たとえば「元気だと言ったら、元気になる(元気になったような感じがする)」という身体感覚があるとする。
これが、言霊主義者にとって、言霊理論が正しいという根拠になってしまうのである。
「いたいと言うから、いたくなる」「つらいと言うから、つらくなる」「かゆいと言うからかゆくなる」というのも、身体感覚が関係しているのである。
「楽しいと言うと、つまらなくても、たのしくなる」という言霊思考も、このうちのひとつだ。
じつは、言霊主義者が、「言霊理論が正しい」と思う、根拠になるようなことというのは、非常に、かぎられている。
とりあえず、「元気だ元気だと言えば元気になる」「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」「つらいと言うから、つらくなる」というような、自分の感情に関係するものを言葉・感情関係といっておこう。
そして、「いたいと言うから、いたくなる」「かゆいと言うからかゆくなる」「眠たいというから眠たくなる」というような、自分の身体感覚に関係するものを言葉・身体感覚関係といっておこう。
何度も書いているけど、いたいと言ったって、いたくならないことのほうが多い。いたいと言ったって、いたくならない人のほうが多い。
「いたいと言うから、いたくなる」の場合も、一〇〇%詐欺が成り立っていて、あたかも、一〇〇%の確率でいたくなるようなことを言っているけど、ほんとうは、ちがう。
たいていの場合は、いたいと言ったっていたくならないのである。
しかし、言霊主義者は、言ったことが現実化すると思っているので、それに沿った身体感覚をうみだしやすいのである。まあ、暗示だ。自己暗示の世界なのである。
自己暗示に関していうと、これまた、言葉による自己暗示であって、言霊はまったく関係していない。言霊という超・物理的な力によって、いたくなっているわけではないのである。
つまり、言霊主義者は、言霊(の力)によって、その身体感覚がしょうじていると思っているのだけど、言霊(の力)は、一切合切関係がない。言葉の力と、言霊の力を混同している。
そして、このような身体感覚がしょうじる場合は、その身体感覚を、事前に経験していなければならないのである。
いたさを感じたことが一度もない場合は、「いたい」と言っても、いたくならないのである。
自己暗示力が強い人でも、事前に「いたさ」を感じていなければ、「いたさ」の感覚を暗示で再現できないのだ。
これは、言葉より先に、体験があるということを、意味している。
いたい感覚が、まずさきにあって、あとで、この感覚を「いたい」という日本語で表現するのだということを、学習するのである。学習していなければ、「いたいという言葉」と「いたさの感覚」の連合はできあがらないのだ。 痛覚神経に問題があれば、いたさを感じないわけだけど、もともと、いたさを感じないのであれば、「いたい」と言っても、いたさは感じない。
「いたい」と言うと、超自然的な言霊の力によって、痛覚神経の問題がなおって、いたさを感じるようになるわけではないのだ。
まず、「言葉と身体感覚の連合」ができあがってなければならないのである。
それから、いたくないときに、いたいと言って感じるいたさというのは、ほんとうに理由があるいたさとは、ちがうもなのである。
たとえば、AさんとBさんがいるとする。Aさんが、Bさんの背中を鉄バットで、たたいたとする。Bさんが、鉄バットでたたかれたときに感じるいたさは、Bさんが、いたくないときに「いたい」と言って感じるいたさとは、ちがうのである。
Bさんが、特別に自己暗示がうまい人でなければ、「いたい」と言っただけでは、いたさを感じないことのほうが多い。そして、たとえば、背中の状態が、鉄バットでたたかれるまえとは、ちがうのである。
実際に、たたかれた場合は、その強さにもよるけど、骨が折れたり、たたかれたところがはれたりする。
「いたくない」と言っても、いたいのである。
いたさが、しばらく持続する。
何度も言うけど、実際に身体的な変化がある。「いたい」と言っただけで感じるいたさの場合は、「いたくない」と言えば、いたくなくなるし、いたさが持続することはない。
そして、骨が折れるとか、たたかれたところがはれるという身体的な変化がしょうじない。
「いたい」と言うことで感じる「いたさ」は、あくまでも、「いたいような気がする」といった「いたさ」なのだ。暗示がとければ、すぐになくなってしまうようないたさなのである。
しかも、「いたい」と言っただけで、実際に、いたさを感じる人は、かなりの少数派だ。
言霊主義者は、「言霊の力でそうなる」と言うけど、ほんとうは「言葉の力で、そうなったような気がする」だけだ。
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言霊主義者は、言霊の力でそうなったと思っているのだけど、じつは、言葉の力でそうなったような感じがしているだけだ。言霊の力で、いたくなるわけではなくて、言葉の力で、いたくなったような感じがしただけだ。