たとえば、ポジティブ言葉を使うと、つらい毎日になってしまうのだけど、そういう毎日をつくりだしているのは、じつは、ブラック社長なのだ。
ブラック社長というのは、自分の利益のために、社員(従業員)をこきつかっても、まったく平気な人なのだ。ひとのしあわせを、考えていない人なのだ。
そういう人だから、自己責任論をふりまわしているのである。ポジティブ思考と自己責任論というのは、密接にからまりあっている。
ここでひとつ問題なのは、「ネガティブなことを言うやつは、無視をしろ」「ネガティブなことを言うやつは悪いやつだ」「ネガティブなことを言うやつとは、かかわるな」ということをポジティブなブラック社長が言っているということだ。
これで、「監視状態」ができあがるのである。
そして、ブラック社長がやっていることを批判できない状態になってしまうのである。名前だけ店長が「毎日、残業でつかれる」と言ってしまったとしよう。
「つかれる」と言っているので、ネガティブな言葉を言っているということになる。
もし、名前だけ店長が「ブラック社長のやり方には問題がある」と言ってしまったとしよう。
そうすると、これもネガティブな発言なので、まわりの人間は、ネガティブな発言をしたやつとは、つきあわないようにしようとするのである。そういう気持になるのである。
そして、まわりの人間も、「はぶられる」「無視される」「危険人物あつかいされる」のがいやなので、「ブラック社長のやり方には問題がある」と言えなくなってしまうのである。
相互監視が、自然に成り立っているのである。
相互監視が自然に成り立つように、ブラック社長が、誘導したのである。
* * *
「ブラック社長が無理なことを言ってくるので、つかれはてた」と名前だけ店長が言ってしまったとしよう。
これも、「人のせいにした」ということになってしまう。本来、ブラック社長のやり方には問題がなく、名前だけ店長が、ブラック社長のせいにしたということになってしまうのだ。「人のせいにするのは悪いこと」なので、名前だけ店長が、悪いことをしたということになってしまうのである。
けど、ほんとうに悪いことをしているのは、ブラック社長だ。
こんな、簡単なことも、わからなくなってしまうのである。
