言霊主義者も、自分が蚊に刺されたときは、蚊に刺されたあと、かゆくなったと思うのである。
「あたりまえのこと」に関しては、順番をひっくり返さないのである。
言霊主義者において、順番をひっくり返す機会と、順番をひっくり返さない機会と、どっちが、多いかというと、たぶん、順番をひっくり返さない機会のほうが圧倒的に多いと思う。
言霊主義者も、普段は、言霊的ではない思考をしているのである。
じゃあ、どういう機会に、言霊思考になってしまうのかということについて、ちょっとだけ言っておこう。
もう、すでに述べたことだけど、言霊主義者が、言霊的な思考になってしまうのは、自分の夢や希望に関するや、他人の身に起きたことに関することだ。
しかし、悪霊のようなものを想定している場合もあるのである。
「かゆくなる」と言ったから、実際に蚊がとんできて、自分を刺したというような悪霊思考も、たしかに、あると思う。
「かゆい」と言うから「かゆくなる」と、意識的な部分では、思っているわけだけど、それが、悪霊思考に結び付くのである。
ようするに、ネガティブなことを言ったから、それに対応する物理的な出来事が、発生したと考えるところも、あるのではないかと思う。
一のケース。蚊に刺されたからかゆくなった・蚊に刺されたあと、抗原抗体反応によってかゆさ感じた……と普通に考えることができる場合。一倍速で経験している「自分のこと」なら、通常は、言霊思考が出てこない。言霊思考にならない。
二のケース。「かゆい」と言ったから、蚊に刺されてかゆくなるということが発生した。「かゆい」と言ったから、「かゆい」という言葉の言霊が、蚊を連れてきて、蚊が自身をさすということが発生して、かゆくなった……と考える場合。つまり、悪霊思考になる場合。
三のケース。「かゆい」と言ったから「かゆくなった」と考える場合。身体の反応。「元気だ」と言えば元気になるとか、「楽しい」と言えば楽しくなるというような身体反応とおなじ。自分のからだが『思い込み』で反応するケース。
悪霊思考になる場合は、ジンクスを気にしている状態に近い状態になっていると思われる。これは、たぶん、「あたりまえだ」と思えないことに関して、言霊主義者が考える場合に出てくる考え方なのではないかと思う。
普通の「あたりまえのこと」は、言霊主義者においても、あたりまえのことだと理解して、言霊思考にはならないのである。
「どうして自分だけこうなったのかわからない場合」というのは、「あたりまえではないことが起こった」ということだから、悪霊思考になる余地がある。いいことに関しては、たぶん、夢がかなうというようなこととおなじなのだろう。悪いことに関しては、悪霊思考になるのではないかなぁ……と思う。