たとえば、Aさんは、言霊主義者だとする。
人には「つかれると言うからつかれる」ということを言う人だ。
Aさんが、一五年間のあいだ、長距離通勤をしていたとする。一日のなかで、長距離通勤でつかれたと思ったことがあるとする。そして、Aさんが思わず「つかれた」と言ったとする。
Aさんは「つかれたと言うからつかれるのだ」とは思わずに「長距離通勤でつかれた」と思うのだ。 自分が一倍速で経験していることに関しては、理由があきらかだから、言霊思考にならないのである。
まず、自宅から最寄りの駅まで行く必要がある。歩くという行動をしなければならない。バスに乗る場合は、さらに、バスに乗るという行動をしなければならない。バスから降りたあと、駅のホームまで移動するときも、たいていの場合は、歩いて移動することになる。まあ、一部、エスカレーターとか動く歩道などがあるもしれない。
けど、たいていの場合は、歩いて移動する。
歩くという行動が必要なのだ。
電車に乗ったら乗ったで、電車の中で耐えなければならない。満員電車なら、圧迫されるということに耐えなければならない。ただ立っているだけでも、つらいので、耐える必要がある。
座れる場合も、混雑してきたら、ちぢこまった姿勢になるので、耐える必要がある。
ともかく、耐えることの連続なのである。
電車から降りたあと、駅構内を歩かなければならない。会社付近の駅で降りたあとも、歩かなければならない。
じつは、「耐える」ということも、行動としてとらえることができる。
まあ、朝ほどは混雑していないと思うけど、帰りも、ほぼおなじことを繰り返さなければならない。一六年目に会社をやめて、長距離通勤もやめたとする。
「長距離通勤でつかれた」と言う場合、いちおう、一五年間の長距離通勤でつかれたということになる。
一五年間がひとつのかたまりとして意識される。
けど、一日のなかで、家に帰ったあと「長距離通勤でつかれた」と言う場合は、その一日がひとつのかたまりとして意識される。ようは、本人が、出来事をどういうかたまりとして意識するのかということは、その時々によってちがうのである。
一日のなかにも、「それ」にかかわる、もっと、小さなかたまりがあるのである。
Aさんが、一六年目に、「長距離通勤でつかれた」と言ったとしよう。そのとき、言霊主義者のBさんが「つかれると言うからつかれるのだ」と言ったとしよう。
その場合、Aさんは、言霊主義者だけど「長距離通勤でつかれたのだ」と言いたくなるのではないか。自分が一倍速で経験した「ネガティブなこと」に関しては、理由がはっきりしているので、その理由が頭に浮かぶのである。
Aさんの体験は、Aさんの体験であって、Bさんの体験ではない。
Bさんにとっては、「Aさん」が「長距離通勤でつかれた」と言ったということが、Aさんの長距離通勤に関する体験のすべてだということになる。そして、言葉の意味はわかるので、Aさんが長距離通勤でつかれたのだということは、わかるのである。
しかし、他人事だと、言霊思考になってしまうので、Aさんが「つかれた」と言ったから「つかれたのだ」と結論付けてしまうのである。
Bさんは、Aさんではないので、Aさんが経験してきたことを一倍速で経験してきたわけではない。
AさんがBさんに言って、つたわることは、「一五年間の長距離通勤でつかれたということ」だけなのだ。Aさんが一五年間で経験したつかれが、Bさんにそのまま伝わるわけではない。
Bさんは言霊主義者だから、「言ったから、言ったことが現実化したのだ」と思ってしまう。
Aさんも、言霊主義者なので、ほかの人のことについては、ほかの人が「言ったから」そうなったと思ってしまうのだ。
ほかの人が経験したことに関しては、自分(Aさん)は経験していない。
だから、ほかの人が(ほかの人の経験について)短く語った言葉が原因で、ほかの人がそうなったと、自動的に思ってしまうのだ。
視点がちがうだけで、言うことが、がらりとかわってしまうのである。
言霊主義者は、自分が一倍速で経験したことに関しては、言霊のせいにしない傾向が強い。
言霊のせいにしないのは、自分にとって「あきらかなこと」だからだ。
Aさんが、帰りの電車の中で「つかれた」とつぶやいたとき、Aさんには、「つかれた」理由がわかっている。
なんの理由もないのに、突然「つかれた」と言って、言ったあとに、言霊の力によって、つかれを感じたわけではないいうことがわかっている。
理由があって、つかれたと言ったということが、本人にはわかっている。理由は、自分が実際に体験したことだから、自分にとって、あきらかなのだ。
自分が実際に体験したことを通して、つかれがたまったということが、Aさんにとっては、あきらかなのだ。
Aさんの体験は、Aさんの体験であって、ほかの人の体験ではない。だから、ほかの人が体験したときのように「言ったからそうなった」とは思わないのだ。
つまり、ひとごとだと、わからなくなってしまうのだ。
他人の体験だから、Aさんには、わからなくなってしまう。そうなると、言霊思考になってしまうのである。
ひとごとだと、相手が言ったことが、クローズアップされて、相手が実際に体験したことが、フェイドアウトしてしまうのだ。
なので、相手が言ったということに注目して、「言ったからそうなった」と……言霊主義者である……Aさんは、相手に言ってしまう。
Aさん本人のことなら、自分にとって理由があきらかなので、言霊思考にならないのである。
現在、なんとかweb系の仕事で食べています。このブログで扱う問題は「この世とはなにか」「人生とはなにか」「人間とはなにか」「強迫神経症の原因と解決法」「うつ病の原因と寄り添う方法」「家族の問題」などについてです。
2025年9月23日火曜日
●自分が一倍速で経験したことに関しては、言霊のせいにしない■言霊※2025/09/22 10:29
毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/
ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。
自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。
●ヘビメタ騒音というのは
ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。
あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。
俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る
日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!
「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!
各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。
ぼくはまけない
「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。
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認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。
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