2025年8月3日日曜日

●こいつらの態度は、横柄な態度だ■騒音※2025/08/03 13:09

このさき、どうするかな? どれだけ、書いても、しかたがない。どれだけ、考えてもしかたがない。どうするか? どうするか?

ほんとうに、いろいろなことがあったけど、幼児期のきちがい親父のこととか、少年期から青年期のきちがい兄貴の騒音とか、ほかの人にはわからないことなんだよなぁ。みんな、「俺だって苦労した」「俺だって騒音ぐらいあった」「俺だって、朝はつらい」と言う。そうなんだろうけど、それって、きちがい家族がやったことによって、できた、つらさじゃないよね。騒音の騒音がちがう。苦労の苦労がちがう。

だいたい、「鳴り終わったから関係がない」と言われたときの、俺の気持ちがわからないというのは、たいして、つらい騒音を経験しなかったということなのである。こいつらに、どれだけなにを言っても、きちがいヘビメタ騒音の日々は、わからない。どれだけ影響があるかわかってない。関係がない」と言われて、どれだけ傷つくかわかっていない。関係がないわけがないのだ。あきらかに、ヘビメタ騒音でこまっているんだよ。ヘビメタ騒音が鳴っていなかったころには、味わったことがない、つらさなんだよ。ヘビメタ騒音が鳴っていなかったころには、味わったことがない、騒音なんだよ。ぜんぜん、質がちがう。ところが、「質がちがう」と言ったって、『関係がない』というやつらには、まったく、まったくわからないのである。こいつらの態度は、横柄な態度だ。ヘビメタ騒音にやられたことによって、……実際にやられたことによって、こいつらが俺に対して、横柄な態度をとるようになるのだ。そして、横柄な態度をとったやつが、助言をしたする。この助言は、言霊主義者の助言とおなじなのである。無理な話なのである。けど、こいつらは考えが浅いので、無理な話だということを認めないのである。こいつらは、ほんとうに、頭にくる。どれだけ自分が妄想的なまちがったことを言っているのか、まったくわかっていない。

あーあ。日曜日の午後一時だ。どれだけでかい音で、ガンガン鳴らしているか、わかってないね。自分だって、自分がきらいな音を、あのでかさで、鳴らされ続けたら、眠れなくなるのに、それがわかっていない。鳴り終わったら、関係がない……と言う。鳴り終わったら、関係がないから、眠れると言う。自分なら、鳴り終わったらすぐに眠れるという前提で、ものを言ってくる。「鳴り終わったら、眠れるわけではない」ということを、説明しても、言霊主義者が、言霊理論の矛盾を認めないように、認めない。こんなやつに、「鳴り終わったら関係がない」「俺だって苦労した」「俺だって騒音ぐらいあった」と言われることが、どれだけ、俺にとって、くやしいことか、ほんとうにわかっていないんだよな。

*     *     *

あの生活はちがう。あの生活は、ちがう。ほんとうに、どれだけ切羽詰まった生活になるかわかっていない。ほかのやつらは、経験したことがないのでわかっていない。きちがいが、きちがい感覚でやってしまうんだよ。絶対に止めることができない。こっちは、やられっぱなしだ。ほんとうに、脳みそをたたかれていたい感じだ。あの音のなかで、まともなことを考えるということができない。当然、勉強なんてできない。中学三年間、高校三年間、まったく勉強ができないということが、どういうことなのかわかっていないやつらばかりだ。他人事だから、「そんなのは、関係がない」と言うのだよ。 

●「おカネがある」と言えば、言っただけで、おカネがある状態になる(3)■言霊※2025/08/03 0:56

条件が固定化している場合は、条件がもたらすことについて、言う機会が増えるのである。

たとえば、蚊が一〇〇匹いるような家に住んでいる人は、「かゆい」という機会が増えるのである。「かゆい」と言うから、言霊の力で、かゆくなったのではないのである。「かゆい」と言うから、言霊の力で、蚊が一〇〇匹集まったわけではないのである。

ところが、言霊主義者は、「かゆい」と言うから、かゆくなると、本気で思っている。断言してしまう。原因について勘違いしてしまう。そして、その勘違いを認めない。

「かゆい」と言うからかゆくなるんだと本気で思っているのである。

かゆいという言葉に宿っている、悪い怨霊が、かゆさを引き起こすのである。

かゆいという言葉に宿っている、悪い怨霊が、蚊かが一〇〇匹もいる家に住まなければならないような状態を、引き寄せるのである。

怨霊と書いたけど、「ネガティブな言葉だ」と言霊主義者が考えていることについては、言霊の力というのは、怨霊の力とおなじような意味をもつのである。不吉なことを言うと、不吉なことが起こると考えているのだから、そうなる。

だから、これは、言葉というかたちのないものに対する物神性のようなところがある。

ポジティブな言葉には、神や天使の影響が宿っていて、ネガティブな言葉には、怨霊や悪霊や悪魔の影響が宿っているのである。

まあ、たぶんもっと単純に言うと、ポジティブな言葉には、神が宿っていて、ネガティブな言葉には疫病神が宿っているということになる。神の力によって、そうなるのである。

言葉には言霊が宿っているというけど、意味内容によって、神が宿っていることになったり、疫病神が宿っていることになるのである。

だから、たとえ、「起きなくても」そうなる感じがするのである。これは、ジンクスみたいなものだ。なにか見えない力によって、たとえ、言った時点で、そうならなくても、長い時間を経たあと、そうなるというような感じ方がある。

