基本的なことを言ってしまうと、言霊を信じてしまうと、自動的に、不幸な人を見下すようになるのである。
どうしてかというと……言霊主義者にとっては……不幸な人というのは、ネガティブ言葉を使っている人だからだ。
「不幸な人は、ネガティブ言葉を使っているから不幸なのだ」とか「不幸な人は、ネガティブ言葉を使っているから、不幸なことが、いっぱい、まいおりる」ということになってしまうのである。
まあ、「不幸な人は、ネガティブな言葉を使うから、ネガティブな出来事を引き寄せてしまう」ということになるのである。
言霊主義者は、そのように認識してしまう。言霊主義者の頭のなかでは、……あくまでも、言霊主義者の頭のなかではということなのだけど……そうなってしまうのである。
そういうふうに、見ると、そういうふうに見えるということだ。
だから、「ネガティブな言葉を使っているのはダメ人間だ」ということになる。
ある言霊主義者が、社会的には、底辺層に属していても、やっぱり、「不幸な人は、ネガティブな言葉を使うから、ネガティブな出来事を引き寄せてしまう」と思ってしまう。
自分も、客観的にみれば、ダメ人間層に属しているのだけど、それでも、ほかの人のことに関しては、「ネガティブな言葉を使っているのはダメ人間だ」と思ってしまうのである。
だから、これは、別に、エリートの考え方ではないわけ。
普通の人や、底辺の人が「ネガティブな言葉を使っているやつは、ダメ人間だ」「ダメ人間は、みんな、ネガティブな言葉を使っている」「ネガティブな言葉を使っているから、ダメ人間なんだ」と思うようになってしまうわけ。
だから、「ネガティブな言葉を使わないようにしよう」と思うわけなんだけど、ネガティブな言葉を使わなくても、環境がもたらすことがあるわけ。
きちがい的な親と一緒に住んでいれば、きちがい的な親が、きちがい的なことをしてくるわけ。ブラック工場に勤めていれば、ブラック工場の上司や同僚が、いろいろなことをしかけてくるわけ。
そいつらは、そいつらで、動いている。
別に、だれか言霊主義者が、ネガティブな言葉を使わないようにしても、蚊が刺してくるように、迷惑なことをしてくるわけ。
ようするに、環境が問題なので、ネガティブな言葉を使うとか、使わないということで、環境がもたらすものをかえることができないわけ。
うすい毒ガスのなかで呼吸をしていると、どれだけ、「ガティブな言葉を使わないようにしても、うすい毒ガスの影響をうけるわけ。
毒ガスという物質と、体を構成する物質との間の相互作用があるわけ。それ……その相互作用は、ガティブな言葉を使わないようにする意志とは関係なく、進行するんだよ。
まあ、毒ガスにやられて倒れると、「ネガティブな言葉を使わないようにしよう」というような意識的な思考も、なくなるわけだけどな……。
環境と書いたけど、たとえば、毒ガスは、毒ガス条件であるわけ。だから、条件がもたらすものが、物質的なボディ(体)に影響を及ぼすわけ。これは、人間の脳みそというボディにおいても、おなじことが成り立つ。こういう物理的な反応を言霊の力で、かえるということができないんだよ。
けど、言霊主義者は、自動的に……言霊(の力)でかえられると思っているわけ。
ともかく、言霊的な解決方法は、有効ではないんだよ。
環境が普通の状態であれば、ストレス対抗期間範囲内で、体のしくみに基づくものなら、気分的な影響を、あたえることができるけど、それは、あくまでも、ストレス対抗期間範囲内のことだし、体のしくみに依存したものだ。
いちおう、ストレス対抗期間内かどうかということや、体のしくみに依存したものかどうかということは、体の内部のことなんだよ。
体の内部には、たしょうの影響をあたえる場合もあるということだ。これは、意志の問題だし、気分の問題だ。内部の状態について、普通の身体を通して、影響をあたえているだけなのである。外部環境は、別に、かえられるわけではないのだ。
言葉は、身体という内部環境に、多少の影響をあたえる場合もあるけど、この影響をあたえるチカラに、言霊はかかわっていない。
あくまでも、言葉の力だ。
言葉は、外部環境に影響をあたえる場合もある。AさんとBさんがいたとする。AさんがBさんを説得して、Bさんがなにかをやったとする。この場合、言葉がBさんの行動に影響をあたえたということになる。なら、言霊があるということになるかというと、ならないのである。
あくまでも、言葉の力であって、言霊の力じゃない。