言霊主義に目覚めた底辺の人は、概念的には、自分も含めて底辺のやつは、ダメ人間だと思うようになるわけ。
どうしてかというと、「底辺のやつは、ネガティブ言葉を使うから、底辺なんだ」と思うようになるからだ。
その人が、自分の客観的な「地位」を、考えた場合、自分は底辺に属すると考える場合、その人も含めて、言霊理論によって、一括処理で、ダメ人間にされてしまうのである。不幸な人と書いたけど、底辺の人でもおなじだ。
ようするに、言霊思考を受け入れてしまうと、社会的なピラミッドを肯定するようになり、自分が「下」である場合は、自分が「下」であるという意識をもってしまうのである。その場合、一度は、スポイルされたということになる。
そりゃ、自分で、自分のことを「下」の存在だと思うのだから、そうなる。
しかし、そこでは、とまらないのである。
基本的に、人間は夜郎自大なところがあるので、自分だけは、ちがうと思うのである。言霊理論を知った自分は、言霊理論を知らないやつよりは、「上」だと思うようになるのである。
だから、言霊主義者は、言霊理論を知らない人に、「言霊について教えてやろう」と思うようになる。
これは、まあ、上から目線であって、ともかく、言霊理論を知っている自分は、言霊理論を知らない一般人より、上だと思うようになるのである。
もう、ここらへんも、決まっていることだ。
やっぱり、宗教みたいなところがある。
宗教のわるい部分が、言霊主義にも組み込まれている。
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たとえば、大学が偏差値でランキング化されるとする。頭の中に、大学ヒエラルキーができあがる。これを、受け入れるかどうかの問題はある。あくまでも、業者の試験で序列化されただけなので、受け入れないということも、個人的には可能だ。
多くの人が、大学ヒエラルキーを受け入れた社会があるとする。まあ、ヒエラルキーと書いたけど、イメージとしては、ピラミッド構造があるというイメージだ。ピラミッドを平面的に見て、上のほうが、上流、中間が中流、下のほうが下流だ。上辺、中辺、底辺という言い方があんまり、しっくりこないのだ。
しかも、上辺(じょうへん)というのは上辺と書いてう「うわべ」と読む場合もあり、「うわべ」のほうが「じょうへん」よりも、よく使われるので、上辺、中辺、底辺という言い方は、統一性がないのである。「底辺」という言い方は一般的だけど、「上辺」や「中辺」という言い方は、あんまり一般的ではない。まあ、いいや。「底辺」と書くと、上流や中流という言葉を使いにくくなるのだけど、しかたがない。「下流」だと、これまた、いやなんだよなぁ。こまったな。
まあ、ともかく、書きたいことは、かわらない。
言霊思考には、「ポジティブ」「ネガティブ」というヒエラルキー観がある。
それが、そのまま、「人間の格」のヒエラルキーになってしまうのである。
言霊信者は、言霊教祖を尊敬してしまうわけだけど、言霊信者にとって、言霊教祖は、相当の上位者で、いい人だということになる。
言霊信者にとっては、言霊教祖は、性格がいい人だということになるのである。そして、たとえ、ネガティブなことを言っている人は、性格が悪い人だということになってしまうのである。
こういう、ヒエラルキー観ができあがってしまう。
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ほかの人よりも、蚊に刺されやすい状態でくらしている人がいるとする。
この人が、人並みの愚痴頻度で、愚痴を言っても、言霊主義者は、この人のことを「愚痴ばかり言う悪い人だ」と思うようになるのである。劣悪な環境で、蚊に刺されているだけなのに、性格が悪いと思われてしまうのである。
言霊主義者は、エス・オー・エスのサインをガン無視して、説教し始めるのである。もちろん、「愚痴ばかり言っている悪い人にいいことを教えてあげる」というような態度になる。
そして、言霊の力で、蚊の問題を解決することができないので、けっきょく、「かゆい」と言うことさえ、封じるということになる。けっきょく、「おまえの言い方が悪い」ということになって、蚊に刺される状態がずっと続くのである。あるいは、蚊に刺される状態が続きやすくなるのである。
もちろん、蚊に刺されやすい家に住んでいる人は、自分で、蚊の問題を解決しなければならないのだけど、言われることが、これなんだよ。
名前だけ店長が、これ以上、労働を続けるのは苦しいと言った場合だって、言霊主義者は、エス・オー・エスのサインをガン無視して、説教し始めるのである。
そして、その説教は、けっきょく、名前だけ店長が、くるしい労働をし続けることに、寄与するのである。
「できるできると言って、我慢すればいい」「楽しい楽しいと言って、我慢すればいい」「元気だ元気だと言って、我慢すればいい」というのが、言霊主義者の提案だからだ。
じゃあ、そういうことを言う言霊主義者が、上流なのかというと、そうではない場合が多い。下流だって、まるで、ブラック社長のようなことを言うのである。下流で、サービス残業をする側なのに、ブラック社長の言霊理論に賛成してしまうのである。
下流の側の人間が「できるできると言って、我慢すればいい」「楽しい楽しいと言って、我慢すればいい」「元気だ元気だと言って、我慢すればいい」と思って、サービス残業をしてしまうのである。
これは、ブラック社長にとっては、都合がいいことだけど、言霊主義者ではない下流の人にとっては、迷惑なことなんだよ。
ともかく、言霊主義者にとって、条件が悪い人のエス・オー・エスは、単なる愚痴なのである。そして、言霊主義者は、条件の悪い人を、性格の悪い人だと見下して、有害な助言をするようになるのである。
言霊主義者の条件が、たいしてめぐまれていない場合もそうなる。
底辺に属する言霊主義者も、言霊主義者として、他の底辺に属する人を、見下して、役に立たないばかりか、有害な助言をするようになるのである。
一度でも、言霊教祖の言葉を信じてしまうと、嘘と真実の区別がつかなくなり、嘘を信じて、有害な助言をするようになるのである。