「蚊は刺さない」と言えば、「蚊が刺さないようになる」かということについて、ちょっと書いておく。いちおう、蚊と言ったらメスの蚊のことだとする。
「蚊は、自分のことをささない」とどれだけ「うまく」言ったって、蚊の本能的な行動がわかるわけではないのだ。
言霊主義者は、「蚊は刺さない」と言ったあと、蚊がいない部屋に行って、蚊に刺されなくなったら「蚊は刺さない」と言ったから、言霊の力によって、蚊が刺さなくなったと思うのだ。言霊主義者がやっていることは、こういうことだ。
ちゃんと、手品のタネがある。
何度も言うけど、言霊主義者は、「言ったあと」と「言ったから」の区別をせず、「言霊の力」と「言葉の力」を区別しないので、言霊理論を信じているだけだ。
かならず、トリックがある。
「だましポイント」がある。
なにか、例をあげて、法則性があることを説明したとする。「例」から「法則性のある全体」という流れがある。
部分から、全体への流れがあるのだ。
言霊の説明は、「例」が勘違いだから、もうその時点で、相手にするべきではないのだ。かりに、例が勘違いによるものではなかったとする。その場合だって、「部分」から「全体」への説明には、注意をしたほうがいい。
その全体は、その部分を含んでいるかもしれないけど、その全体は、それ以外の部分も含んでいるかもしれないからだ。
「例」にからくりがあるということだって、言霊主義者にどれだけ、丁寧に説明しても受け入れてくれない。「例」に嘘がない場合だって、ほんとうは、理論的には、部分において、そのことが成り立つからといって、全体において、そのことが成り立つとは限らないのだ。
これも、説明しても、(言霊主義者は)受け入れてくれないのである。
「なんだこんにゃろう」「言霊は正しい」と言って、俺に対して、恨みをもつことになる。たいていの言霊主義者にとっては、そういうことを説明した俺が、いやな人間になるのである。
ぼくの経験の範囲だと、すべての言霊主義者がそういう反応をした。
手短にいうと、「蚊は人間を刺さない」と言っても、蚊の本能をかえることができない。「蚊は人間を刺さない」と(だれか言霊主義者が)言ったあとも、蚊は、本能にしたがって行動するのである。言霊主義者が「蚊は人間を刺さない」と言っても、蚊の本能行動をかえることができないのである。
蚊の脳みそを、かえることができないのである。なので、「蚊は人間を刺さない」と言っても、条件がそろえば、蚊は、本能にしたがって行動をして、人間を刺すのである。これが、わからない。
言霊主義者は、言霊の力で「なんでもできる」ようなことを言うけど、本当は、言霊の力では「なにもできない」のだ。
そりゃ、言霊の力で、蚊の脳みそをかえることができないのとおなじで、なにもできないのである。言霊主義者が「言霊の力でなんでもできる」と思っているのは、「言ったから」と「言ったあと」を勘違いして、「言葉の力」と「言霊の力」を勘違いしているからだ。