ほんとうは、条件の差がつくりだしていることなのに、精神世界の人たちが、性格の差にしてしまうということがある。
ほんとうは、条件の差がつくりだしていることなのに、言霊主義者が、言ったかどうかの差にしてしまう。なにを言ったかの差にしてしまう。
たとえば、おカネのことについて考えてみよう。「ある」とか「ない」とかではなくて、ほんとうは、どの程度あるかということが問題になる。
けど、まあ、おカネがあるというのは、一億円以上おカネをもっているということにしておこう。おカネがないというのは、貯金がなく、収入も低く、運用できるおカネが、一万ぐらいしかないとしておこう。
おカネの差というのは、どういう家に生まれたかで、だいたい決まってくる。
もちろん、例外はある。落ちるのは、簡単だからだ。子供のころは、親が会社の経営をしていて、順風満帆で、おカネがあった。親の金だけど、親には三億円以上の貯金があった。けど、会社が倒産して、親は借金まみれ、本人も、カネがない状態になった。そして、なかなか、かせげない状態になった。
そういう場合だって、ある。
けど、おカネがある家に生まれて、文化資産がある状態で、成人するまですごした人と、おカネがないうちに生まれて、文化資産がない状態で、成人まですごした人の差というのが、けっこう、ある。これは、じつは、かくれたところでものをいうのだ。
まあ、おカネがあるうちに生まれると、本人も、お金をかせぎやすくなるのだ。おカネがある家生まれると、いろいろとそろっているので、お金をかせぎやすくなる。
だから、おカネがあるかどうかということを考える場合には、本人がどういう家に生まれて、どういう文化資産があるかということと、本人がいま、どのくらいの運用資金をもっているかということが重要になる。
いま、一億円の運用資金がある人と、いま、一万円の運用資金がある人とでは、お金の儲けやすさが、ぜんぜんちがうのである。現在の状態に、すでに差がある。けど、その差を無視して、「言ったかどうか」の差にしてしまうのである。
「おカネがある」と言っている人のところには、おカネが集まってくる。「おカネがない」と言っている人のところからは、おカネが逃げていく……などと言って、どういうことを言ったかの差にしてしまう。
カルト理論によれば、「おカネがある」と言えば、言っただけで、おカネがある状態になるのである。
「おカネがない」と言えば、言っただけで、おカネがない状態になるのである。
もちろん、嘘だ。
今現在もっているおカネの差……資金の差を無視して、「言ったかどうか」に意識を集中させている。
今現在、もってるおカネの差というのは、重要な差だ。
この重要な差を無視してしまうのである。無視できない差を無視してしまうのである。