2025年8月18日月曜日

●「例」が勘違いだから、もうその時点で、相手にするべきではない■言霊※2025/08/17 17:54

「蚊は刺さない」と言えば、「蚊が刺さないようになる」かということについて、ちょっと書いておく。いちおう、蚊と言ったらメスの蚊のことだとする。

「蚊は、自分のことをささない」とどれだけ「うまく」言ったって、蚊の本能的な行動がわかるわけではないのだ。

言霊主義者は、「蚊は刺さない」と言ったあと、蚊がいない部屋に行って、蚊に刺されなくなったら「蚊は刺さない」と言ったから、言霊の力によって、蚊が刺さなくなったと思うのだ。言霊主義者がやっていることは、こういうことだ。

ちゃんと、手品のタネがある。

何度も言うけど、言霊主義者は、「言ったあと」と「言ったから」の区別をせず、「言霊の力」と「言葉の力」を区別しないので、言霊理論を信じているだけだ。

かならず、トリックがある。

「だましポイント」がある。

なにか、例をあげて、法則性があることを説明したとする。「例」から「法則性のある全体」という流れがある。

部分から、全体への流れがあるのだ。

言霊の説明は、「例」が勘違いだから、もうその時点で、相手にするべきではないのだ。かりに、例が勘違いによるものではなかったとする。その場合だって、「部分」から「全体」への説明には、注意をしたほうがいい。

その全体は、その部分を含んでいるかもしれないけど、その全体は、それ以外の部分も含んでいるかもしれないからだ。

「例」にからくりがあるということだって、言霊主義者にどれだけ、丁寧に説明しても受け入れてくれない。「例」に嘘がない場合だって、ほんとうは、理論的には、部分において、そのことが成り立つからといって、全体において、そのことが成り立つとは限らないのだ。

これも、説明しても、(言霊主義者は)受け入れてくれないのである。

「なんだこんにゃろう」「言霊は正しい」と言って、俺に対して、恨みをもつことになる。たいていの言霊主義者にとっては、そういうことを説明した俺が、いやな人間になるのである。

ぼくの経験の範囲だと、すべての言霊主義者がそういう反応をした。

手短にいうと、「蚊は人間を刺さない」と言っても、蚊の本能をかえることができない。「蚊は人間を刺さない」と(だれか言霊主義者が)言ったあとも、蚊は、本能にしたがって行動するのである。言霊主義者が「蚊は人間を刺さない」と言っても、蚊の本能行動をかえることができないのである。

蚊の脳みそを、かえることができないのである。なので、「蚊は人間を刺さない」と言っても、条件がそろえば、蚊は、本能にしたがって行動をして、人間を刺すのである。これが、わからない。

言霊主義者は、言霊の力で「なんでもできる」ようなことを言うけど、本当は、言霊の力では「なにもできない」のだ。

そりゃ、言霊の力で、蚊の脳みそをかえることができないのとおなじで、なにもできないのである。言霊主義者が「言霊の力でなんでもできる」と思っているのは、「言ったから」と「言ったあと」を勘違いして、「言葉の力」と「言霊の力」を勘違いしているからだ。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。