AさんとBさんがいたとする。Aさんは、無職だったとする。Bさんは、過去否定論者だとする。
Aさんが「ぎっくり腰になったことがあるので、この仕事はできない」と言ったとする。Bさんは、Aさんを働かせたいとする。
そして、Bさんは、『仕事をえり好みをするのはよくない』と考えているとする。その場合、Bさんは、「ぎっくり腰になったことがあるということは、関係がない」ということを言うのである。どうしてかというと、ぎっくり腰になったのは、過去の出来事だからだ。
『過去の出来事は現在に影響をあたえないので、Aさんがぎっくり腰でこの仕事は、できないと言うべきではない』とBさんは考えるのだ。
ところが、Bさんがぎっくり腰になった場合は、自分が一倍速で経験したことなので、「これこれこういうことをしているときに、ぎっくり腰になった」ということがわかり、ぎっくり腰になったとき、いたかったということもわかるのだ。
ところが、Bさんは、Aさんではないので、Aさんのいたみがわからない。なので、「過去は関係がない」と言うことができるのだ。
Bさんが椎間板ヘルニアになったとする。ある時点で、椎間板が「飛び出した」状態になったのである。なので、Bさんが椎間板ヘルニアになったあと、いろいろな行動をするとき、その部分に、いたみを感じるようになったのであれば、過去のある時点で、椎間板が飛び出した状態になったということが、原因なのである。
Bさんは、過去否定論者なのだけど、自分の身に起こったことは、わかるので、これこれこういう作業をしているときに、いたみを感じて、医者に行ったら、椎間板ヘルニアだと診断されたということを知っている。
なので、椎間板ヘルニアになったあとは、自分の行動を気にするようになる。
『椎間板ヘルニアだから……なるべくいたくなるような行動をするのはやめよう』とBさんは、思ったりするのだ。
これは、Bさんが「過去がある」と思っているということなのだ。これは、Bさんが「過去の出来事は、現在の状態に影響をあたえる」と思っているということなのだ。
Bさんは、自分のことだと、「過去の出来事は、現在の状態に影響をあたえる」と考えてまうのだ。Bさんの表現だと「過去がない」わけではなくて、「過去がある」ということになるだろう。
まあ、過去否定論者が言う「過去はない」という表現は、本人が意味をよく理解していないという意味で、意味があいまいなのだ。じつは、過去否定論者は、本人が、「過去はない」という言葉で、なにを表現しようとしているのか、ぜんぜんわかっていないところがある。
本人が、わかっていない。
ただ、気分で言っているだけなのだ。
けど、本人は、「ちゃんと意味がある」と思っているのだ。これ、こまるんだよなぁ。「過去はない」という言葉で、なにを言いたいのかはっきりさせてほしい。
ともかく、過去否定論者は、自分が一倍速で経験したことに関しては、過去の出来事が、現在の状態に影響をあたえるということを、否定しないのだ。過去否定論者が否定するのは、相手の過去の出来事が、相手の現在の状態に影響をあたえるということなのだ。
相手の過去の出来事が、相手の現在の状態に影響をあたえているということを、否定したくなるのはなぜなのか?
相手を働かせたいのである。あるいは、相手を社会活動に参加させたいのである。
「過去は現在に影響をあたえない」とか「過去の出来事は、現在の状態に影響をあたえない」とかということは、ほんとうは、関係がないことなのである。
相手を働かせたいから、そう言っているだけなのである。自分は普段、そんなことは思っていないのである。自分が、自分の身で体験したことに関しては、「過去は関係がある」と思っているのである。もちろん、「過去は現在の状態に関係がある」と思っているのである。
しかし、じゃあ、「相手を働かせたい」と思っているときに、相手が「過去の出来事は、現在の状態に影響をあたえる」と言った場合、過去否定論者が、それを認めるのかというと、たいていの場合は、認めないのだ。相手を働かせたいと思っているときは「過去は関係がない」と言って、過去の出来事が現在の状態に影響をあたえるということ自体を否定する。
これ、ほんとうに、こまったやつなんだよなぁ。
相手が働いていないときだけではなくて、相手が、じゅうぶんに働いていないと、過去否定論者が評価する場合も、「相手の過去」は否定されるのである。
「相手における過去の出来事が、現在の相手の状態に影響をあたえている」ということを、否定する。
ようするに、相手が、過去において、努力をした場合でも、相手が努力をしたということ自体が、関係のはない話になってしまうのだ。「過去はない」あるいは「過去は関係がない」ので、相手がした努力も関係がないことになってしまうのである。
過去においてと書いたけど、一秒前だって、過去なんだぞ。Aさんが、二〇年前から、一秒前まで、ずっと、努力をしてきたとしても、Bさんは、「過去は関係がない」と言って、Aさんがしてきた努力を全否定してしまうのだ。
しかも、Bさんは、自分が、相手の努力(相手が、ずっとしてきた努力)を全否定したという自覚がない。自覚がないのだ。へっちゃらなのだ。Bさんには、相手が、どういうことで腹をたてているのか、まったくわからない鈍感さがある。
世の中には、Bさんのレベルで、相手の努力を否定してしまう人が、いっぱい、いる。「過去は関係がない」と言えば、すべて、否定できるのである。
「過去は関係がない」というのは、相手が経験してきたことをすべて否定してしまうような言葉なのだ。そういう言葉を、平気で言う。相手が経験したことのなかには、現在の相手(の状態)に影響をあたえていることだって、いっぱいある。
というか、ほんとうは、すべてのことが影響をあたえているのだけど、特に、影響をあたえていることに関しては、影響が認識できるので、影響があると認識しているのではないかと思う。
もちろん、本人が、認識しているのである。本人以外の人は、たいていの場合、あまり認識していないのである。本人が、相手に「影響がある」と言ったって、相手は「過去は関係がない」という魔法の言葉を使って、全否定してくるかもしれない。
