをもたらす。

自分を対象とした言霊理論は、自己暗示のような言葉の力があるので、有益な場合もある。もちろん、有害な場合もあるのだけど、有益な場合もある。他人を対象とした言霊理論は、有害でしかないのだ。

他人を対象とした言霊理論というのは、「くるしみつづけろ」という呪いの言葉にしかならない。

これは、悪魔の装置なのだ。

もっと、厳密にいうと悪魔の「社会装置」なのだ。

他人を対象とした自己責任論も、けっきょくは、「くるしみつづけろ」「おまえがわるい」というメッセージを送りつけているのである。なので、これも、悪魔の「社会装置」なのだ。

他人を対象とした努力論も、「くるしみつづけろ」というメッセージを送りつけているのである。他人を対象とした努力論も、悪魔の「社会装置」なのだ。

他人を対象としたカルマ論も「くるしみつづけろ」「それで当然だ」「こういうあつかいであたりまえだ(自分や社会がおまえをこういうふうにあつかうのは、あたりまえだ)」という社会的なメッセージを含んでいる。

ようするに、他人を対象としたカルマ論も「くるしみつづけろ」というメッセージなのだ。

他人を対象とした思霊理論も、「くるみしつづけろ」というメッセージを送りつけているのである。

言霊理論の場合は、「言い方が悪かったから、現実化しない」ということになり、思霊理論の場合は、「思い方が悪かったから、現実化しない」ということになるのである。これは、最初から、決まっている。

どっちも、環境を無視したおまじないなので、効力がないことは、はっきりしている。

つまり、言われてやった人は、失敗するようにできているのである。

うまくいく場合だってある」と食いさがるかもしれないけど、それは、「言ったあと」「思ったあと」に、おまじないとは、まったく関係がない別の理由で、そうなっただけなのである。

それを、「おまじないのおかげてこうなった」とほんとうの理由を無視しているだけなのだ。

この場合は、すでに、自分を対象とした言霊理論や、自分を対象とした思霊理論になっている。

言われた他者が、やった時点で、言われた他者の視点にうつっている。言われた他者自身からすれば、自分を対象とした言霊理論になっている。

たいていの場合は、失敗するけど、たまたま、ほかの理由で、言った通りになったり、思った通りになったりする場合はある。

けど、それは、言霊理論が正しいということの証明にならないし、思霊理論が正しいという証明にもならないのだ。努力論の場合も、環境が悪ければ、たいていの場合、失敗するようになっているのである。

そして、くるしみ続けることになるのである。努力論においては、成功した場合でも、くるしみ続けることになるのである。名前だけ店長は、その日一日、努力することに成功したのである。

努力をしてやり遂げたのである。成功した。

しかし、それを毎日一五年間続けて、体が悪くなったのである。限界をむかえたのである。名前だけ店長は、一五年間毎日、努力することに成功し続けてきたのである。

けど、そのあいだじゅうずっと、くるしかったのである。他人を対象とした努力論だと「もっと続ければいいじゃないか」ということになるのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。