2020年9月5日土曜日

『本人』だって「できない」ようになるのに、それがわかってない。


「ものすごい音でヘビメタが鳴ってたんだぞ!!」「ものすごい音でヘビメタが鳴ってたんだぞ!!」「ものすごい音でヘビメタが鳴ってたんだぞ!!」と怒鳴りたくなるときがある。
「俺が怒鳴る声の、一〇〇倍でかい音でヘビメタが鳴ってたんぞ!!」と怒鳴りたくなる。

どれだけ、でかい声で、怒鳴ってもヘビメタの音にまける。ほんとうに、気違い的にでかい音で鳴ってた。気違い的にでかい音でずっと鳴っていると、ほんとうにできなくなることがあるのである。本当にできくなるのである。あーー、それなのにそれなのに、ヘビメタ騒音の影響を無視するやつが、いろいろな「できないこと」を押しつけてくる。こういう、世界になってしまう。ヘビメタ騒音がなければ!!!できる。けど、ヘビメタ騒音が鳴っていると「できない」。けど、他人には、ヘビメタ騒音がどれだけでかい音でなっているかわからないし、そういう音がずっと鳴っている状態で生活すると「できなくなる」といこうとがわからない。

自分の体でわからない。自分の経験でわからない。その人たちが経験した騒音というのは、ヘビメタ騒音相当の音ではない。ヘビメタ騒音ほどでかくないし、ヘビメタ騒音ほど「ながく」続かない。どれだけ、騒音で体がぼろぼろになるかわかってない。

ほんとうに、「すべて」に影響を与える。この「すべて」というのは、非・合理的な思考ではない。そりゃ、影響を受けたら、影響を受けるでしょ。たとえば、毒をもられた場合、毒が効いている時間は、「すべてのことが」影響を受ける。毒が、後遺症をもたらすものであれば、毒を飲んだあとずっと、影響がある。体に影響がある。すべてのことを、毒に影響を受けた体でやることになるので、すべてのことが、影響を受けていると言っても、非・合理的ではない。

むしろ、毒の影響を無視して、「過去において毒を飲んだって、いまには影響がない」と考えるほうが非・合理的なのだ。どうして、これが、わからないか??

まあ、影響が残るような、繰り返される物理刺激を経験したことがないのだろう。影響は残る。けど、他の人は、経験的にわかってないので、影響は残らないと思っている。影響は残らないと思っている人から見ると、ぼくが言っていることが非・合理的に見えるのである。こだわらなくてもいいことにこだわっているように見えるのである。甘えているように見えるのである。ダメ人間のように見えるのである。

本当に、ヘビメタ騒音は、『その他の時間』を追い出してしまうのである。これがわかってない。ヘビメタが一二時間鳴っていたら、四八時間、働いているのと同じことになる。そういう疲れがある。そういう疲労がたまる。

半日で、二日ぶんの遅れが出る。一日は二四時間しかないのだけど、気違いヘビメタが一二時間鳴っていると、四八時間分の『おくれ』がしょうじる。四八、引く、一二で、三六時間が消えしまう。〇時間で三六時間ぶんの『疲労』を回復しなければならなくなる。ヘビメタの毎日というのは、そういう毎日だ。切羽詰まっている毎日なのである。宿題だって、できない。うちでやることは、ほとんど全部できなくなる。

 

学校でやることに関しても、じつは前の日や、前の前の日の影響がある。一〇〇〇日つづいたら、一〇〇〇日ぶん、つもっている。遅れも、疲労も、つもっている。体の感覚としてそういうことがわかってないのは、『本人』が自分のこととして、経験してないから。ヘビメタ騒音か『本人』にとってヘビメタ騒音級の騒音を経験してないから。『本人』が、俺よりすぐれているからではない。『本人』が、俺より体力があるからではない。『本人』が、俺より根性があるからではない。けど、経験してないと、ほぼ一〇〇%の『本人』が、そういうふうに誤解する。


これがわかってない。あとは、「できる」というのは、ヘビメタ騒音がない状態ならできることだから。……ヘビメタ騒音を経験してない人は、ヘビメタ騒音がない状態でできることを『人間が』できることだと思っている。俺もヘビメタ騒音がなければ、できるけど、ヘビメタ騒音がある場合は、できない。どーーしてもできなくなる。それは、たぶん!他の人間もおなじだ。