言った時点と、現実化した時点と言うことを考えると、言霊主義者が、言ったから現実化したと思った時点で、いちおうは、終了するのだけど、言霊主義者が言っても堅実化しなかったと思っているあいだは、いつも、現実化する可能性があることなのである。もちろん、言霊主義者にとっては、そうなる。

ようするに、手短にいうと、やはり、怨霊に近い概念なのだ。あるいは、呪いに近い概念なのである。ネガティブとか、ポジティブということをどうやって決めるのかという問題が、じつはある。

もちろん、言霊主義者は、そんなことでは悩まない。自分にとって、ネガティブだと感じることは、なんでもネガティブなことなのである。自分にとってポジティブだと感じることは、なんでもポジティブなのである。

ところが、本人の現実的な問題について悩んでいるときは、普通に、ネガティブな言葉を使っているのである。言霊主義者は、普通に、ネガティブな言葉を使っている。ところが、まったく気がつかないのである。

言霊主義者が、「あたりまえだ」と思うことについては、「こうすると、こういう悪い結果になる」ということを普通に、考えている。言霊主義者は、「あたりまえだ」と思うことについては、ネガティブな言葉を使っているのだ。

しかし、「あたりまえだ」と思う文脈においては、ネガティブなことを言ったということは、まったく気にならないのである。つまり、「あたりまえだ」と思う文脈では、「疫病神」にならない。「のろい」にならない。

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時系列的なことを考えると、「言った」時刻と、そのあとの時刻が問題になる。そのあとの時刻というのが、複数あるのだ。たとえば、「このままでは病気になる」と言ったあと、病気にならなかったとする。しかし、ならなかったら、その回で終わるというわけではなくて、そのあとも、「このままでは病気になる」と言ったので「のろい」が発生して、「病気になる可能性」がある状態が続くのである。

ポジティブな言葉に関しても、じつは、時効がない。言ったら、「希望」としては、ずっと成り立ち続けるのである。

しかし、それは、現実的なことを考えているときは、普通に、無視されてしまうのである。

「のろい」の場合も「希望」の場合も、現実的な思考をしているときは、ガン無視してしまうのである。

しかし、ガン無視していることに、本人は気がつかない。まったく気がつかない。

言霊主義者は、言霊を信じているので、「病気にならない」と言ったら、「病気にならない」体になるのである。「これ以降、病気にならない」と言ったら、これ以降、病気になることはないのである。

ところが、それでも、現実的な思考をしているときは「ワクチンを打っておくかな」というようなことを考えるのである。どんな、病気がはやっているにしろ、一度「自分は病気にならない」と言ったら、病気にならないのである。

それが、言霊主義者が、「言霊は絶対だ」と考えているときの思考なのである。

けど、自分が病気になる可能性は、あると思っているのである。ある時点で「自分は病気にならない」と言ったにもかかわらず、そのあとのある時点では「自分が病気になる可能性は、ある」と思っているのである。

ちなみに、言霊主義者の言うように、言霊理論が正しいなら、「すべての病原体が消滅する」 と言えば、だれも病気にかかることはないのである。言霊理論においては、言ったことの内容に制限がかかることがないのである。

だから、どんな不可能なことだって、「言ってしまったら」可能なことになり、現実化するのである。そういう力が言葉には宿っていると言うことを言っているのだけど、実際には、『すべての病原体が消滅する」と言ったって、すべての病原体が消滅することはないだろう』と思っているのである。

しかし、人の前では「言霊は絶対だ」と言ってゆずらないのである。言霊主義者は……。

言ったことの内容に制限がかかることがない」ないのだから、「不老不死になる」と言えば、不老不死になるのである。「これ以降、すべての人間が、不老不死になる」と言えば、すべての人間が、不老不死になるのである。

そういう力が、言葉には宿っているのだと言うことを、言霊主義者は、主張しているのである。

信じているのである。

信仰しているのである。

ところが、『不老不死になると言ったって、不老不死になるわけじゃない』と、普段は思っているのである。しかし、言霊主義者は、矛盾をまったく感じないのである。

だから、自分が死ぬことについて考えたりするのである。老後の生活をどうするか考えたりするのである。自分が倒れたとき、救急車に連絡をしようと思ったりするのである。「不老不死になる」とひとこと言えば、死ぬという問題を解決できるのである。

言葉には、言霊というすごい力が宿っているので、ひとこと言えば、死ぬという問題を解決できるのである。そういうことを、言霊主義者は、ほかの人には、言っているのである。

けど、現実的な場面では、自分が死ぬことを考えたりするのである。自分がけがをすることや、自分が病気になることを考えたりするのである。おカネの心配をしたりするのである。

自分の現実的な問題に関しては、強力な言霊の影響なんて、考えないのである。

これが、言霊主義者の実態なのである。 


毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。