あーー。午後六時二六分か。きちがいヘビメタが、すごい音で鳴っていた。きちがいヘビメタが、すごいんだぁーー。空間をこわすんだぁーー。脳みそをこわすんだーー。
ホシオメタシスをこわすんだーー。こわすんだーー。こわすんだーー。だれも、わかってくれない。だれも、わかってくれない。
ほとんどの人が……「そんなの関係がない」と言う。 「鳴り終わったら、関係がない」と言う。学校から帰ってきたあと、約七時間鳴らされたら、そりゃ、次の日に影響があるって……。
約七時間鳴らされたあと……自分が、この世で一番嫌いな音を、ガンガンガンガン、ずっと……あの至近距離で鳴らされ続けたら、眠る時間になっても、眠れないという状態になる。
眠れな状態になるということがわかってないから、「鳴り終わったら、関係がない」と言う。
ちゃんと、七時間の影響をうけて、眠れない状態になっている。
ちなみに、午後一〇台の音は、たしょうさげていたけど、それでも、ぼくの部屋では、爆音なんだよ。午後一一時一〇分に鳴り終わったって、午後一一時一〇分から眠れるわけじゃないのである。
ところが、「そんなの、関係がない」「鳴り終わったら関係がない」「過去は関係がない」と思っているやつらは、眠れると思っているのである。
自分なら眠れる……そういうふうに、ドヤ顔のバカたちが思っているのである。このドヤ顔のバカなやつらに、眠れないということでバカにされるのである。
平日、約七時間の騒音が、それを約束しているのである。
どれだけ、強く、耳をふさいでも、きちがいの音が、がんがんがん、耳に入ってくる。脳みそに入ってくる。完全に除去しないと、勉強ができない状態なのに、それが、ドヤ顔のバカにはわからない。
そして、この点でも、ドヤ顔のバカにバカにされるのだ。
そういう屈辱が、きちがいヘビメタ騒音には、ついているんだよ。
標準でついているわけ。
もちろん、きちがい兄貴は、認めない。
だいたい、きちがい兄貴は、きちがい兄貴の友だちが「こんなでかい音で鳴らしたことがない」と言っているような音で鳴らしているのに、ぜんぜん、でかい音だと思っていないのだ。
ここのところが、きちがい親父とそっくりなのだ。きちがい兄貴のこの態度と感覚は、きちがい親父の態度と感覚と、まったく、おなじなのだ。
そして、このふたりが、ほかの人は、ぜんぜんちがうのだ。
ほんとうに、きちがいという言葉をつけて説明しないと、ほかの人がわからないレベルで、ずば抜けている。きちがい感覚がすごいのである。
ほかの人は「ちゃんと言えばわかってくれる」「家族なんだからわかってくれるでしょ」とも、思っているのだけど、ぜんぜん、ちがうのだ。