他の人間とぼくの違いは、じつは、ヘビメタ騒音を経験したかどうかなのである。言っておくけど、ただのヘビメタ騒音ではなくて、この世でぼくが経験したヘビメタ騒音だ。逃げられないところで、気違い家族が鳴らしているヘビメタ騒音だ。ほんとうは、本人にとってヘビメタ騒音級の音を鳴らされ続ければ、『本人』だって「できない」ようになるのに、それがわかってない。


 

2020年9月1日火曜日

発狂モードでやり続けたことは、どれだけやったってやってないことになっている……


ヘビメタ騒音でくるしい記憶しかない。だいじなことは、ヘビメタ騒音の中で、もげて、こぼれていった。

俺が「できない」と言ったら「できない」のに、ヘビメタの影響を無視して、勝手なことを言いやがって。

全部、そういう関係になっちゃうだよな。人知れず、ヘビメタが鳴り始めてから、ずっとそうだ。

「鳴ってた」と言っているだろ。「ヘビメタでできない』と言っているだろ。くそ、こいつら。自分だって同じことをされたら……同じ時期に同じことをされ続けたら、だんだん「できなくなる」のに……。やられてないから、わからないだけ。

わからないから、「みんながんばっている」「ヘビメタ騒音なんて、そんなのはいいわけだ」と言ってくる。

ヘビメタ騒音が鳴っていると、まわりのやつにそういうことを言われる状態になる。まわりのやつは、じつはヘビメタ騒音にさらされていないのに、「そんなのは、たいしたことじゃない」と決めつけて、偏見に満ちたことを言う。

その偏見は、ヘビメタ騒音ということをぬかせば、共同幻想に合致したものだから、自分がへんなことを言っているという気持ちが生じない。正しいことを言っていると思っている。

けど、それは、ヘビメタ騒音のことを「ぬかした」話だ。おまえらがヘビメタ騒音のことを『無視して』も、ヘビメタ騒音はあるからある。

あったからあった。

影響は、うける。不可避的にうける。

これも、やられてないやつが、「影響をうけないことは可能だ」と、ほとんど無意識的に前提して、まちがったことを言い出す。言ってくる。

けど、これも、本人たちはまちがったことを言っていると思ってない。で、家に帰って、気違い兄貴ともめる。

気違い兄貴は、気違い親父と同じで、どれだけ言われても、わからない。

これ、殺さなければやめさせることができない。

これも、今まで話した一般人の態度とは関係がないけど、自分にとって不都合なことを言われたら、カッときて、怒り狂って、耳は正常なのに、なにも聞こえないという状態になる。

そういう状態でやりきる。

で、やりきったら、言われたということがわかってない状態になる。やめろと言われたのに、やりきったという記憶がまったくない状態になる。それの、くりかえし。毎日毎日、同じだ。


そういう状態でやったことは、まったくやってないことになる。本人のなかでは、やってないのとまったく同じことなのである。自分がやってないことについてやったと言われたという、反発が生まれる。これも、親父と同じなんだよな。自分が、気違い的な意地でやったことは、全部、全然知らないことなのだ。やったのに!! 頭がおかしいから、夢中になって、相手を無視するモードでやったことは、まったくやってないのと同じなんだよ。等価なの。頭のなかでは、無視モードでやったことは、まったくやってないことと同じなの!!

これも、他の人にはわからないから、「エイリさんがちゃんと言わないから悪いんだ」みたいに言われる。同じなんだよな。

ぜーんぶ、しくみが同じ。他の人から誤解されようにできている。やられた人が、他の人から誤解されるようにできている。うちでは、そうなんだよ。うちでは、やった人じゃなくて、やられた人が、『まったく関係がない他人』から、誤解をうけるようになっている。

それは、うちでやっている人の頭の構造が、『まったく関係がない他人』には、わからないからだ。必然的に誤解をうけるようになっている。

けど、やっているやつは、もちろん、そんなことは理解しない。どれだけそういうことを説明されたって、理解しない。同じように「はねのけて」おしまいだ。

そして、頑固にやり続ける。発狂モードでやり続ける。発狂モードでやり続けたことは、どれだけやったってやってないことになっている……。これが、他の人には、まったくわからない。
 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。