兄貴は、ほんとうのサイコパスでなにもわかっていないのである。親父も、ほんとうのサイコパスでなにもわかっていないのである。ほかの人は、きちがい兄貴がサイコパスだということがわかっていないのである。
きちがい兄貴が「うち」でやったことというのは、ほんとうに、「よそ」では、ありえないことなんだよ。だから、みんな、ほんとうは「効果」がわからない。
きちがい兄貴のしつこさで、きちがい兄貴のこだわりで、夢中になって、ものすごくでかい音で、きちがい兄貴が好きな音を鳴らすと、「生活」がどういうものになるのか、みんな、みんな、わかっていないのである。わかるわけがない。
ところが、「俺だって苦労した」「わたしだって苦労した」「俺だって騒音ぐらいあった」「わたしだって騒音ぐらいあった」と言えば、ぼくと同等の騒音を経験したこと鳴ってしまうのである。
「ぼくとおなじレベルの騒音生活を、した」ということになってしまうのである。
「ぼくとおなじ期間の長さ、ぼくとおなじレベルの騒音生活、をした」ということになってしまうのである。
そうすると、なめてかかってくるのである。
あとは、『エイリが言っていることがおかしいので、エイリが嘘を言ってる』と思っているやつらがいる。
きちがい兄貴の行動がおかしいから、ぼくがおかしいと思われるのだ。きちがい兄貴の感覚がおかしいから、ぼくがおかしいと思われるのだ。きちがい親父の行動がおかしいから、ぼくがおかしいと思われるのだ。きちがい親父の感覚がおかしいから、ぼくがおかしいと思われるのだ。ぼくが、妄想タイプの精神病だと思われるのだ。ぼくが、嘘つきだと思われるのだ。
被害甚大なんですけどーー。
こいつらが、俺に対して、意地悪をしてくる。俺が嘘を言っていると思っているから、いろいろと、悪い解釈をするのだ。俺の行動すべてを悪いように解釈する。
きちがい兄貴が、おかしいのに、俺がおかしいと思われるのだ。こんなのは、ない。
* * *
ぼくが嘘を言っていると思っている人間は、ほんとうに、ぼくに対して、意地悪なことを次々にやるようになる。ぼくが嘘を言っていると思っている人間は、次々に、あらぬ誤解をするようになる。
こいつらが妄想で、へんな解釈をつくりあげているだけだ。こいつらが、ぼくの発言や行為を、曲解するのである。
こいつらの曲解は、「お兄さんの行動が異常すぎるから、本当の話ではない」と思ったことから、発生するのだ。
ところが、きちがい兄貴の感覚や、きちがい兄貴の行動は、ぼくが説明した通りなのである。
こいつらは、当然、きちがい家族が、至近距離で鳴らしたときの、こっちの部屋の状態なんて知らない。ぼくは、ほんとうのことを言っているのに、信じないのだ。
「そんなわけ、ない」と思っている。「そんな音で鳴らしていたら、親が文句を言う」と思っている。
ところが、そうじゃないのだ。
おかあさんは、親父とは別の方向にずれまくっているのである。おかあさんも、普通の人ではないのである。普通の人だったら、絶対にしずかにさせようと思って、がんがん、言う。自発的に、注意する。兄貴が言うことを聞かなかったら、必死になって、外に助けを求めようとする。
ともかく、きちがい兄貴が、きちがい兄貴の感覚で、意地を通してしまうと、意地が通ったのだ。
これは、普通の環境じゃない。
だから、よそのうちでは、起こりえないことなのだ。だから、よその人は、「経験」していないのだ。だから、よその人は、経験していないから、わからないのだ。
影響のでかさがわからない。どういう生活になるのか、一倍速で体験したことがないから、わからない。
それが、数千日つもった場合、体にどういう影響があるか、よその人は、わからない。経験したことがないので、わからない。わからないから、軽く考える。あるいは、「嘘だ」と思う。
こんなの、ない。
こんな、人生、ない。